第2話 眷族に告ぐ
天使が住所不明のどこかに帰ってしまってから母親が我が家に帰宅してくるまでの2時間、一瞬というにはあまりにも
結局あの天使が何のためにどこから来たのか良くわからなかったので、この2時間でそれについて嫌でも考えざるを得なかったわけだが当然のごとく答えは見つかりそうにない。自分の推理力の限界を改めて実感しつつ、誰かがなんかしらつぶやいてないかとだらだらネットで探してみたが、当然アンサーもヒントも載っているはずがなかった。
30分ぐらい前から考え疲れたのでリビングにあるソファとの一体化に挑戦し、その最終段階に入ったあたりで母親がスーパーから帰還してきた。特売の品でも手に入れたのか、長くもない廊下を凱歌の如くCMソングを口ずさみながら向かってくるのが聞こえる。リビングに入りオーバーヒートした脳を休ませてる私に向けて話しかけてくる。
「ただいま~お惣菜半額になってきていっぱい買ってきちゃった~」
「おかえり。それ逆にお金使っちゃって損なんじゃないの?」
「あら。確かに。」
うちの母親は物事をあまり深く考えない人だ。今更それについてとやかく言うつもりはないし、言ったところで善処してくれないこともこの17年間で身に染みている。どちらかといえば長所だしそれに助けられたことも幾度となくあるのは事実だが、私も将来そういう大人になりたいかと聞かれてもおいそれと首肯できない。こういう性格は天然ものしか効果を発揮しないのだ。
そんな母親には天使のことで聞かなければならないことはたくさんあるが、時間がかかりそうなので夕飯の準備をしてくれてる母親を横目に軽く寝てから聞くことにした。後から聞いても支障は無い。私の頭はそれなりに限界で、クールタイムの獲得が急務なのだ。
何事もなく眠りから目を覚ますと、
「あらおはよう。先に食べてるわよー。」
もっしゃもっしゃと夕飯を食べてる音が目覚ましとなったのだろう。30分ぐらいしか寝なかったんだから待ってくれても良かった気もするが。
私も夕飯を頂戴すべく、食卓に着きスーパーで買ってきたであろうふやけた餃子をタレにつけて箸で口に運びつつ、さっそく本題を切り出すことにした。
「お母さんが出かけてるときにうちに天使が来たんだけど、お母さん昨日会ったってホント?」
問わねばならぬ。母親に。
「あ~昨日の天使ちゃん?会ったわよ?うちに来てあんたに会いたいって言ってたからじゃあ明日ならいるから来てねって伝えてあげたわ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
うめくような驚きの声を上げてしまった。軽すぎるだろこの母親。
「なんで!?見た目が天使の人とか普通頭がおかしい人じゃん!!あとなんで名前教えてあげちゃったわけ!?」
柄にも無く声を荒らげてしまったが無理もないことをわかって欲しい。
今回は本当の天使っぽかったが、今後スピリチュアル系の天才詐欺師や開祖不明の新興宗教員が来た場合は我が家が崩壊しかねない。しかも娘の名前を教えるとはなんてセキュリティの概念が低い人なんだ。
「あら〜?あんた昔『てんしさまとともだちになりた〜い』って言ってたじゃない?だからいいかな〜ってお母さんは思ったわけ」
白米の咀嚼を一通り終えて飲み込んでから私に言い放ってくる。
「昔って...それ言ってたの私が幼稚園ぐらいでしょ!?そもそも娘と知らない人を繋げようとしないでよ!」
軽く寝たのにまた疲れてきた。
天使が襲来してもおっとりぽわぽわでいるには私の生きた年数では足りないのかもしれないが、3.4歳の発言を根拠に17歳になった私の願望を判断されても困る。
この人は親戚のおじさんよろしく私の趣味嗜好が幼児期のままで固定されて成長しない生き物だとでも勘違いしてるのだろうか。あのおじさんは毎年私の誕生日に日曜の朝放送している女児向けアニメの商品をくれるが、今年こそ心を鬼にして高校生の私には合わないという旨を伝えなければ。
「大丈夫よ〜天使と友達になれるなんて楽しそうじゃない?大きな羽と光の輪がついてる人のお願いを断ったらしたら何されるか分からないし〜?」
「…確かに。」後半に関してはおっしゃる通りである。超常的な生物だったにしろとんでもない不審者だったにしろ変に刺激して怒らせたらどんな仕打ちを受けるか分からない。我が親ながら考えてるんだか考えてないんだか掴めない人だ。
