10・あ、みんなキツネになってる!
第10話
ある日の月曜日。
「うーん……」
午前六時。まいは、いつもこのくらいの時間に目を覚ます。
「ふわあ~」
あくびを一つして、布団から体を起こすと、洗面所に向かった。
「今朝は、昨日夜勤に出る前にお母さんがご飯と焼き鮭を用意してくれたから、とりあえずそれらをリビングに出しておけばいいよね」
と言って、顔を洗った。タオルで顔を拭いて、ふと鏡に自分の顔を向けた。
「きゃあああ!!」
突如、まいの悲鳴が外に響いた。
「むにゃ?」
ゆうきが目を覚ましたようだ。
「姉ちゃん? 朝からどうし……」
洗面所にやってきて、言葉を詰まらせるゆうき。
「うわあああ!!」
ゆうきの悲鳴を外に響いた。
「きゃあああ!!」
「うわあああ!!」
まいとゆうきの悲鳴が外まで響いた。
「あわわ~」
「うわわ~」
腰を抜かしてお互いを見つめ、震えている。
「ね、姉ちゃんだよな?」
「そ、そっちこそ、ゆうき、よね?」
二人は、同じことを叫んだ。
「なんでキツネになってんだーっ!!」
とある日の週明け。なぜかキツネになってしまったまいとゆうき。
とりあえず一旦落ち着くと部屋に戻って、なぜキツネになったのかを考えた。
「姉ちゃん」
「なによ?」
「これは夢だよ。どうだ、俺のケツを叩いてみてくれ」
まいは、なんのためらいもなく、ゆうきのおしりを叩いた。
「いてえ!」
「んもう。しっぽが邪魔で、ちょっとかすったわ」
「かすったわ、じゃねえよ! いてえんだよこっちは!」
「そっちが叩けと言ったんでしょが……」
「姉ちゃんダメだ、なにも変わらないよ。これは紛れもない現実なんだコン」
「え? ちょっと待って。あんた、しゃべり方までキツネになっていくつもり?」
ドキッとした。
「え? なんとなく言ってみただけだぞ」
「まぎわらしいことすなーっ!」
まいは、ゆうきの頭をキツネになった手でバシバシ叩いた。
「しかし、なんで俺たちキツネになったんだ?」
「それがわかればこんなにあたふたしないわよ」
「もしかして、りかるかのしわざか!」
「あっ」
ハッとするまい。
「そうよ! あの人たちがなんかしょーもない発明をしたに違いないわ」
「あっさり信じるのか」
「とりあえずあいつらに通話しましょ?」
まいは、りかに通話をかけた。
「ったくかからないなあ……」
スマホを耳に付けながらイライラした。
「姉ちゃん。キツネの耳は上だぜ?」
「はあ?」
ムッとしながらゆうきに顔を向けた。
「あっ」
すぐに気づいた。キツネになった今、耳が横ではなく、上にあることに。
「じ、じゃあこうやってかけるってこと?」
まいは、上にスマホを掲げた。
「あははは!」
「なにがおかしいのよ!」
「そこは小説だし気にしなくてよくない?」
ゆうきはげんこつをくらい、その場で気絶した。
「あ、もしもしりかさん? あのねえ、あなたどういう発明をして……」
文句を言おうとして、
「うわーん!! まいちゃーん! なんかキツネになっちゃったよ~!」
「ええ?」
泣き叫ぶ声がスピーカーに響いた。
「ビデオ通話にしましょ?」
りかの言う通り、まいはビデオ通話に切り替えた。
「姉ちゃん、やっとビデオ通話の切り替えができるようになったんだね」
「うるさい」
機械オンチなので、最近までビデオ通話の切り替えができず、まなみやあかねたちとグループ通話をする時は、いつもゆうきにやってもらっていた。
「ええ!?」
ビデオ通話にしたスマホ画面には、白衣を着たキツネが見えた。
「ぐすん……」
「じ、じゃあるかさんだ。るかーっ!」
ゆうきが名前を叫んだ。
「はーい」
るかが登場した。りかと同じ白衣姿のキツネになっていた。
「ズコー!」
