ジェイ兄と一緒に

サトウ・レン

ぼくは生首を愛している。

 未成年のぼくをよく居酒屋に連れて行ってくれた叔父さんが殺された。叔父さんは斧で首を刎ねられ、首の断面図が見える状態になっていたそうだ。その話を聞いた時、ぼくは自分の部屋のパソコンでお気に入りのスプラッター映画を観ながら、オナニーをしている途中だった。もう発射寸前というところで、部屋に向かってくる母の足音が聞こえて、慌ててズボンを履いたと同時に、バンッ、とドアが開いて。「ついにあのクソが死んだぜ、ひゃっはー」と言われた。クソというのはもちろんウンコのことではなく、母の弟である叔父さんのことだ。叔父さんはウンコではないが、母は叔父さんのことをウンコよりも汚らわしい存在だと思っているので、例えばもしも叔父さんに土下座するか目の前のウンコを食べろと言われれば、母は迷うことなくウンコを食べるだろう。死ぬ以外のことはなんでもするはずだ。もしかしたら死さえも選べるかもしれない。ぼくは叔父さんが惨殺されたという事実を、母から詳細に聞かされた時、思わず興奮してしまった。そして中断させられたはずのオナニーは手も使わずにズボンの中で勝手に再開され、思いっきり射精してしまったのだ。ぼくは切断された死体が好きだった。だから嬉しくて仕方がなかった。ぼくは母と違って叔父さんのことも好きだったので、罪悪感がなかったかと言えば、それも嘘になるのだが、ぼくにこんな性癖を植え付けるきっかけとなったのは叔父さんだったので、叔父さんの本望だったはずだ。ぼくが中学生の頃、「アレン、あそこに行くぞ」と言って、いつも叔父さんはぼくをとある居酒屋に連れて行ってくれた。そこでぼくはがぶがぶお酒を飲まされた。ぼくは未成年だから本当は飲んではいけないし、叔父さんにもそう言ったのだが、「自分で飲んではもちろんいけないが、もしもなんか言われたら俺に無理やり飲まされた、と言えばいいさ。そしたらみんな同情の目で見てくれる」と答える。叔父さんはぼくが結局最後に倒れてしまうまでアルコールを飲ませ続けるが、自分は一滴も飲まない。「飲んだら俺は人殺しになるから飲まないんだ」と言って。これは嘘じゃない。叔父さんは二十代の頃、酒の席で酔っぱらって、同僚と喧嘩になった挙句、酒瓶でそいつの頭を何度も撲り続け、殺してしまった。頭のひしゃげた死体を見ながら、ずっと笑い続けていたそうだ。これは叔父さんが話してくれたことじゃないから、本当だ。だから今回、叔父さんが死んでしまったのは、自業自得なのかもしれない。知らんけど。結局、叔父さんがどんな理由で死のうと、ぼくにはどうでもいいのだ。どう死んだかこそが、ぼくにとって最大の重要事だった。酒を飲まない叔父さんはいつもぼくの横で、ぐるぐると串に巻き付いたような腸みたいな謎の串焼きを食べていた。そこの裏メニューで、ぼくは一度も食べたことはないし、叔父さん以外、食べてる客はひとりもいなかった。

「それ、何? 腸っぽいけど」

「腸とか言うな、食い物屋で。飯が不味くなる。これはあれの脳みそだよ」

 ぼくが疑問をぶつけると、叔父さんはいつもそう答えてくれた。あれ、と叔父さんが指差すのは、生首だった。お店の店主が飾っている生首だ。ぼくはあれを最後まで本物だと思っていた。初めてこのお店に入った時、「ここの店主は死体が大好きなんだ。生首が。あれは昔、ここの店主が殺した死体なんだ」と叔父さんは笑いながら、ぼくにそう言った。

「本当?」

「嘘だよ」

 叔父さんの答えを聞いて、ぼくは本当だ、と思った。叔父さんは嘘つきだから、嘘だ、という、嘘をついた、って。あれが死体なのかぁ、とずっと生首を見ながら、酒を飲まされる経験を十五にも満たない少年が繰り返していれば、嫌でも性癖は歪むものだ。それ以来、ぼくは女性に興味を持つ時は、同時に殺したい、と考えるようになった。で、殺すなら、絶対に生首にしたい。でもぼくはちっぽけな人間だから、思っても行動にうつすことはできなくて、映画とかで我慢するしかなかった。ぼくが十五になった時、その居酒屋はなくなった。何者かによって店が爆破されて、ちょうどその日は詐欺グループが飲み会を開いていて、そいつらと店主の肉体が散り散りになっていたらしい。肉体の部分々々がそこら中に飛び散っていて、誰が誰の物に該当するのかまったく分からない状態になっていたそうだ。いいなぁ、見たかったなぁ。でも死体はもっと綺麗なほうがいいなぁ。

