9・石田君、イメチェンする

第9話

下校時間。小中学生の生徒たちが帰路を辿っているにぎやかな住宅街に。

「ゆうきさーん!」

 石田君の声が響いた。

「か、勘弁してくれえーっ!」

 ゆうきは石田君から逃げていた。

「待ってくださーい!」

 石田君は両手を広げ、ゆうきを追いかけていた。

「はあはあ! くっそ~! 運動神経ゼロが災いして、もう走るのがつらくなってきたぞ? それにくらべ、あいつはどれだけ持久力あるんだ!」

 石田君はヘトヘトのゆうきとは裏腹に、笑顔も両手も全開で、かけていた。大好きなゆうきに飛び込みたい一心だ。

「へえへえ! もうダメ~!」

 そこへ。

「あ、姉ちゃん!」

 下校中のまいが見えた。

「今夜はマーボー豆腐で、明日はオムライス……」

 晩ご飯の献立について、真剣に考えながら歩いている。

「姉ちゃーん!」

「へ? あ、ゆうき」

「くるりんぱっ! どうぞどうぞ!」

 ゆうきは走りながらまいのまわりを回って、去っていった。

「はあ?」

 呆れた。そこへ。

「ゆうきさーん!」

「へ? うわーっ!!」

 まいは全力疾走してきた石田君とぶつかった。

「きゅ~」

 目を回してクラクラしているまいと石田君。

「いたた……。い、石田君、ちゃんと前見て走りなさいよ」

「ご、ごめんなさい。あれ?」

 あたりを見渡した。

「どうしたの?」

「ゆうきさんは? どこ行きましたか?」

「さ、さあ? あいつなら私のまわりを人懐こい犬みたいに回ってどっか行ったわよ」

「そ、そんな……」

 落ち込んだ。

「は、はあ」

 唖然とするまい。

「はあ……。どうして僕はいつもゆうきさんに逃げられるんでしょう……」

 その場に座り込んで、地面を指でくるくるとなぞった。

「え、ええ?」

 まいは当惑した。

「僕が男の子だからでしょうか? やっぱり、ゆうきさんは女の子が好きなんですよね」

「……」

 事実だからなんとも言えない様子のまい。

「い、石田君。ゆうきのことは忘れなさいよ! ゆうきみたいな顔で、中身は石田君みたいな子に会えるかもしれないわよ?」

 石田君はまいをにらんだ。

「え、え?」

「まいさん。なぐさめになってません」

「す、すみません」

 石田君は立ち上がり、つぶやいた。

「僕はどうして男の子に生まれてしまったんだろう……」

「石田君……」

「僕が女の子だったら、ゆうきさんは好きになってくれるでしょうか?」

「さ、さあ?」

「ゆうきさんは、どんな人がタイプなんですか?」

「え、ええ?」

 まいは困惑しながらも、考えてみた。

(確か、前にテレビでアイドルのスタイルがどーたらこーたら言ってた気がする)

