11.今宵、聖なる夜に

第11話

クリスマスがやってきた。街はイルミネーションやツリーが飾られ、ショッピングセンターでは、クリスマスセールが始まるなど、にぎわいを見せていた。


「クリスマス〜♪ クリスマス〜♪」

 みちこもクリスマスでごきげんだった。

「クリスマスプレゼントは、シュイッチもらうねんなあ!」

 みちこは、クリスマスに流行りのゲーム機をもらうつもりだった。

「お兄は、なにもらうん?」

 リビングで本を読んでいるみきおに問う。

「別にいらねえよ」

「なんでえな? クリスマスやで? なんでもほしいもんもらえるんやで? こんなすばらしい日になんもいらへんなんて、もったいないやろ!」

「はあ……」

 みきおは本を閉じ、ため息をついた。

「な、なんや?」

「いいか? クリスマスなんてなくても、大人になって稼げるようになれば、車だってビルだって買えるようになんだよ。だからな、今クリスマスだのなんだの言わなくても、いいんだよ!」

 と言って、リビングから離れた。

「ははーん……」

 ニヤリとするみちこ。

「そういや、クリスマスはカップルがにぎわう日でもあるな。お兄、彼女おらんやろ」

「だからなんだよ?」

 振り向き様に答えるみきお。

「恋人おらんから、そうやってムスーっとしとんのやろ〜」

「そういうみちこも、彼氏いねえんだろ?」

「なっ! み、みちこはまだ小学生やもん!」

「小六にでもなれば、恋人の一人いてもおかしくねえんじゃね? 俺のダチにな、一人告られたやつがいた」

「ええ!?」

 みちこは驚いた。

「あ、でもそいつ男に告られたかな? 男友達だったんだけど……」

「ええ!?」

「ま、せいぜいプレゼントがもらえるようにいい子にしてろよ?」

 みきおは一言放つと、二階にある自室へ向かった。

「いーっだ! お兄なんかに、クリスマスの楽しみがわかるもんかあ!」

 みちこはふくれっ面を見せた。

「はあ〜あ。クリスマスか……」

 みきおは、勉強机のイスに腰を掛けて、感慨にふけた。

「恋人か……」

 思えば、恋人を作るなんてこと、考えたことがなかった。みきお自身、女性に対する興味はあるが、恋人なんて、作ろうとしてこなかった。クラスメイトの誰かに好意を抱かれたなんて経験もなければ、意識したこともない。