「アレンくん、私の部屋に来ない」

「工口さん、うん、行きたい!」

 高校二年生なったばかりのぼくのクラスメートの、たくみぐちさん、は、みんなから、エロちゃんと呼ばれている。理由なんて、聞かなくても誰でも分かるはずだ。エロいからだ。淫乱なのだ。清楚な振りだけして、学校の大抵のイケメンとやっている。こんな名前だから、エロちゃんと呼ばれているわけじゃない。名前を茶化すなんて、馬鹿みたいで、いじめみたいじゃないか。ところでぼく、アレンはイケメンじゃない。なんでエロちゃんがぼくを家に呼んだのかも分からない。でも嬉しい。やれるならやりたい。やれなくてもやりたいのだから、当然じゃないか。ぼくはもしもの時のためにナイフを持っていくことにした。使えるなら絶対に使いたいし。エロちゃんの家は大豪邸だった。親がお医者さんでお金持ちだってのは知ってたけど、まさかこんなにも大きいなんて。エロちゃんがぼくを部屋に招いてくれた。良い匂いがする。でももうちょっと臭いほうが興奮ができそうなのに。残念だ。エロちゃんが、着替えるね、と言って、ブレザーを脱ぎはじめて、下着姿になり、Tシャツを着た。全部、ぼくの前で。

「ねぇねぇ興奮した」

「うんうん興奮した」

 わざとやっているところがやっぱりエロちゃんだ。ぼくはエロちゃんに飛び掛かった。あっ、駄目駄目、まだ早いって! ! ! ! ! ! ! !なんて、急にエロちゃんが喚き出した。そのために呼んだんだろう。結構本気で嫌がっている。ナンデソンナタイドヲトルンダ。ナイフでもちらつかせてやろうか。でもでもたぶんエロちゃんはびっくりしているだけだ。落ち着いたら受け入れてくれるさ、なんて思っていると、「みんなー、出てきて!」とエロちゃんが叫び出した。みんな? って思ってると、エロちゃんの部屋に七人のイケメンな男たちが入ってきた。「おぉもう盛ってんのか」「モテない奴はみっともないねぇ」「大丈夫ですか、お姫様」とかとかなんかわけの分からないことを言ってる。

