夏、弾けろ!

福山典雅

夏、弾けろ!

 初夏の空はまっすぐに青い。


「気合いれてくぞぉおお!」

「「おおっーっ!」」


 僕らは円陣を組んで大きく声を出す。

 全員の叫び声と同時に熱風が駆け抜けた。乾燥した土の匂いが舞う。弾かれたバネみたいに僕らは体を起こすと、地面を蹴り勢いよく走り出した。

 左手にはめたグローブを、深くしっかりと押し込む。右手で何度かばんばんと叩いて感触を確かめた。腹に力を込め、頭を上げた。帽子のひさしの先、初夏の太陽が眩しい。

 地区大会の決勝。この試合に勝てば甲子園。公立校の僕らは奇跡の連続なのか、強豪校を押しのけ、こうしてこの場所に立っている。





 カキーン。


 一回表、いきなりヒットを打たれた。更に後続にもタイムリーを打たれ、瞬く間に3点を奪われる。


「ドンマイ、落ち着いて行こうぜ」

「俺達が取り戻してやんよ!」


 マウンドに集まり、ピッチャーの菅原先輩にみんなが声をかける。無口な先輩は、ただ顔を歪ませ、悔し涙を滲ませていた。


「情けねぇ」


 僕らはみんなわかっている。昨日、チームのマネージャーが事故にあった。菅原先輩の妹、美里だ。命に別状はなかったけど、まだ意識が戻っていない。


「悪い」


 先輩はグローブを外して、両手で頬をバシバシ叩いた。


「気合い入れ直した」


 大きく眉を逆立て、無理矢理自分を鼓舞する先輩。キャッチャーの高木先輩がぽんと肩を叩いて、無言でうなずいた。


 立ち直った菅原先輩は、その後もランナーを出したが、どうにかアウトを重ね一回表の守備は終わった。


「明那、サンキューな」


 ベンチに戻ると、さっきライナーを取ってダブルプレーを決めた僕に先輩が声をかけて来て、そのまま隣に座った。


「お前の頑張りに励まされる」


 僕は真っ直ぐ味方の攻撃が行われるグラウンドを見つめていた。


「先輩!」

「なんだ?」

「絶対、甲子園行きましょう!」


 僕は両拳をギュと握った。

 僕と先輩は病院の待合室に一晩いて、ほとんど眠れていない。

 僕は美里が好きで、まだ友達以上恋人未満な関係。

 そんな僕らを見て、以前の先輩は超激怒した。

 文句を言う美里を無視して、理不尽にも僕だけに鬼のシゴキを一週間続けた。だけど根を上げない僕に、ついに先輩は折れた。


「俺は妹を甲子園に連れて行く気だ」


 そう言って無口な先輩は僕を睨んだ。僕はヘロヘロな足腰で、先輩に近づいて睨み返した。


「先輩、絶対甲子園行きましょう!」





 ワーワー!


 一際大きな歓声が上がった。5回裏、ワンアウト二塁三塁のチャンス。キャッチャーの高木先輩がスリーランをかっ飛ばし、ランナー一掃で同点に追いついた。ベンチの僕達は飛び出して狂喜乱舞し、高木先輩を出迎えた。


「おし、続けよ! 明那」

「うっす!」


 僕の胸にグーパンした高木先輩に見送られ、バッターボックスに走ったが、敢えなく三振。せっかくの勢いを殺してしまった。しょげる僕の頭を、マウンドに向かう菅原先輩が軽く叩く。


「切り替えろ」

「うっす」


 その後も一進一退の攻防で、お互いに得点までは結びつかず、遂に九回表。ツーアウト、ランナー三塁。敵の詰まった当たりは、セカンドである僕の正面に飛んで来た。

 落ち着いて捌けばチェンジだ。目の前に迫る白球、素早く横に動き、ワンバンの軌道に合わせグラブを合わせようとしたその瞬間、球は大きく跳ね上がって、僕の頭上を越えた。

 イレギュラーだ。慌てて後ろを振り返ったが、もう遅い。勝ち越しのランナーは無情にもホームベースを踏んで、仲間から一斉に祝福を受けていた。



 ベンチの隅で頭からタオルを被って、僕は俯いたまま、震えるほど両拳を強く握っていた。

 僕のせいだ。イレギュラーであろうと、もっとしっかり球を見れば対処出来たはずだ。だけど油断した。自分の守備を過信した。

 ぐるぐると回る嫌な考えに、吐き気がした。その瞬間、背中を大きく叩かれた。


「ドンマイ!」


 顔を上げると怒った顔の菅原先輩がいた。だけど、その眼は優しくて何が言いたいのかよくわかった。すると僕の背中は次々と叩かれた。


「気にすんな、ドンマイ!」

「気持ちで負けんな、ドンマイ!」

「まだ、終わってねぇぞ、ドンマイ!」


 先輩達や仲間が矢継ぎ早に声をかけて、僕を激励した。そこでようやく僕は折れかけた気持ちを元に戻せて、急いで立ち上がった。


「さーせんでした!」


 全力で頭を下げ叫んだ。僕は詫びる事さえ忘れていた自分を恥じた。

 そして九回最後の攻撃、高木先輩が気迫のヒットを打ち、二塁、三塁、一打同点、さらに逆転のチャンスでもある。ここで僕に打順が回って来た。

 震えるままにバッターボックスに立った。もう足を引っ張るのは嫌だ。だけど今日の僕はノーヒットだ。とにかくじっくりボールを見ていこうと思った。だがそんな僕の思惑とは別に、あっと言う間にツーストライクに追い込まれた。

 手が出ない、悔しいかった、情けなかった。美里が目を覚ました時に、僕はなんて言えばいいのか……。


「あのね、明那くん、えっとね、……あの、頑張って!」


 美里はここ一番緊張してしまう僕に、変にプレッシャーをかけない様にいつも気を遣った応援をする。僕は美里に、このままではまともに顔向け出来ない。

 そんな風にガチガチになって行く自分を自覚していた時、ベンチから声があがった。


「タイム!」


 見るとベンチから菅原先輩が、口をぎゅっと結び怒った顔つきで走って来た。裏腹に情けない顔を向ける僕に近づき、先輩は言った。


「スタンドにいる顧問の先生に、病院から連絡が入った」


 僕は一瞬、嫌な予感がした。だけど先輩はそれを吹き飛ばす様に、ニコっと笑った。


「美里から、お前に伝言だ。『打て、明那! がんばれ、負けんな、大好き!』だそうだ」



 僕の胸にグーパンする先輩。僕は身体が震えた。意識が戻ったんだ。病院で試合を観てるんだ。初めて美里がはっきり言葉にして、強い意志を込めた応援の言葉。そして……僕の顔は一気に赤くなり、回復した嬉しさで胸が熱くなった。


「泣くな、明那」


 目の前の先輩も泣いていた。

 僕は涙を拭って気合いを入れ直した。


「先輩、絶対甲子園行きましょう!」


 すぐにバッターボックスに戻った僕は、バットを大きく振った。

 カキーンといい音を響かせ、打ち出された白球が、初夏の空にまっすぐに伸びて行った。


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夏、弾けろ! 福山典雅 @matoifujino

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