「ゆうきは、大人の女性が好きだと思うよ?」

「そんなの誰だっていっしょですよ! 男の人はみーんな大人の女性のボンキュッボンを見てあんなことこんなことを想像しているんですから!」

 激怒した。まいは当惑した。

「僕、まいさんに生まれたかったです」

「え?」

「そうすれば、毎日ゆうきさんと衣食住をともにできるわけですから……」

 両手を組んでうっとりした。

「あのね。ゆうきは寝相が悪くて、朝四時に蹴飛ばしてきて起こされるのよ?」

「そうなんですか?」

「うん。それに、ご飯の好ききらいは激しいし、冷蔵庫のプリンは勝手に食べるし、宿題はやらないし、家の手伝いは一切やらないし。石田君が思うような人じゃないと思うわ」

「はあ……」

 ポカンとしたが。

「すばらしい!」

 すぐに目を輝かせた。

「え?」

「いっしょに寝てるんですか? うらやましすぎるじゃないですか! 僕なら、ゆうきさんが食べてるプリンをいっしょに……。うふふ!」

「い、石田君?」

「ご飯の好ききらいはよくありませんね。でも、強引に食べさせてあげますよ。宿題と手伝いはやさしくサポートします!」

「ああ、もうゆうきならなんでもいいのね」

 額に手を当てて、呆れた。

「でも、石田君って、ぶっちゃけ女の子になれるかもね」

「え?」

「だって、私初めて石田君を見た時、仲良くなるまで女の子だと思ってたもん」

「確かに、僕は初めてお会いする方に女だと間違われますけど……」

「ゆうきはかわいい子に弱いところがあるから、デートもワンチャンあるかもよ?」

 ウインクをしながら石田君の肩を軽く叩き、去っていった。

「ワンチャン……」

 石田君はまいに言われた言葉をつぶやき、しばらくその場に佇んでいた。


 翌日。私立中学校一年一組、まいとまなみ、石田君の教室にて。

「ねえまいちゃん。最近女子も男子みたいに制服がズボンの人増えたよね」

「そうね。人それぞれ事情があるからね」

「まいちゃんはズボンにしないの?」

「別に、私はスカートでもいいわ。まなみはズボンにしたいの?」

「まなみは着物にしたい」

「卒業式か!」

 ツッコミを入れた。そこへ。

「おはようございます」

 男子用制服姿の女子生徒が入ってきた。小さいツインテールに赤いリボンをした、肌の白い生徒だ。

「転校生?」

 と、まなみ。

「にしても、誰かに似てるわね」

 と、まい。

「あっ。あの子石田君の席に座ったよ? まなみ、言ってくるね」

「え? あ、ちょっと」

 まなみは、石田君の席に着いた女子生徒に声をかけに向かった。

「ヘイそこの彼女! まなみと遊ぶ前に、そこは君の席じゃないヨウ!」

「いや、なんでチャラ男みたいに言う?」

 唖然とするまい。

「あはは! まなみさん、僕ですよ、僕」

「僕? 僕っ子なの?」

「違います! もう、しょうがないなあ」

 と言って、女子生徒は束ねていたツインテールをほどいた。

「あっ!」

 まいとまなみは二人でハッとした。女子生徒の正体は、石田君本人だった。

「い、石田君どうしちゃったの?」

 当惑しているまい。

「垢抜けた?」

 と、まなみ。

「わけあるか!」

 ツッコミを入れるまい。

「えへへ! 好きな人ができると、人は変わるものですよ」

 と言って、石田君はツインテールを作り直した。

「まいさん。僕はこれから見た目だけでも女の子になります。だって、昨日ワンチャンあるって教えてくれたじゃないですか」

 ウインクした。

「へ、へえ?」

「ワンチャン? わんわん!」

 まなみは犬の鳴き真似をした。


 朝の会がおわって、一時間目は音楽の時間。音楽室に向かう途中、石田君は男子たちから注目の的だった。

(いつもなでるように見られることはあるけど、今日はなんかいつもの視線とは違う気がする)

 その視線とは、いつもよりたくさんの人に見られているという具合だ。他学年の人でも大概は石田君のことを知っているため、いつもはあまり見られることはない。しかし、めかし込んだ今日は、たくさんの人から注目を浴びていた。

(で、でもこれでゆうきさんのハートを射止めることは容易いことだということは証明された!)

 とりあえず、小さくガッツポーズをした。

 音楽の時間。

「では、一人一人順番ずつ、歌のテストを行います。名前を呼ばれた方から、教卓に来てくださいね」

 音楽担当の教員の指示にげんなりする一組の生徒たち。

「ああ……」

 まいもそのうちの一人だった。

「まいちゃん、がんばれ」

 隣からまなみが小さく応援した。

「まなみ……」

「人生で一回は、人前で生き恥さらしてみるもんだよ」

「私に恥をかけと言ってるのか?」

「ではトップバッター、石田君」

 音楽教師は、石田君をトップに選んだ。

「は、はい」

 名前を呼ばれた石田君は、教卓の前に立った。

「はいでは課題曲は、怪獣のバラードです。いきますよー?」

 音楽教師はピアノで前奏を弾いた。

 石田君は透き通るような美声で怪獣のバラードを歌った。石田君は元々歌がうまいが、本日女の子らしい見た目からか、よりいっそう上手に聞こえた。

「これは天使を通り越して、女神!」

 感激するまなみ。

「いや、渓谷よ?」

 横からまいがツッコミを入れた。

「まいちゃん、変なボケかましてこんと、石田君の歌を聴いて?」

 まなみが率直に返してくる。

「あっそ」 

 二人は石田君の歌声に聞きホレていた。


「るんるーん♪」

 石田君は、ウキウキ気分で下校していた。

「なんか、石田君気分よさそうだね」

「そうねまなみ。石田君は、立証されたことに喜んでいるのよ」

「立証? 女の子の見た目をして登校しても不自然じゃない説的な?」

「違う、そういうんじゃなくて。自分が注目の的になったおかげで、ついにゆうきと縁が結ばれるかもって話よ」

「ええ!?」

 まなみは目を丸くして、驚いた。

「あ、そっか。だから石田君は、今日は石田ちゃんとして、来ていたわけだね」

 すぐに納得した。

「まーいさん!」

「い、石田君」

 石田君が来た。

「ゆうきさんは? 今、どこで会えます?」

 わくわくしている様子だ。

「え、えーっと。あいつならもしかしたら、公園で遊んでるかもしれないわね。あ、あかねちゃんといるかも」

「そうですか。しかし、うーん……」

「ど、どうしたの考え込んで?」

「いやあ、もしかしたら、まなみさんみたいに僕だって気づかない可能性もなきにしもあらずじゃないですか。ですから、どうやってアタックしようかなと思うわけですよ」

「それがいいんじゃない?」

 まなみが答えた。

「え?」

「だって石田君だって気づいたら、弟君はいつもみたいに逃げると思うよ。石田君だって気づかないようにして、徐々に距離を縮めていって、そしてついにやってきたその時、真実を伝えるの」