「えっ、どういうこと?」

「まぁいわゆる美人局ってやつ。いつもはもうちょっとしてから、俺たちが登場するんだけどな」

 ひとりのイケメンが言った。金を出せ、と言われて、ぼくは財布から全財産を抜き取られた。千円だ。ぼくはナイフを取り出そうと思ったけど、怖くて、手が震えて、何もできなかった。そのあと、ぼくは殴られ、蹴られて、意識を失った。気付いた時、ぼくは橋の欄干のうえにいた。「おいおい、これ、ばれるんじゃね」「ばれない、って」「とどめ刺したのお前だかんな」「お前だろ」「おいおい、喧嘩すんな。流せばばれないから別に」「ってか、なんでこいつこんな簡単に死ぬんだよ」「弱すぎるだろ」七人のイケメンたちがぼくの後ろで話している。ぼくを欄干から落とそうとしながら。つまりぼくが死んだと思って、処理をしようとしているみたいだ。嫌だぁ、嫌だぁ、嫌だぁ、とぼくは叫んでみたのだが、声は全然出ない。あれ、ぼくは本当に死んでいるのかな。いやいや、生きてる、生きてる。まだ死んでない。でも突き落とされたら、本当に死ぬ。やめてくれやめてくれやめてくれ。助けてください、神様。落とされた。気付くと、ぼくはボロボロの部屋にいた。廃墟みたいな部屋だ。立ち上がると、ぼくしかいない。ここが天国かな。天国ってぼろぼろなんだな。儲かってないのかな、と思っていると、ドアが開いた。部屋に入ってきたのは、仮面を被った大男だ。右手に斧、左手に女の生首を持っている。かっけぇ。ぼくがなりたかった憧れの男が目の前にいる。ここがどこかも分からないし、このお方が何者かも分からないのだが、ぼくは開口一番、「弟子にしてください!」と頭を下げた。これがぼくと師匠のジェイ兄との出会いだ。ジェイ兄がなんで死に掛けていたぼくを助けてくれたのかは分からない。「13日の金曜日」に出てくる殺人鬼ジェイソンに似ているから、ジェイ兄。師匠は一言もしゃべらない。ただぼくに人の殺し方を教えてくれる。最初は斧の素振りと筋トレからはじまった。基本もできていない奴に人殺しなんかできるか、ということだろう。ぼくは雨の日も、風の日も、雪の日も、とにかく斧を振り続けた。肉体は二回りくらい大きくなった。ぼくは、自らを、俺、と呼ぶようになった。俺俺俺。次は簡単な動物殺しだ。赤ん坊や小動物といった抵抗のできない生き物を殺すようになった。殺すたびに、罪悪感を覚えそうになるたびに、ジェイ兄は無言のまま態度で叱った。罪悪感など覚えるな。もっと自らの殺したい、という欲望と向き合え、と。十人目の赤ん坊の首を切った時、俺は自らの罪悪感を完全に捨て切った。次のステージはある程度、抵抗してくる相手との闘いだった。俺とジェイ兄はキャンプ場へ行き、大学生の若者グループを血祭りにあげた。頭を割り、首を切り、心臓を刺す。斧を使ったり、場合によってはそこらに落ちているものを使った。目に見えるすべてのものから、凶器と狂気を探せ。俺は世界と対峙している気分になった。斧さえ使いこなせれば、他の大抵の武器は簡単に使いこなせる。だから武器の世界で斧は、キング・オブ・ウェポンなどと呼ばれる。俺が勝手にそう呼んでいる。人を殺すのは楽しかった。何故、法律で殺人が禁じられているかというと、これは殺人が楽しいからだ。一部の人間のお楽しみにするために、禁じているのだ。俺は世界の真理に辿り着いてしまったみたいだ。半年間、人を殺し続けて、俺はジェイ兄のもとを離れることにした。弟子らしく、俺は師匠から巣立ったのだ。師匠は俺に仮面をくれた。師匠と同じものだ。巣立った俺の最初の獲物は、俺を殺そうとした七人のイケメンとエロちゃんだ。でも恨んでいるわけじゃない。俺はあの八人には感謝しかしていない。あなたたちのおかげで、俺は俺を見つけることができました。そんな想いを込めて、俺はひとりずつイケメンたちを誘い出し、斧で首を切っていく。血飛沫を浴びながら、心の中で、ありがとうありがとう、と。七人の首を、エロちゃんの部屋に並べる。まだエロちゃんは帰ってきていない。家に侵入してすぐに、エロちゃんのお母さんは細かくして冷凍庫に突っ込んでおいた。臭いを隠す場所って意外と難しいのだ。とりあえずエロちゃんが先にお母さんの死体を見つける事態は避けたかったのだ。だって、この七つの首が並ぶ状況を見て、最高にびっくりして欲しいから。驚く、きみの顔が見たいんだ。足音が聞こえてくる。ドアが開く。きゃーーーーーーーー! ! ! ! ! ! ! !うんそれだ、それ。エロちゃんのこの世のものとは思えない表情を見て、もう満足だった。俺は薙ぐように、斧を振る。エロちゃんの首は吹っ飛び、窓を飛び出て、空中を舞っていく。あっ、やり過ぎた。それから一年後、俺はジェイ兄のもとを訪れた。ジェイ兄、黙っておこうと思ってたけど、やっぱり言うよ。叔父さんを殺したのはジェイ兄だったんだね。誰のことだ、って感じだね。そりゃこんなに人を殺していたら覚えてないよな。叔父さんを殺してくれたおかげで、家族も親戚もみんな喜んでいるよ。本当にみんなから嫌われてたし、憎まれていたからね。寂しがっているとしたら、俺くらいかな。俺、みんなが嫌っていても、案外、叔父さんのことが好きだったから。だからジェイ兄、叔父さんの仇を討ちにきたんだ。なんてね。嘘だよ嘘。本当はただ俺より強い奴と闘いたくなっただけなんだ。なんか人を殺すことが簡単になってきて、どんどん飽きてくるんだ。あぁ駄目だ駄目だ。俺はもっと強い奴と闘いたい、ってね。ジェイ兄もそんな気持ちがあったんじゃないかな。だから俺を弟子にしてくれたんじゃないかな。俺と闘おう、ジェイ兄。今、本当に強いのはどっちなのか。斧と斧でしか語り合えない関係、ってあるだろ。さぁ行くよ、勝負だ!

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ジェイ兄と一緒に サトウ・レン @ryose

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