怨讐

翡翠

 

この話は私が高校生の時にあった出来事です。





雨の夜、教室に一人残っていた佐藤聖は、窓の外を見つめていた。



雫がガラスをゆっくりと滑り、落ちていく。



ふと背後に気配を感じて振り返るが、教室には誰もいない。



ただ、不気味なほど静まり返っているだけだ。



その日から、日常の歯車が 狂い始める





聖はごく普通の高校生活を送る、明るく社交的な女子高生だった。 



彼女には密かに気になる相手がいた。



クラスメイトの上川誠。



しかし、その上川は、聖の親友である中村真由と交際している噂があった。



だが、聖は上川が自分に対して何か特別な感情を抱いているのではないかと、感じていた。




ある日、放課後の廊下で、聖は偶然、上川と二人きりになる瞬間が訪れた。



「聖さん、ちょっといいかな?」



上川は聖に近づき、彼女の目をじっと見つめながら、



「聖さんのこと、ずっと気になってた」



と。



突然、告白まがいなことを言われたのだ。



一瞬、聖の心は揺れたが、彼女は冷静に彼の言葉を遮った。



『ごめん、もう行かないといけないから。』



噂の彼女であり、親友でもある真由への思いを大切にしたかった。



しかし、この瞬間が悲劇の始まりだった。





翌日、校内には聖が上川に手を出したという根も葉もない噂が広がっていた。



真由は深く傷つき、聖に対して冷たくなった。



上川との仲が一気に悪化した真由は、心の底から聖を恨み、妬むようになる。



その恨みと妬みは次第に奇妙な形で聖の元へと向かっていく。




その夜、聖はいつも通り自室で眠りにつこうとしていたが、尋常ではない寒気がした。



窓は閉まっているのに、もの凄く冷たい風が直接、部屋に吹き込んでいるかのようだった。



急いで熱を測るも、平熱だった。



この尋常ではない寒気に不安を覚えながらなんとか眠りについた。





深夜二時。



夜中に急に目が覚めた聖は、何かが自分の枕元にいるのを感じた。



体がこれっぽっちも動かない。



だが幸い、目だけはまばたきが出来る状態だった。



まぶたを開けると、そこには黒い影が立っていた。



それは形を持たない人のような、黒いもやのようなものだったが、確かに自分を見つめていた。



恐怖で動けないままだったが 



五分ほど経った頃、影はゆっくりと消えていった。





翌朝、聖はひどい頭痛と倦怠感に襲われた。



全身の力が抜けて、疲労感が取れない。



日常生活も ままならない程、学校での集中力も落ちていった。



真由との関係は修復することなく、彼女の視線は冷ややかで鋭かった。



その後も毎晩、聖の枕元にはあの黒い影が現れるようになった。



それは日に日に大きく、存在感を増し、夜になると冷たい視線で彼女を見つめ、囁くような声が響く。



あんたのせいで...絶対に許さない...





聖は異変に耐えかね、真由に弁解も兼ねて相談しようと思った。



しかし、真由の反応は別人かのような態度で彼女を拒絶し、話すら聞いてくれない。



「もうあんたとは話すことは何もない。上川くんも、私も、あなたなんか居なければ良かったって思ってる。」



聖の心に大きな棘がグサグサ刺さる。



私は何も悪いことをしていない。



むしろ真由の事を考えて上川の言葉を遮ったのに。



なぜこんな仕打ちを受けるのか。




次の日、学校を休んだ聖は姉の買い物の手伝いと聞いて外に出た。



暗い表情をしている妹に見兼ねた姉は、学校で何かあったのだろうと察知し



気分転換にと外に連れ出してくれたのだ。



「聖、一回占いでもやって貰えば?対人運とか占ってもらえるし、お金は私出すからさ!」



『いや、そんな気分じゃない』



そんな言葉を姉は聞くわけもなく、



半ば強引に店の中に連れ込まれた。



胡散臭い見た目の長髪の女の占い師は彼女を見るなり、驚いた表情を浮かべた。



「私には分かる。あなたに強い恨みを持つ人がいる。それも、強い恨みの力.....何か異形の存在を呼び寄せてる.....」



聖は、ハッとした。



真由が無意識にその存在を引き寄せて自分を呪っているのだ。それ以外に思いつかない。



『生き霊.....』



聖を苦しめていたものは、真由の心の中に潜む憎しみが具現化したものだったのだ。




占い師の助言を受け、聖は早急にお祓いを受ける事になった。



寺院でのお祓いの儀式が行われる中、彼女の中に巣食っていた呪いの力が徐々に解放されていく。



しかし、次の瞬間、激しい全身の痛みが聖を襲い、目の前にあの黒い人影が再び現れた。



そして彼女を責めるかのように耳元で囁く。



お前が悪い 

お前が悪い 

お前が悪い 

お前が悪い 


お前が居なければ

お前が居なければ

お前が居なければ

お前が居なければ


死ね

死ね

死ね

死ね



恐怖に凍りつき耳を塞ぐ聖の前で、



お祓いが無事に終わり、体が軽くなり、影が消える瞬間、



その姿は真由に変わっていた。




次の日、聖は重たい足で学校に向かう。



お祓いをしたとはいえ、状況は変わらないだろう。



そう思った。



学校に着いてドアを引くとクラスメイトが一つになって会話しているではないか。



聖は深い溜息をつき、状況は変わらないかと肩を落とした。



その時、真由が無断欠席をしている、と声が聞こえる。



気になって話を聞こうとしたが、始業時間に近づいていたので席についた。



結局、聞けず終いで下校の時間になってしまい、



真由の事が気になって居ても立っても居られなくなった聖は



真由の家を訪ねた。



玄関から出てきた真由の母は、重い口を開き



彼女が心神喪失状態に陥ったことを知った。



真由は上川との関係が完全に崩壊し、聖を追い詰めた末に精神を病んでしまったのだ。



お祓いによって聖から真由へ呪いが返されたのだ。



美咲は呪い返しの恐ろしさに愕然とし、最後に真由が呟いたという言葉を思い出す。



絶対に許さない



その言葉は聖の心に深く刺さり、返を持った抜けない棘になっていた。



聖が部屋に戻り、再び静寂が訪れたその夜。



彼女は恐る恐る枕元を見つめる。そこにはもう何もいない。



目を瞑り、深い眠りにつこうとしたその時、









まだ終わらせてない







と囁く声が聞こえた。

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怨讐 翡翠 @hisui_may5

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