まいとゆうきは、思わずひっくり返ってしまった。
「とりあえず、今は原因を究明しているところだよ」
るかが答えた。
「な、なにが原因なのかしらね……」
と、まいがつぶやいた。
「さあ? あたしたちで今実験室で、自分たちの体毛一本ずつからいろいろ分析しているところだけど……」
実験室で、るかが懸命にパソコンに向かっている姿が、スマホ画面に見えた。
「もしかしたら、人類キツネ化計画が始まったのかな?」
りかがウインクした。
「そうなったらどうなるの姉ちゃん?」
「知らないわよ」
「きっと、油揚げが対価になるんだろうな。現金という制度がなくなって、油揚げ一枚で一円みたいな?」
「物々交換じゃないのよそれ……」
まいは呆れた。
「とにかく、原因を解明するのは時間がかかりそうだから、またね」
と言って、りかは通話を切った。切れる前に、るかが手を振る姿が見えた。
「もしかしたら、俺たち以外にもキツネになった人がいるんじゃないか?」
「りかさんでもるかさんでもないなら、もう一人いるじゃないの。疑わしい人が」
「へ?」
腰に手を当ててまいは答えた。
「月菜さんよ!」
月菜に通話をかけた。
「あらかじめビデオ通話にしてやったわ」
「もしかしたら、相手もキツネになってるかもしれないしね」
「あ、もしもし月菜さん。朝からごめんなさい。だけど、これはどういう……」
まいが文句を言おうとして、
「ねえねえ! なんかパパもママもキツネになってるんだけどっ? なんでなんで!?」
興奮状態で質問してきた。
「も、もしかして月ちゃんのしわざでもない?」
当惑するゆうき。
「あのねえ月菜さん! あなたが魔法で、私たちをこんな姿にしたんじゃないの?」
にらみ、聞いた。
「違うよ。起きたらなぜかキツネになってたよ」
「ウソ! あなたの魔法以外信じられないわ!」
「じゃあ、テレビつけてごらん?」
「あ、ちょっと!」
月菜は通話を切った。
「ったく……。どうしたら元の姿に戻るのよ!」
カッとなって、スマホを床に投げつけようとした時。
「姉ちゃん!」
ゆうきが部屋にかけてきた。
「ゆうき?」
「テレビつけてみたんだけどさ、キツネになったのは、りかのせいでも月ちゃんのせいでもないんだ!」
「はあ?」
居間に来た。テレビには、日本全国の人がキツネになって大混乱というニュースがライブ映像で流れていた。どのチャンネルを回しても同じだった。渋谷のスクランブル交差点を歩くキツネの歩行者天国、通勤電車に揺られるキツネの満員電車、キツネのコンビニ店員、キツネの高校生、キツネのお年寄り。キツネだらけだった。
「ニュースキャスターもカメラマンもみーんなキツネだ……」
「ウソよ……。これは月菜さんの魔法よ!」
まいは、まだ信じられない様子だった。
「まいちゃん!」
まなみの声が聞こえた。四匹のキツネがやってきた。カメラを掲げているのはまなみ、バイオリンを持っているのがあかね、青い目をしているのがアリス、そして、黒いうるんだ瞳をしているキツネが、石田君だった。
「まなみたちもニュースを見てかけつけてきたの」
全員で居間を囲んで、朝食を始めた。
「キツネになったゆうきさんもすてき……」
うっとりしてすり寄ってくる石田君。ゆうきは顔をしかめた。
「あたし、月菜さんとかりかさんたちに電話してみたけど、二人ともキツネになったことに驚いてる様子なのよ」
「そうなのよあかねちゃん! 私も今朝速攻でかけたけど、同じよ?」
「じゃあ、その二人以外なら誰が犯人だってのよ?」
と、アリス。
「ふっ、アリスちゃん。俺が思うに、それは人類キツネ化計画を目論む……」
ゆうきはかっこつけたが、
「かっこつけるゆうきさんもすてき!」
石田君に抱き着かれてしまった。