「で、でもだとしても、僕だって気づけば、それまでじゃないですか」

 まなみは、石田君の肩に手を置き、答えた。

「大丈夫! 石田君は今のままでも、もとのままでもかわいいんだから、弟君のハートさえ掴んでしまえば、こっちのもの。よって、最終的には、どっちの石田君でも愛すようになり、石田君が願う弟君との未来が待っているわけなのさ!」

 石田君は、期待するゆうきとの未来を想像した。それは、二人で教会で結婚式を挙げている未来。

『石田……』

『ゆうきさん……』

 ゆうきがベールをめくり、そっと顔を近づけた。

「いやーっ!! 誓いのキスーっ!!」

 石田君は妄想で顔を真っ赤にして、甲高い悲鳴を上げた。

「……」

 真っ赤になる石田君を見て、まいは唖然した。

「さあ石田君、弟君の待つ公園に来たれよ!」

 まなみが遠くを指さすと、石田君は公園にダッシュした。

「早々うまくいくかしら?」

「弟君はかわいい子に弱いし、石田君かわいいから瞬殺でしょ」

 まなみは胸を張り、家に向かった。

「いやあ~」

 まいは、顔をしかめて、つぶやいた。


 公園に来た石田君。

「いたいた!」

 ゆうきは、あかねとブランコを漕いでいた。

「ねえゆうき」

「なに?」

「ブランコが飽きたから、鬼ごっこしようよ」

「一人鬼ごっこしてこれば?」

「……」

 ムッとするあかね。

「ああもういいわ! 帰る!」

 あかねはブランコから降りて、家に向かった。

「チェッ。ブランコはひたすら漕いでなんぼだろ?」

「ゆうーきさん!」

「ん?」

 誰かに声をかけられた。女の子、石田君が手を振っていた。

「誰?」

 ゆうきは石田君とはわからず、目を細めた。

「えへへ。わかるはずもありませんよね」

「はあ?」

「でも、僕はあなたのことをずっと前から見ていました。ですから、僕と、その……」

 モジモジしている最中に、ゆうきはブランコから降りて、ランドセルを背負い、帰る支度をしていた。

「僕とデートしてください!」

 帰ろうとするゆうきの手を掴み、告白した。

「え?」

 彼に振り向き、顔を見つめるゆうき。

「じー」

 うるうるとした瞳を見せつける石田君。

「……」

 そんな石田君を見つめるゆうき。

(じれったいな、ゆうきさん! でも、こんなに見つめられるの初めてかも……)

 見つめられながら、胸をキュンとさせていた。

「ぎょっ!」

 ゆうきは、突然悪寒を感じたような目をした。

「へ?」

 石田君は少し動揺した。

(まさか、気づかれた?)

 しかし、ゆうきはすぐに後ろを振り返った。

「誰、その子?」

 腰に手を当ててにらみ付けてくるあかねがいた。

「い、いや。別になんでもないよ?」

 と、答えるゆうき。

「ふーん。なんか、手を繋がれてたようだけど?」

「さ、さあ? なんか突然繋がれてさあ!」

 動揺したゆうきは、すぐに聞いた。

「ていうか、お前家に帰ったんじゃないのかよ?」

 あかねと同じく、にらみ付けた。

「や、やあ別にいいじゃないのよ! 帰ったって帰らなくたって」

「はあ? お前、なんか臭いぞ?」

「どういう意味よ?」

「じゃあなんで帰ってないのか教えろよ。そしたらどういう意味か言ってもいいぞ?」

「じゃあこの子が誰なのか、あんたとはどういう関係なのか教えなさいよ!」

「知らねえよ! ていうか、誰だよこいつ!」

 なぜかケンカを始めるゆうきとあかね。

「ガーン!」

 二人のケンカを見て、石田君はショックを受けた。

「ゆうきさんのバカー!」

 石田君は泣きながらその場を走り去った。

「俺なんか言った?」

 あかねに聞いた。彼女は肩をすくめるだけだった。


 石田君は、ゆうきのお気に入りの場所である、低山の頂上で夕日を眺めていた。

「もう見た目を女の子にするのはやめだ。ありのままの姿でゆうきさんにアタックする。ゆうきさんはぼくだって気づいてなかったみたいだし。僕は僕の姿で、僕の愛を彼にぶつけるんだ!」

 夕日に向かって、宣言するのだった。

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