「どんなものなんだろうな」

 感慨にふけるのをやめた時。

「だーれだ?」

 なにかが目に覆いかぶさってきた。

「き、聞き覚えのある声だな……」

「うっふふ! じゃあ〜あ、こ〜れ〜は?」

 今度は、くっついてきた。背中に、二つの柔らかい感触を感じた。

「あやかだろ?」

「ピンポーン! クリスマスの日、一人寂しく泣いていないか、確かめに来たのだ!」

「いや、おめえが思うほど俺もやわじゃねえよ。てか、どっから来た?」

「え? 今君の家の屋根の上に、ユーフォーを置いています。透明化してね」

「は?」

 みきおの目から覆いかぶさっていた両手が離れた。

「あ、あやか! お前挨拶くらい普通……に!?」

 目の前にいたのは、ゴリラだった。

「うわあああ!!」

 みきおはイスからひっくり返った。

「あっはっはっ! いっひっひ!」

 あやかはゴリラの後ろで笑っていた。

「て、てめえ!!」

 みきおはキレて、あやかをにらんだ。

「うっふっふ! えっへっへ! おっほっほ!」

「変な笑い方すんじゃねえ!! てか、このゴリラなんだよ!」

「ウッホー!」

 ゴリラが叫んだ。

「まあまあ。ゴリラと挨拶はさておき……」

 あやかはゴリラを左に寄せた。

「寄せたってか消えてんじゃねえかゴリラ!」

 みきおはゴリラの瞬間移動みたいな光景にツッコんだ。

「まあ今日来たのはさ。クリスマスなんてのは、まったく関係ないんだよねえ」

「じゃあなんだよ? 俺をいたぶりに来たのか?」

「連れてきたのよ。ベルマック星にね」

「は?」

 みきおは目を丸くした。

「私さ、前回あなたにはベルマック星人と同じ匂い……いや、血? いや、もうなんでもいいや。あ、雰囲気感じる的なこと言ってたじゃん」

「なにが言いたい?」

「クリスマスの数週間前に、君が食べたあとのヨーグルトの容器から、付着したわずかな唾液を接種して、ベルマック星人と同じ遺伝子がないか、調べてみたの」

「いやそれいつ!? よくも俺のヨーグルトの容器見つけてくれたなおい!」

 「その結果……。君は、ベルマック星人だと判明したのよ」

 みきおはまばたきをして、

「あははは!」

 笑った。

「お前さ、転校キャラの次はSFキャラか? クリスマスって日は、みんな浮かれてて、こうもおかしなことを言うやつが……」

「これ、見て?」

 プリントを見せた。とてもよくできている。しかし、なにが書いてあるのか、よくわからなかった。

「で、こいつがなんだってんだよ?」

「えーっとね。私もよくわかんないんだけど、AからCって段階があって、Aだと、ベルマック星人だってこと確定なの」

 診断結果の部分を見てみた。結果はAだった。

「ははっ。お前日頃わけわかんねえことしてるから、こんなもん作れるんだよ」

 プリントを返した。

「ちなみに今、ベルマック星人は人工衛星に見つかってしまい、各国の宇宙飛行士たちが、私たちを追っているの」

「え?」

 あやかは、小型のテレビを見せた。ニュースがやっており、地球の裏側に、新たに地球に似た星を発見し、浮遊しているユーフォーが地球に向かっている映像が公開されていた。

「今浮遊してるユーフォー、私の」

「え?」

「君の家の屋根に置いてあるやつだよ」

「はあ?」

 みきおは、半ば信じられない様子だった。

「あなたは、普通じゃないものと出会ったり、出来事に遭遇するから。これはね、ベルマック星人にしかできないことよ……」

「じ、じゃあ俺は……。この家や学校はどうなんだ?」

「お別れかな? まあでもこの場合、決心するまで時間がかかると思うし、君が自由に決めていいよ」

「そりゃもちろん、断るに……」

 みきおが断る瞬間、あやかの専用無線機が鳴り響いた。

「はいこちらあやか。え!? もう地球人がベルマック星に侵入してきた? 常識的なやつらには、不条理な技は効かない? わかった、わかった。うん、うん……。了解!」

 専用無線機を切った。

「な、なんだ?」

 あやかは手を合わせ、言った。

「今日ってイブよね? 決心は、明日二十五日までにして! あなたはこの常識のみあふれる世界で、最も不条理が起こりやすいパワーを持っているわ。今、あなたの力が、ベルマック星には必要なの! どうか、明日までに、明日までに地球人として残るか、ベルマック星人になるかを決めて!」

 究極の決断を強いられてしまった。現在時刻は午後十五時ちょうど。


 イブに夜が来た。みきおの一家は、シチューとチキンをごちそうした。

「なあなあ。シュイッチ来るかなあ?」

「来るわよ。その代わり、みちこがちゃんと早く寝たらね」

「わかった!」

「そういや、みきおはプレゼントなにがほしいんや?」

 父の問いに、みきおが答える間もなく。

「お兄はなにもいらんて。ていうか、恋人がいないから、クリスマスは一人ぼっちやねん」

「うるせえなみちこ……」

 呆れるみきお。

「まあまあ。みきおも、ほしいものあるの?」

「ふん。別に高校生にもなって、そんなガキみてえなこと気にするかよ」

「ええやんか。父さんらにとっちゃ、高校生なんてまだ子どもや。ああ、父さんもクリスマスプレゼントほしいわあ」

 と、父。

「お父はなにがほしいん? 大人のくせに」

「車がほしいな。今は軽やから、そのうちでっかいハイエースとか運転したいわ」

「いいわね! あ、でもそれじゃ私が運転しづらくなるから、他のプレゼント考えてよ」

 と、母。

「なんでプレゼントごときにお前の事情なんて気にせなかんねん!」

「普通車のくせに大型みたいな車、運転できないわ!」

「シュイッチシュイッチ!」

 三人が騒ぐ中、みきおは考えていた。ベルマック星に行くか、ここに残るか。別に本気で考えたいわけじゃなかったが……。

 ベランダの窓際から、あやかが顔を覗かせていたのである。考えざるを得なかった。


 みきおは寝支度をして、床に就いていた。

「明日の五時過ぎには教えてほしいな」

 あやかがコソッとささやいてきた。

「お前な……。どっから人んち入ってきてんだよ?」

「そんなことよりも、ベルマック星人になるの? ならないの? いずれにしても、ベルマック星人たちは、地球人に見つかり、ピンチ! 早く君が来てくれれば、不条理なパワーでなんとかなるはずよ?」

