ファースト天使

清水彗星

第1話 地に着くと書いて着地

私の家にインターホンが鳴り響く、誘われるようにドアを開けると、そこには天使が立っていた。

「やっほ〜!あなたがソウハちゃんだよね!」

生憎知り合いではなかった。なぜ私の名を知っている。そもそもこの娘は誰だ。どうして天使のコスプレなんかしてるんだ。というか陽気な人だ。

「違いますけど…人違いじゃないですか?」

もちろんこんなどっかの宗教画でみたような巨大な白翼と豆球程度の光を常に発している輪っかを頭上に浮かべている女の子は知り合いではなく、これから知り合うつもりすらゾウリムシの繊毛程もない。

「違くないよ〜昨日あなたのお母さんに会って聞いたもん。友達になったげてねぇっていって言われたもん」

「は?」は?

私のお母さんに会った?昨日?何故友達に?

「『は?』じゃないよぉ!昨日ソウハちゃん家にピンポン押したらお母さんが出てきて〜今うちの子高校行ってるからまた明日来てねって。というかその顔私が天使だってこと疑ってるでしょ!?」

情報量が多すぎる。昨日も私の家に来て、母親に会い私の名前を知り、友達になるように勧められた。しかも天使が。

確かに私の母はちょ〜っと楽観的過ぎるところがあるが、見ず知らずの天使を娘の友好関係の中に入れようとしてくるほどでは無かったはずだ。そもそも天使じゃなくてもやめてもらいたい。てか昨日言えよ。

「お母さんが帰ってきたら確認するんでまた明日来てもらっていいですか?明日日曜で学校ないですし。一旦天使かどうかも保留にさせてください。」

今まで便宜上天使と呼んでいたが、よく見てみるとホントに羽が背中に有り、光の輪が浮いてる時点で少なくとも人間では無いように見える。ホントはコスプレだとしてもそこまで天使になろうと努力してるなら天使みたいなものなのかな。

「……そんなに私の顔見てどうしたの?チワワのクソでも付いてる?一応さっき拭いてきたはずなんだけど」

「汚な!?え!?汚な!」

事の顛末の意味が分からないが、こちらにそんなことを感じさせず顔はとにかく美人、大きい目、絹のような金色の髪、透き通った肌、というか本当に綺麗な肌だな…もしかしてノーメイク?使ってる化粧水とリンスだけ教えてもらってから帰ってもらうことにしよう。

