第4.5話 たぬきうどん。
話は数日前に遡る。
最近入社した会社の先輩の話を聞き、そんな話あるわけないじゃないですか!と豪快に笑い飛ばした直後。
優しい味の出汁を啜り、最後の一口をもちもちと味わう。揚げ玉のふにゃりとした食感と、小麦の味。
飲み込んでから、もう一度出汁を飲んで、はぁ、と大きく息をついた。…やっぱり、たぬきに限るよなぁ。
「…まじかよ…。」
面倒なことになった。
食堂で頭を抱えている俺は傍から見ればいかにも限界社会人だろう。だがしかし、俺の論点は仕事なんかでは無く。先程の“化け猫”の話である。
期待を裏切るようで悪いが、俺は決してその化け猫では無い。それなのに、何故頭を抱えるかと言えば、その化け猫を、あの路地裏から連れ去ったのが、他でもない俺だからである。…俺の姿を見られていないのが、不幸中の幸いか。
方向音痴で体力が無いくせに、強がって1人で“下見”に行っていた所を、たまたま見られたのだろう。
…あそこで、間に合ってなかったら。そう考えると非常に恐ろしい。
『裕兄の御主人みーっけ。』
なんてふざけた調子で兄へメッセージを送ってみるが、俺達にとっては重大事項だ。…そして、俺にとっては別の意味でも。
まさか、見られたのがよりにもよって春輝先輩だとは思わなかった。…しかも、まさかの裕兄の御主人かもしれないという。世間って狭いんだなぁと漠然と考えていれば、ふと思考が沈む。
「…御主人、か。」
1番上の兄は、御主人が現れたとしても、自分には不要だ。と割り切っている。だから恐らく、この兄は今後、御主人に出会ったとしてもその人に従ずることは無いのだろう。
2番目の兄は、御主人が現れることを恐れていた。
恐らく兄は、御主人が現れたらきっとそれに逆らえない。なぜなら、僅かながらに猫の血を引いているからである。…猫は、元より人間に懐く生き物だから、だと思う。多分。
そして、俺は…、俺は。
あの人が、俺の御主人であって欲しい。と思う。
今はスーツのワイシャツで隠れている右腕の緑の葉の紋をそっと握った。
…時は戻って現在。疑惑が確証に変わった。
裕兄の御主人“かもしれない”では、もう済まされない。この異常な執着と、過激さ。俺の妖術が、効力を発揮した。
そして、その先輩が「行きたい」と言った店の看板は、どうしても見覚えがあって。
…あーあ。どうしてくれようか。今の俺にはこの関係性はややこしすぎる。
俺は、どうしたらいいのだろうか。…春輝先輩、…裕兄、…三波先輩。どこが、どう転がっても俺にとって大切な人は傷つく運命で。
「…ずるいなぁ、春輝先輩は。」
天性の、才とでも言うのだろうか。何かと無意識に視線を集める人だ。…こうなるのも、また、天から定められた宿命だったのだろう。
すっかり日が沈み、暗くなった時間にふさわしい。先に扉を開けた先輩に続き、正しく輝き出そうとしている頭上の円形と同じ「LUNA」と書かれた扉をくぐった。
そして、俺はまた何も知らないフリをして呟く。
「えっ、裕兄…?」
こうして今日も、俺は自分を化かし続ける。
窮鼠猫を噛む。 きゃらめるもか。 @White_plam
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