「なんとかってなんだよ……」

 みきおは呆れたあと、言った。

「そうまでして俺が必要なのか? 別に、自分たちの星くらい、自分たちでなんとかすればいいじゃねえかよ」

「君はさ、ここで暮らして、他の人たちには起こらない変な出来事があっても、いい?」

「はあ?」

「過ごしづらくないのかって聞いてるの」

「なんで過ごしづらいなんて思うんだよ……」

 みきおは、横になっている体をあやかとは反対に向けた。

「これまでさ、普通の子たちとは違うことが見えたり、起きたりするの、なんかやだなって思ったこと、あると思うよ。でもさ、ベルマック星人は、どんなにおかしなものが見えても、事が起きても変じゃないの。それが当たり前の世界なんだから!」

「……」

「大丈夫。ベルマック星人の見た目や食べるもの、その他趣向とかは地球人と変わらないよ。安心して来な?」

 みきおは、体を横にしたまま、だまっていた。


 そして、二十五日、クリスマス。

「シュイッチ来たで! シュイッチ来たで!」

 シュイッチを掲げ、大喜びのみちこ。

「ほなさっそくプレイするわ!」

「ダメよみちこ。朝ご飯食べてからにしなさい」

「ええやんか! 冬休みやもーん」

「冬休みだって宿題があるでしょ?」

「もう〜!」

 ドタドタと足を鳴らすみちこ。寝巻き姿のみきおが現れた。

「あ、お兄! お兄もシュイッチやろうや。みちこ、カーゲームしたいねん」

「そういえばみきお。あんた高校卒業後、自動車学校に行くんだっけ?」

「ああ、まあな」

「パパとも話してね、お金出してあげることにしたから、安心して通って。その代わり、ちゃんと取得するのよ?」

「おう」

「あんたが免許取ったら、買い物に乗せてもらおっかなあ?」

 わくわくしている母。

「みちこはデイズーランドに連れてってほしい!」

「……」

 みきおは、コップに牛乳を注いだ。


 朝食後、部屋に戻ると、あやかが勉強机に座っていた。

「俺の席だぞ……」

「決めた?」

「俺の席だぞ?」

「だから決めた?」

「はあ……」

 ため息をつくみきお。

「いや、私だよため息をつきたいのは」

「いいか?」

 みきおは、あやかの目を見つめた。

「そ、そんなに見つめられちゃいや〜ん……」

 照れるあやか。

「お前の言い分もわかる。俺は物心ついた時から、現実じゃありえない変なものに出くわしてきた。お前の住む星で暮らすのはベストな方法かもしれない。けどな、俺にはこれまで築いてきた生活ってもんがあるんだ。みちこ、母さん、父さん。そして、学校……。他にもいろいろな。それをすべて置き去りにしてお前の星に行きたいとは思えない。でも、お前の考えもベストだと思うよ。正直、選べないんだ……」

