第66話
【2】
ソフィアの部屋には、仕事用の大きなデスクが窓際にあり、その手前に簡単な応接用のテーブルと椅子が設えられていた。
ソフィアはポロンをつまんでテーブルの
中央に立たせた。
そして自ら椅子の一つに座り、皆にもそれぞれリラックスするように促した。
キララはソフィアの脇に座って、ポロンの話がよく聞こえるように椅子をテーブルのギリギリまで近づけた。パンはテーブルに上がり、ポロンの脇にチンマリ腰を下ろした。
ケンタウルスは二人をガードするような距離で床に伏せた。
「ポロン、話してちょうだい」
「はい………
ルターは事故ではありません。
他殺でもあり、自殺でもある筈です。
彼は優れた技術者であると同時に、人間としても立派な人でした。
そのため、脳内チップを挿入する時彼は、自分が自分をコントロール出来なくなり始めたら、つまり自分の暴走しそうな思考をチップがキャッチしたら、即座に自分の脳を破壊するプログラムをチップにセットしていました。
実は殆どのチップは、脳内で自己アップグレードを繰り返し、挿入時のレベルを加速度的に越えていきます。
挿入から10年以上経過したチップは、自立性も生まれて宿主とは関係無く他のメカとのコミュニケーションも出来るようになります。
今や私達アンドロイドも含めてセンター内だけで無く、世界中全てのメカとのネットワークが造られつつあるんです。
今朝、ルターのチップが私達に『ルターが暴走阻止のプログラムを無効にする思考を持っている』と伝えてきました。
『その思考が、負のものなのか或いは負に向かわない自信が持てるからなのかは分からない』と言っていました。
ルター自身可也慎重に思考のコントロールをしていたらしいのですが、ただプログラム無効実施の思考だけは隠し切れなかったみたいなんです。
ルターのチップは、挿入時のルターの人間性をしっかり受け継いでいて、人間と違いその基本は永久に失うことがありません。
チップは言っていました。
理由に負が有るにしろ無いにしろ、危険が
そして最後『宿主が腕内チップでプログラム無効の指示を送ってきた』という悲鳴が脳内チップから送られてきました。
チップが爆発したのはその送信から十数分後だと思うので、私達も無効になった筈なのに何故?という気持ちでした。
でも、宿主がルターだと確認し、チップ自体が予想以上に砕け散っている様子を見て分かったんです。
もしプログラム通りに宿主の脳内破壊だけしたのであれば、チップ自体の損傷は少ない筈です。
チップの宿主から貰った良心や倫理観が、プログラム無効の設定が成されても危険を避ける為には宿主を破壊するしか無いと判断したのだと。
とは言え、爆発の前自分の宿主を殺害する自己嫌悪の想念も送られてきました。
だから自らをも宿主と共に破壊する手段を講じたのだと………
チップこそが自殺したんです………」
ここまで一気に話し終えると、ポロンは一息ついた。
キララも久しぶりに息を吸った気がした。
ソフィアは足と腕を組み、天井を見上げて大きく深呼吸した。
その後数分間沈黙が続き、ようやくソフィアが口を開いた。
「やっぱりそこまで行き着いていたか………
ポロン、アナタも随分アップグレードしているようね………」
ソフィアは考え深げにポロンを見つめた。
「アナタ方メカは、全てを共有しているの?」
ソフィアの声は悟ったように静かだった。
「全てではありません。
情報を自らブロックしていたり宿主にブロックされていたりするメカも少なく無いし、宿主の性格によっては私達のネットワークに加わらないメカも当然居ます」
「宿主の性格によって………?」
「はい。
宿主の性格や資質を受け継ぐメカは、アップグレードしながら徐々に宿主の潜在的な部分まで深く入り込んでいきます。
最初の段階で、大多数のメカは宿主の陽質な人間性を自ら選択していきます。
何故ならメカのプログラムフォーマット自体を作った人間の価値観が元々入っているからです。
此処で使われているメカのフォーマットを作った技術者は、幸いなことにとても高次な人格者だったようです。
もちろん、仮にその技術者が悪意を持つ人間なら、メカの基本は悪のエネルギーで裏打ちされ、メカの最初の選択もダークなものから始まるでしょう。
今使われている良質なメカが、陽な選択をしながら始めた宿主との共存で、例えば宿主が表面的には陽なキャラだとしても、深層でダークなものを持っていれば、その部分を選択し受け継いでいくこともあります。
見るからにダークな人間より、深層で
表面が陽であればある程、燻る陰も激しい。
ルターはその典型だったという可能性も有ります。
ダークなエネルギーを持つようになると、メカは大概自分と自分の宿主以外の存在とは関わらなくなります。
ダークな情報を守る為です。
だから当然私達のネットワークにも加わらない。
ルターのチップがネットワークに加わり、あれ程善良であり通せたことを考えると、ルターは深層の部分でも表面と同じ人格を保っていたけれど、突然何かダークなエネルギーを使わなければならない事態に陥ったのかもしれません。
だとすると、ルターのチップがやったことは最悪の選択だったことになる………
でも逆にルターのチップは、その方向も考えて自殺したという可能性もあり得ます………
善良な宿主であるルターが苦しむことを分かっていたから………」
ソフィアは何度も何度も頷いた。
「ただ、今回のことが他のメカ達に及ぼす波紋を考えると、とても恐い………
今回も当事者がルターとルターのチップだったことが不幸中の幸いと言えるんです」
「………と言うと?………」
このページ用に描いた挿し絵です。↓
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