「うーん。月菜さんの魔法でも、りかさんるかさんの発明でもないなら、誰のしわざだってのよ?」
つぶやいて、まいは指を組んであごを乗せる仕草をした。
「うーん……」
全員同じ仕草をした。
「キツネと言えば……」
石田君がつぶやく。
「キツネと言えば、街外れに稲荷神社がありますよね。ほら、お稲荷様がまつられている……」
「そいつの呪いだって言いたいのー? ウケる~!」
アリスがほくそ笑んだ。
「ウケる~」
ゆうきもほくそ笑んだ。
「でも、あながち間違ってないかもしれないわよ?」
まいがつぶやくと、みんなまいに視線を向けた。
「え? なにみんな? なんで視線をこっちに集中させるの?」
まいたちは、稲荷神社に向かった。稲荷神社は、ゆうきのお気に入りの場所でもある低山の途中に位置している小さな神社である。
鳥居の前にやってきた。まいは、息を飲んだ。
「さあ、みんな行くわよ?」
振り向いた。
「っておーい!」
まい以外のみんな、木陰に隠れていた。
「ファイト!」
「いやみんな、ファイトじゃないわ! なに私一人だけに行かせようとしてんのっ」
「姉ちゃん。犯人はどんなやつかわかんないからね」
「うんうん。だから、まなみたちは隠れて見張ってるね」
「まいちゃんにもしものことがあれば、あたしたちすぐにかけつけるから!」
「任せなさい!」
アリスが胸に拳を当てた。
「がんばって、まいさん!」
石田君につづいて、四人も「コンコン!」と声を上げて、応援のポーズをした。
「あんたたちも来るのよ!」
まいはツッコミを入れた。
まいたちは鳥居をくぐり、境内を見渡した。
「コーンコンコン! ようこそ、我が稲荷神社へ!」
少女の声が響いた。まいたちはあわててあたりを見渡した。
「ジャジャジャジャーン! 我が名は稲荷神社の巫女、
拝殿の前に、巫女装束姿の少女が佇んでいた。
「えー!?」
「な、なんじゃお主らそんなに驚いて……」
「だって僕、あなたのことてっきり小学生か中学生かと……」
目を丸くしている石田君。
「まなみも」
目を丸くしている。
「あたしたちも」
目を丸くしているあかねとアリス。
「俺も」
にらんでいるゆうき。
「失礼な! てかお主だけなんでにらんでくる!」
「おほん!」
まいが咳払いをした。
「あの、あなただけどうして人間のままなんです? やっぱり、あなたが日本全国の人たちをキツネにした張本人なんですか?」
「くっくっく……。そうじゃ、我こそが、全人類キツネ化計画の発端者じゃ」
「ほらな、俺の思惑通りだぜ!」
ゆうきが、みゆを指さした。
「人のことを指さすな!」
怒るみゆ。
「ここまでやってきたお主たちにだけ教えよう。我がなぜ全人類キツネ化計画を実行したのか、それは」
「それは……」
息を飲むまいたち。
「それは……」
真剣な眼差しを送るみゆ。その答えを口にした。
「キツネが大好きだからじゃ!」
「ズコー!」
まいたちはひっくり返った。
「たったそれだけのことで……」
まいはひっくり返ったまま呆れた。
「だって、我こそは巫女。神頼みすれば、全人類キツネ化計画なんておちゃのこさいさい」
さらにみゆは答える。
「大好きなキツネに囲まれて、自身の巫女としての力も証明できたとあらば、これ以上の喜びはぬわい!」
歓喜した様子を見て、まいたちは唖然とした。
「で、でも私たちはキツネの姿じゃなくて、元の人間の姿に戻りたいのよ」
「それはできぬわい!」
「ぬあんで!」
まなみがみゆと同じような口調で聞く。
「さっきも言ったが、我はキツネが大好きだし、巫女としての能力を証明したのだ。今さら戻せるか!」
「満足したんなら、戻してくれてもいいじゃないのよ!」
アリスが怒った。
「ふんっ」