反論の弁を人参多めのひじきの煮物と一緒に飲み込んでいる私に母親は言葉をつづける。
「でもあのこインベーダーゲームの負けた時みたいな帰り方してたでしょ?人間じゃないと思うのよね~」
光に粒にトランスフォームして霧散するのがあの天使のお決まりの帰り方なのだろうか。ご近所騒ぎになるかもしれないから明日来た時にはやめてもらおう。
ともかく、母もあの存在が少なくとも人間ではないということを分かっているらしいので、話が早く済みそうだ。
「その天使にまた明日来てもらうことにしたよ。私ひとりじゃ手におえなさそうだったし。」
そもそも存在自体が1家族に収めていいのという疑問が脳裏に浮かんだが、うちの家が国家にマークされて変な人体実験させられても大変に困るので、警察に連絡するのはまた今度にすることとする。
「あらそう、じゃあ明日はちゃんとおもてなししなきゃだわ。天使さんに人間のおもてなしが満足して貰えるかしら。あとあんた、最後の餃子食べたいなら食べていいわよ。」
無意識のうちに視線が餃子に向いているのを悟られたのを恥じつつ、言われるがままに遠慮せずいただく。
人間の文化をある程度調べてから来てくれているようだし、あの優しさなら無下にしてくることもなさそうだから気にしなくてもいいだろう。
いい感じにお腹も満たされてきた。明日はもっと食事に集中できるような一日になるといいが。
「ごちそうさま。お母さん、私疲れたから先お風呂入ってきちゃうね」
今日だけでここ一か月分ぐらいの疲労が溜まってしまった。本音を言えば入浴することさえ面倒だが、そう言ってグダグダしてると本当に入らなくなってしまう。私はこの過ちを犯したことがあるから詳しいんだ。
「疲れてるならお風呂暖かくして心と体を労わってあげないさいね〜」
「ん。ありがと。」
母の母らしい言葉が胸にしみてありがたいですが、この疲労の半分はお母さん、今の夕飯時のあなたのせいです。
家から一歩も出てない日に今日ぐらいは入らなくてもいいんじゃないかと毎回思いはするが、習慣となった行動は理性よりも強制力を持っているらしく面倒くさがっている私を洗面所へとを運びこむ。お風呂に入って後悔したことはないので入るだけ損は無いだろう。
特にかわいげのない部屋着を買い替えたばかりの新品縦型洗濯機に放り込み、今日一番軽い私を体重計の上に立たせてみるが映し出された数字は昨日と寸分も
打ちのめされた愚かな希望は全身全霊で忘れることにし、後ろで結ばれた自分の髪の毛を髪を
昼にやってきた天使の土星のようなキューティクルを思い出し、自分の長い髪もそうなれと願いながらコンディショナーで泡立てるが叶うことはないだろう。
せめてあの天使はお風呂でチワワの糞の残り香を洗い流して欲しいと願い全力で髪と体をウォッシュする。
「うひ〜〜お風呂気持ちぃぃぃぃい」
湯船に浸かれば頭スッキリ悩みもゼロ!
なんてことは無く、あの天使がどこから来たのか、何故私に会いに来たのか、そもそも誰なのかという疑問はお湯で流せそうにないみたいだ。
湯船のお湯が全身の皮膚に染み込んでいく。お風呂に入って悩みが解決することは無いが、それでも心の垢を洗い流してくれる。
お湯の温かさを感じていると、天使が光の粒子を纏っていた時の感覚が思い出される。あの温もりに触れた時、私は彼女に魅了されたのかもしれない。
泡沫の如く頭の中に現れる疑念を処理してるうちに気づけば時間が経っていた。これ以上入ってたら逆上せそうだ。
浴槽から出た時の温度差が少ない時期で良かった。冬なら確実に風邪をひいていた。
雑に髪と身体を拭き終わりリビングに戻ると母が心配そうな顔をしていた。
「大丈夫〜?あんた2時間もお風呂入ってたわよ〜息絶えちゃったのかと思っちゃった」
「なん...だと...」
漫画みたいな驚き方してしまった。2時間も入ってたなんて。どうりで鏡で自分の体見た時シワシワすぎて
お風呂から出て各種液体を顔に塗りたくり、ドライヤーで濡れた髪から水分を蒸発させていると、長風呂で副交感神経が活気づいたのかまたもや眠くなってきた。 こういう時は素直に寝るに限る。ナポレオンだって実は結構寝てたそうじゃないか。
