第6話 忘れられた記憶

 「覚えていないかもしれないけど……私、あの時すごく辛くて、でも佐藤君に救われたんだよ」


 その言葉は、僕の心の奥に何かを残した。

 彼女が言った「助けた」という記憶は思い出せないけれど、なぜか心に温かいものが広がるのを感じた。


 その日の帰り道、白石さんの言葉が頭から離れなかった。

 彼女が言った言葉が心に引っ掛かる。


 僕が彼女を助けた? 

 そんな記憶はない。

 声も出せない自分が、誰かを助けるなんて想像もできなかった。


 帰宅しても、僕の頭からは彼女の言葉が離れなかった。

 助けた記憶はない。

 けど、それを否定する自分がいる。


 翌日、学校で白石さんと顔を合わせると、彼女は相変わらずの明るい笑顔で僕に話しかけてきた。


「昨日は突然ごめんね。驚かせちゃったよね? でも、本当の話なんだよ」


 彼女は深く息を吸ってから続ける。


「中学の時、私、いじめられてたんだ。周りの人からは無視されて、友達もいなくて……そんな時、佐藤君が助けてくれたんだよ」


 その瞬間、ぼんやりとしていた記憶がよみがえる。


 そうだ、あの日、まだ僕が言葉を発することができたあの頃、僕はいじめられている彼女を助けたんだ。

 でも、それがきっかけでいじめの標的は僕になって、それで、声は……


「それから私、少しずつ強くなろうって思ったの。だから、今の私がいるのは佐藤君のおかげなの。だからこそ、本当にごめんなさい。あの時、私は自分のことでいっぱいで、佐藤君が一番辛い時に助けられなかった……」


 僕が、こんな僕が、誰かの救いになっていたなんて……


「だから、今度は私が助ける番だよ」


 彼女の明るい声が僕の心に響く。僕には何もできないと思っていたのに、その瞬間、僕の中で何かが変わり始めた気がした。

                                  つづく

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響かせろ!あの日の声を! ネコを愛する中学生(略してネコ愛) @nekonitukaesigeboku

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