みゆは聞く耳を持たない。
「姉ちゃん。こうなったら、強行突破だ!」
ゆうきは、かけた。
「うおりゃーっ!」
みゆに拳を掲げ、かけ寄った。
「はっ!」
みゆは巫女装束の袖から青い水晶玉を出すと、水晶玉を青く光らせ、ゆうきを念力で突き飛ばした。
「うわあ!」
ゆうきはひっくり返った。
「ゆうきさん!」
石田君がかけ寄った。
「ふふふ。この水晶玉があれば、怖いものなんてないのじゃ」
青く光る水晶玉を掲げ、ほくそ笑んだ。
「ぐぬぬ……」
歯を食いしばるまい。
「うははは! お主たちを油揚げにしてやろうぞ!」
青い水晶玉を空に掲げると、青空に黒雲が広がり、雷がとどろいた。
「あわわ~!」
体を寄せ合い、怖気づくまいたち。
「うははは! わっ!」
突然、みゆの持つ水晶玉に超速の球体が当たり、吹き飛んだ。雷が収まり、空が晴れた。
「な、何者!」
みゆが向けた視線の先には。
「お、お主らは……。りか先輩にるか先輩!?」
白衣を着たキツネが二匹。りかとるかの登場だ。
「りかさん、るかさんも。どうしてここに?」
「あの子、みゆちゃんは、あたしたちの後輩なの」
りかが答えた。
「ええ!?」
驚くまいたち。
「るかたちは高校生の頃、科学部という部活に所属していて、みゆは後輩だったの」
「どうしたのみゆちゃん? 学年で一番優秀だったあなたがなぜ……」
りかに聞かれ、みゆは答えた。
「今だから言うけど、我は先輩たちに憧れて科学部に入部した。優秀な先輩たちについていけるようになるため、毎日勉強をがんばった。あの事故を見るまではね」
顔をきつくして話をつづけた。
つい最近のできごとだった。雨が降っている日、道を歩いていたみゆ。
「あ、キツネだ!」
大好きなキツネを見かけ、パッと笑顔になった。
しかし、その瞬間、トラックがやってきた。キツネに気づかずに、走り去っていった。
「そんな……」
ある雨の日、キツネのひき逃げに出会ってしまった。
「それから、我は人間を憎み、科学を憎んだ。だから実家が代々継いでいるここ稲荷神社の巫女として、水晶玉を使い、全人類キツネ化計画を実行したのだ!」
「ひき逃げなんてひどい!」
まなみが怒った。
「そうだそうだ!」
あかねも怒った。
「ひき逃げしたトラックに水晶玉を投げつけてやればよかったんですよ~」
石田君も怒った。
「おい石田、それじゃ水晶玉が壊れて、トラックは無傷のままじゃないのか?」
「そ、そうですかゆうきさん。すみません……」
照れ笑いした。まなみとあかねも笑った。
「みんな、あれでもみゆさんの話を聞いて、ひき逃げが許せないと思ってるんです」
まいがみゆのそばに寄り、伝えた。
「誰だって、ひき逃げの話を聞けば、許せない気持ちになります。たかがキツネだなんて、ひき逃げだなんて思いません。みんないっしょなんです。だから、あなた一人の怒りをみんなにぶつけるのはやめてください!」
みゆは呆然とした。
「みゆ、どうするの?」
るかが聞いた。
「わかったよ。全人類キツネ化計画はおわりにする」
水晶玉を空に掲げ、キツネになった全人類を、人間の姿に戻るように祈った。
「戻ったぞー!」
元の姿に戻ったまいたちは、そろって歓喜した。
「わいわーい!」
さらに全員で手をつなぎ、舞った。
「すまなかったな。いろいろ」
一言つぶやくと、みゆは立ち去っていった。
「また変な知り合いができてしまったな」
ゆうきがぼやいた。
「なっ、姉ちゃん」
「なんで私に振るのよ!」
まいは大きな声で、ツッコミを入れた。
まいとゆかいな仲間たち5 みまちよしお小説課 @shezo
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