母に就寝のあいさつを告げ、自室のベットに転がり込むなり精神的疲労の限界も相まって、いつものスマホポチポチタイムを挟むことなく私の意識は眠気の果てに飲み込まれていった。
翌朝、と言うより翌昼、私の
「12時間も寝ちゃった..」
時計を確認した時1分しか寝なかったのかと大いに驚いたが、そんな寝ぼけた頭で思い浮かんだ勘違いは窓の外の太陽光にすぐ正されることとなった。
1日の半分を睡眠に費やした事実に嘆きたくはあるが、こんなに寝たのは久しぶりだからちょっとだけ嬉しい気もする。天使に微かばかりの感謝を抱きつつ、ぼさぼさの髪の毛で私の部屋から階段を降り、リビングへ向かうと見慣れない見知った顔の人外がテーブルの椅子に鎮座していた。
「おはよ〜おじゃましてまーす」
天使から朝の挨拶を投げかけられる。
「でゅえ!?ななななんでここに!?」
一気に目が覚めた。
「あれ?明日来るね、って言ったよね?」
家に来るとは聞いたが中まで入るなんて聞いてない。家庭訪問だって最近は玄関でこと済ますのに。
「というかお母さん!なんで家に入れちゃったの!?」
おもてなしするとは言っていたが実の娘が寝ている中リビングまで招き入れるのはいささか不用心ではないか。うちの母親は田舎出身だからその辺の文化が私とは違うのだろう。だとしてもだ。
「だってソウハ泥のように寝てたから起こすの忍びなくなっちゃって♪じゃあ起きるまで家に居てもらうしかないでしょ?」
何でそんな昔の田舎のオープンさを現代の住宅街にまで持ち合わせるのはいかがだろう。というかいい歳になって語尾に音符つけるのはやめて。同級生が使っててもむずむずするのに。
「〜〜!!じゃあ顔洗って
学校ではクールキャラなのに…。心の準備もなく現れた来客への動揺は大声を出すことでしか誤魔化せなかった。
「分かったわ~」「ずっと待ってたからもうそんなに気にしなくていいよ~」
客人が来ているとも知らずにやたら寝てしまったことを恥じた。私の顔はきっと紅潮しているだろう。
髪を
あらかたの朝の支度を洗面台で済ませ、心を整えながらリビングに向かうと、天使が母からかなり手厚い接待を受けていた。
「おっ、降りてきたね」
天使が邪気のない笑顔を私に浴びせながら言ってきた。
「そういう割にパンケーキとコーヒーを並べて暇を
「えへへ~ソウハちゃんのお母さんがくれるパンケーキ美味しくって」
言ってる最中にも天使はフォークを止めることなく口に食べ物を運び続けている。
「さっきソウハちゃんのお母さんに教えてもらったんだけどね!ハチミツって蜂のゲロらしいよ!こんなに美味しいゲロがこの世にあったんだね!このコーヒーもなんとかヤマネコのうんちらしいし!うんちだよ?うんち!」
排泄物トークに花を咲かせてるところ悪いが私にはそんなことに付き合ってる余裕は無い。天使が「うんち!」なんて言ってる姿を幼き日の私が見たら失望で泣いてしまっていただろう。
「ソウハはお話があって降りてきたんじゃないの〜?」
ナイスパスですお母たま。そう、私には聞かなければいけないことがいくつもある。そしてこの天使も私に伝えたいことがあって私の訪ねてきたのだろう。パンケーキの美味しさでほっぺが垂れそうになっているとこ申し訳ないが聞かせていただこう。
「そういう訳なんで何個か質問させてください。そもそも、あなたは一体なんなんですか?」
今私が一番気になっている質問から聞いてみる。
「天使って言ってなかったっけ?」
私の質問に優しい笑顔でカラりと答える。しかし見とれている場合では無い。
「そうじゃなくて⋯」
天使であることは昨日聞いたし見た感じそれを疑う気も
あなたは誰だと問うて種族を答えてもらえば満足できるほど私の疑問は浅くない。人間に私は人間ですって答えてもらったようなものだ。
「そうだよね、天使ってだけじゃ私自身のことわかんないもんね。えーと、じゃあ、自己紹介させていただきます。」
いつの間にか天使はフォークを置いて立ち上がっていた。
「私の名前はルカ。そして...」
天使が宝石のような眼で私を見る。
「あなたの家族」
ファースト天使 清水彗星 @simizu_893
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