方言を小説で

亜咲加奈

方言を小説で

 私は方言を小説に取り入れている。登場人物の台詞に活用しているのだ。

 なぜ活用しているかと言うと、標準語では伝わりにくい感情の機微を柔らかく温かく親しみをもって伝えてくれると思うからだ。

 ここでは、「方言を小説で使うことの意義と効用」について、方言で語りつつ考察したい。

 なお、読者には、この方言を話す地方を当てることが目的ではないことをお断りしておく。仮にコメントにて、

「○○の方言ですか?」

 などと確認されても、そのようなコメントには申し訳ないが亜咲は返信しないのでご注意されたし。


 まず、この話から聞いてくんない。

 おらぁ学生時代に同級生から「実家帰るとなまってるね」なんて笑われたことあるんさ。この話書いてて思い出しちまった。

 まーったく、「なまってる」とかおまえが言うなっつうの。そう言うおまえが住んでるとこだって方言あるだっぺや。しかも翻訳が必要なぐれえの。その言葉ぁ書いてやってもいいんだけど、おらぁそこまで意地悪じゃねえから書かねえ。

 方言つうんはその土地ならではの言葉だっぺや。生まれたとこの言葉でしゃべってなーにがわりいんだやぁ?「なまってる」だなんて、よく言ったもんだ。標準語を基準にするからそういう考えになるんだっぺや。

 でーも、テレビで芸人さんが話してる、「これぁあすこの方言だんべ」ってすーぐとわかる方言なら、まぁ小説で使ってもいいんかもしれねえけど、その方言をいっつも話してる人たちからすらぁ、

「何、知ったかぶって書いてるん。そんな言い方しねえし」

 ってゆわれねえように書くんがいいんかねえ。

 歴史小説で方言使うっつうんも、大いに「有り」だいなぁ。うーまく使ってる作家さんたちも見かけらいねぇ。

 まあ暗い思い出話をするんが目的じゃあねえから気を取り直して、小説で方言を使うっつうことを今から考えてみたいんさね。

 まーず、さっきもゆったけど、味があるっつうのが一番だいねえ。

 標準語だとさらーっと流れっちまうところが、印象に残るっつうんかな。

 けどまあ、翻訳が必要なレベルの方言だったら、台詞のあとにカッコつけて標準語訳とかつけねえとまじいんかねえ? なーにゆってるかわからねえと話もわからなくなっちまうからねえ。

 しかも今は若え衆、あ、これぁ「わけえし」って読むんだで、その若え衆だって方言しゃべらなくなっちまったから、書いても「何、これぁ」なんてなっちゃって、それこそ読んでくれなくなっちまうから、全部方言にするんじゃなしに、

「ここーッ!」

 てところで使った方が効果的だいね。亜咲はできてねえけど。

 だから、オール方言つんじゃなく、

「ここーッ!」

 てところでうんまく使うっつうのが肝心なんかねえ?

 でも、方言がねえと成り立たねえ小説っつうんは、どういう小説なんかねえ?

 その土地でなきゃあ書けねえものがあって、書けねえ人たちがいるっつうことだいねえ。

 つうことは、なんでその土地じゃねえとならねえんかっつうことを、読者にわかるようにしとかねえとならねえやいなぁ。

 はぁ、小説書くっつうんは、えれぇことだいねえ。

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