 あやかは腕を組み、考えた。

「じゃあさ、もういいや」

 立って、勉強机から離れた。

「君がこれがベストだと思う方に進んでよ。それなら本望さ」

 と言って、あやかは部屋を出た。

「ベスト……か」

 時刻は朝の九時。タイムリミットまで、八時間……。


 居間に来ると、みちこがシュイッチでゲームをしていた。

「あ、お兄! いっしょにやろ?」

「ほお?」

「楽しいで!」

 みきおは、みちこにシュイッチをもらい、プレイした。

「へえー。これが最近のゲームか」

「なんや? まるでおっさんみたいなこと言うな」

 ニヤリとするみちこ。

「うっせ」

 ツッコむみきお。

「なあみちこ……」

「はい?」

「もし俺がさ。お前の兄じゃなくなったらどうする?」

「ほえ? どういう質問それ?」

「ま、まあなんだ? つまりさ、俺がいなくなるみたいな、そんな感じだ!」

「あはは!」

 みちこは笑った。

「なにがおかしい!」

 みきおはムッとした。

「お兄はいなくなるわけないし、お兄じゃなくなるわけないやろ?」

「へ?」

「あ、そや。ちょっと待っとって」

 みちこはかけ出した。戻ってくると、後ろに組んだ手から、なにかを差し出した。

「これ、クリスマスプレゼント。お兄、彼女おらんもんで、気休め程度に渡しといてやるわ」

 くれたのは、リボンを付けたミニカーだった。前に、自動車学校に通い、免許を取得すると伝えたからだろうか。みきおはフッとほほ笑み、ミニカーを受け取った。

「い、言っとくけどな。これは義理やで義理!」

 照れるみちこ。

「わかってるよ」

 みきおは、手にしたミニカーを、ただじっと眺めていた。


 あやかは、みきおの部屋で宇宙飛行士に追われた星から逃げ出した星人たちと、無線機で交信していた。

「ふむふむ。なるほど……」

「なにしてんだお前?」

 みきおがやってきた。

「みきお君!」

 あやかがグンッと近づいてきた。

「な、なんだよ! 驚かすな!」

「星を出て、大気圏をさまよっているベルマック星人と交信した。今、ここに向かってるって」

「へ?」

「迎えに来てくれるのよ」

「マジかよ……。それまでに、決断を下さなくちゃならないわけか」

「そうね」

「わかったよ」

 みきおは、ポケットからミニカーを取り出し、見つめた。

「ついでに私の宇宙船けん引してもらおうかなあ。やったあ! 帰りは楽できる〜」

 ピースするあやか。

 ベルマック星は、地球からやってきた各国のスペースシャトルに囲まれていた。地球の裏側にある、地球とまったく似た星を見つけ、騒然としている各国の宇宙飛行士たち。彼らには見えていないが、ベルマック星人たちは宇宙船を透明にして、星から逃げている者もたくさんいた。なにかあっては困るからだ。なにかあってからでも困るからだ。


 午後四時。みきおは、商店街へ来ていた。イブの二日目なので、まだイルミネーションやツリーの飾りが出ていた。カップルもたくさん歩いていた。それぞれシフトを調整してデートの約束をしたカップル、元々お互いに休みで都合が合ったカップル、クリスマスケーキを持ち歩く老夫婦のカップルも見かけた。みきおは一人でコートを羽織りながら歩いていた。

「みーきお君!」

 あやかが後ろからつけてきた。

「一人寂しくクリスマスでにぎわう街を歩いてないでさあ……」

「わーってるよ。行くか行かないかだろ?」

「そうそう」

 両手をこねながらうなずくあやか。

「お前はさ、地球ここはつまんない?」

「え?」

「逆に聞くけど。お前は、自分の星と地球、どっちがおもしろいの? ここじゃ不条理なことは起きない、みんな普通だ。どんなにクリスマスでにぎわおうとも、それはただ盛り上がるだけのこと。あやか、お前はどっちがおもしろい?」

 後ろを向き、あやかに顔を向けるみきお。あやかは、みきおの顔を見つめ、黙然とした。

「私は……」

 と、その時。二人の真上に光がかかった。

「迎えだ!」

「え!?」

 宇宙船が、二人を迎えに来た。

「ま、待て待て! 俺はまだ決断を……」

 あわてるみきお。

「いいよそれで!」

 あやかが、みきおの肩に手をポンと置いた。

「へ?」

「私もさ……」

 ほほ笑むと、

「え? ちょ、待って!」

 話そうとした時、宇宙船が二人を置いて、どこかに飛んでいってしまった。

「えーなんで!? まだなにも言ってないじゃん!」

 あやかはすぐさま無線機を仲間にかけた。

「え、なに? 宇宙にいるスペースシャトルのやつらが君らの居場所を感知した。だから、一時退散……」

 あやかはコクコクうなずくと、無線機を切った。

「な、なんだよ?」

 みきおは聞いた。

「あのね?」

 あやかは答えた。

 あやかとみきおを迎えに来た宇宙船はベルマック星人の住む星を囲う宇宙飛行士たちに感知され、大事を取って退散したという。そおかげか、二人はベルマック星に行くことができなかった。

 ここでこの物語はおしまい。今でもみきおは家族団らんで、地球に暮らしている。

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MIKIOファンタジー みまちよしお小説課 @shezo

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