もう筆は折れない
縦横七目
もう筆は折れない
TODOノベル、それは日課で書いていた架空の小説だ。架空といっても、モデルが存在する。自身の上司であり、親分である藤堂さんを参考に書いているのだ。
毎日書いているうちに、少しずつ、少しずつファンを獲得し、今では、一万円を課金してくれるフォロワー、どんどんヘビさんまでいる。彼ほど課金してくれる人は他にいないが、おかげさまで食費の足しにさせてもらっている。
『匿名A氏から、一万円の支援がありました!
メッセージを表示しますか』
スマホの通知を確認すると、誰かから、支援金が送られた。
ついに2人目の万額支援である。
ちょうど昼休みに入ったばかり、いつもよりワンランク上の店に食べに行こう。そう内心笑みを浮かべていた。
「オウ、被野どないしたんや? そんな機嫌良さそうにして」
背後から声がした。藤堂組長だ。
背筋に寒気が通る。
大丈夫。藤堂組長はこういった創作支援サイトには詳しくないはずだ。バレてない、はず。
「あっ、藤堂さんお疲れ様です! 今日はちょっといい店で昼でも食べようかと思ってまして」
「そうかそうか、でもお前今月は財布厳しいゆうてなかったか?」
「い、いやー。そうだったんですけど、お馬さんのおかげでまだ余裕あるんすよ」
ふむふむと藤堂さんは、納得していた。よし、大丈夫。
「そうか。ワイはてっきり、
このサイトで儲けてるからやとおもったんやけどなあ」
そこには、被野がTODOノベルを書いている創作支援サイトであった。
「なあ被野、ワイは隠し事って良くない思うねん。仕事してるとよおわかるやろ? ”でぃすこみゅにけーしょん”ってのは失敗の原因や。ワイはお前のことは信用しとる。
だからな、何か説明し忘れてることあるんちゃうか?」
がっしりと肩をつかまれる。
体から熱が失われ、体が全く動かない。
不味い不味い不味い。何か言い訳を考えないと。
「どないしたんや? ん? スマホに通知来とるで? えーと、1万円の支援が来たって書いてあるなあ」
「被野? これは一体どういうことや?」
俺は正直に全て話した。TODOノベルを書いていること。最近は、お金までもらっていることも。
すると、意外にも藤堂組長は笑っていた。
「そうか、お前にそんな趣味があるとはなあ? お金までもらっとるのか。才能あるなあ。」
でも、と話を続ける。
「やっぱりな、こういうことはよーあらへん。被野、お前はいの一番にワイに相談すべきやったんや。そうしとけば、こんな説教なんぞせんかったわ」
良かった。藤堂組長はそれほど怒ってはいないらしい。
「ただそんな稼いどるんや。今回の件は、昼飯奢ったら許したる。」
そう言って、藤堂組長は手を差し出す。
仲直りの握手。けじめをきっちりつけるのが、組長らしい。
俺も手を差し出し、
ぐしゃり
小指が潰れた。
「相談せんかったことは許したる。ただ、勝手にワイをモデルにしたことは、許すとは言っとらん。」
「お前結構稼いでるらしいやん。せやから必要なもんあるやろ? モデル料ってやつや」
「5割? 何アホなこと言ってんねん? 10に決まっとるやろ。これまで稼いだ分も含め全部や」
「そういえばさっき、1万もろてたな。それもすぐに渡すんやで。明日まで待っといたる」
そういって、藤堂組長は、離れていく。
もうTODOノベルを書くのは、やめよう。
そう決心し、スマホを見る。
先ほどの支援の通知が画面に映っていた。
『申し訳ありません。諸事情により、TODOノベルは今後一切執筆しません。この度の支援は非常にありがたいのですが、返金申請させていただきます。』
メッセージと共に申請する。
ポケットにスマホをしまうと、
ピコン
通知が鳴る。
『匿名Aさんよりメッセージが届きました。
書け
』
少しの恐怖と申し訳なさを感じつつ、匿名A氏のアカウントをブロックする。
ピコン
『どんどんヘビさんよりメッセージが届きました。
書け
』
ずっと支援してくれた人であったがブロックした。
ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンッ
『書け』
『書け』
『書け』
『書け』
『書け』
『書け』
『書け』
『書け』
『書け』
『書け』
「書かなかったら殺す」
背後を振り返るが、そこには誰もいなかった。
恐怖と共に理解する。
もう俺は、死ぬまで筆を折ることが許されず、藤堂組長に搾取される運命だということを
もう筆は折れない 縦横七目 @yosioka_hatate
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