「うーん...確かに急じゃ混乱しちゃうか!今日は帰るね!」

今日はと言わずに千代に八千代に帰り続けて欲しい。

「そうだ!忘れてた!ソウハにプレゼント!」

「え?ありがとうございます...それはどこに…」

私が言い切るのを待たず天使(仮称)の頭上の輪がより強く光った。

「なに!?眩しっ!」

瞳孔が閉じる前に塞いだ目を開けると天使が私に紙袋を差し出していた。急すぎて無駄に光らない分四次元ポケットより不便だな、ぐらいしか思いつかない。

「ホントはヤクルスの牙と迷ったんだけどこっちの方が美味しいかなって」

その言葉を流し聞きで紙袋を開けると中に入っていたのは八つ橋だった。

「ヤクルトの牙より美味しいだろうけど…」

呟いた私は前者を見たことも聞いたこともないわけだが。

「ヤクルトじゃなくてヤ・ク・ル・ス!体にピースしないから!」

カルピスだろそれは。混ざってるじゃないか。

「……嫌だった?」

嫌では無いが天使に八つ橋を渡されてすぐ感謝を伝えられる程の順応性は私には無い。

「食べれば美味しいって分かるから!また明日ね!」

「ちょ!まっ!...」

急な別れの挨拶に対する私の停止要請を受け付けず、体が逆再生された砂時計のように空気に溶け込んで消えていった。

「マジの天使じゃん…」

取り残された私の思考が認識したのは視界に映る紙袋の中の八つ橋が、明らかに誰かの食べかけであるということだけだった。



「...というわけなんだけど!どういうこと!?」

問わねばならぬ。母親に。

「あら〜?あんた昔『てんしさまとともだちになりた〜い』って言ってたじゃない?だからいいかな〜ってお母さんは思ったわけ」

「昔って...それ言ってたの私が幼稚園ぐらいでしょ!?そもそも娘と知らない人(じゃなさそうだったが)を繋げようとしないでよ!」

この人は親戚のおじさんよろしく私を成長しない生き物だとでも勘違いしてるのだろうか。

「大丈夫よ〜天使と友達になれるなんて楽しそうじゃない?大きな羽と光の輪がついてる人のお願いを断ったらしたら何されるか分からないし〜?」

「…確かに。」後半に関してはおっしゃる通りである。これを言われたら何も言えないじゃないか。

「お母さん、私疲れたからお風呂入って寝ちゃうね?」

今日だけでどっと体力が削られてしまった、こういう時は寝るに限る。ナポレオンだって実は結構寝てたそうじゃないか。

「疲れてるならお風呂も布団も暖かくして心と体を労わってあげないさいね〜」

「ん。ありがと。」

半分はお母さん、あなたのせいですけど。




「うひ〜〜お風呂気持ちぃぃぃぃい」

湯船に浸かれば頭スッキリ悩みもゼロ!

なんてことは無く、あの天使がどこから来たのか、何故私に会いに来たのか、そもそも誰なのかという疑問はお湯で流せそうにないみたいだ。

「逆に疲れた...」

せめてあの天使はお風呂でチワワの糞の残り香を洗い流して欲しい。

お風呂から出て各種液体を顔に塗りたくると、精神的疲労の限界からかベッドに入るなりいつものスマホポチポチタイムを挟むことなく眠ってしまっていた。


翌朝、と言うより翌昼、私の瞼が再び開かれたのは正午に差し掛かった時だった。

「12時間も寝ちゃった..」

1日の半分を睡眠に費やした事実に嘆きたくはあるが、こんなに寝たのは久しぶりだから

ちょっとだけ嬉しい。天使に微かばかりの感謝を抱きつつ私の部屋から階段へ向かうと

リビングには忘れもしないあの人外がいた。

「おはよ〜おじゃましてまーす」

「でゅえ!?ななななんでここに!?」

軽く漏らしかけた。

「あれ?明日来るね、って言ったよね?」

家に来るとは聞いたが中まで入るなんて聞いてない。家庭訪問だって最近は玄関でこと済ますのに。

「というかお母さん!なんで家に入れちゃったの!?」

「だってソウハ泥のように眠ってたから起こすの忍びなくなっちゃって♪じゃあ起きるまで家に居てもらうしかないでしょ?」

何でそんな田舎みたいなオープンさを持ち合わせてるんだこの母親は。というかいい歳になって語尾に音符つけるのはやめて。

「〜〜!!じゃあ顔洗って髪梳かしてくるからお母さんと天使はそこで待ってて!」

「はーい」「ほいよ〜」間の抜けた返事の天使は他人の家で馴染みすぎだろ。

髪を梳かしてる時に服も着替えた方がいいものかと一瞬思ったが、キャラもののTシャツとドルフィンパンツを着用した私のおかしさなど羽根と光輪と白いワンピースを装備した金髪美女に比べればゴミ山の前の埃みたいなものだ。

「やっと降りてきた〜」

「そういう割にパンケーキとコーヒーを並べて暇を嗜んでいるように見えますけど。」

聞こえてるはずの私の声を華麗に無視して天使が言う。

「今ソウハちゃんのお母さんに教えてもらったんだけどハチミツって蜂のゲロらしいよ!こんなに美味しいゲロがこの世にあったんだね!このコーヒーもなんとかヤマネコのうんちらしいし!うんちだよ?うんちw!」

排泄物トークに花を咲かせてるところ悪いが私にはそんなことに付き合ってる余裕は無い。天使が「うんちw!」なんて言うじゃないよ。

「ソウハはお話があって降りてきたんじゃないの〜?」

ナイスパスですお母たま。

「そういう訳なんで何個か質問させてください。そもそも、あなたは一体なんなんですか?」

「天使って言ってなかったっけ?」

私の質問に優しい笑顔でカラりと答える。しかし見とれている場合では無い。

「そうじゃなくて⋯」

「そうだよね、天使じゃ私の事わかんないか!私の名前はルカ。そして...

あなたの家族」


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ファースト天使 清水彗星 @simizu_893

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