攻勢作戦支障なし(ショートショート)
岸洲駿太
攻勢作戦支障なし
序・後世
攻勢作戦の初動、右翼は激しい抵抗に直面した。
第1章・大将編(深夜)
右翼の崩壊はまったく想定外のことだった。
正確な損害については未だ確認できていないが、作戦全体に影響が出ることは避けられそうになかった。
よく冷えた炭酸水をぐいっと飲む。
これがなければ怒鳴り散らかしていたかもしれないくらいに蒸し暑い夜だった。
まったく、内心不快であったが、戦とはそういうものだと割り切る。この程度の想定外を叱責して部下を萎縮させることこそ問題だろう。
副官はよく働いてくれている。この攻勢作戦がこの戦争のみならず戦後を見据えたものだという認識を共有できる部下を持てたことは僥倖である。
右翼のことは残念だったが、大将たる自分はどっしりと構え、いざという時の決断に備えることとしよう。
戦いはまだ始まったばかりだ。
第2章・副官編(夜)
まもなく先鋒は接敵するだろう。
高揚と不安を隠しきれず、慌ただしく夕飯をかきこみながら副官は思った。
作戦は始まった直後から計画から乖離していくものだが、今のところ問題は無いように思われる。夕刻から翌朝にかけての困難な攻撃であるが、中央、左翼、右翼の各将からの報告も概ねポジティブなものが占めていた。
この攻勢作戦が大戦の趨勢を決めるものとなることは間違いない。もちろん大将付きの副官である自分のキャリアにとっても。
初動の出来栄えについて、大将には順調であると伝えた。各将からいくつかネガティブな報告もあがってはいたが、現場の人間に委ねるべき課題と判断した。
果報は寝て待てという。
職務上、本当に眠ってしまうわけにはいかないが、十分な準備をしたうえで作戦は始まったのだ。各将の能力にも不安はない。
ともかく、飯を食べてしまおう。
各員の奮闘に期待する。
第3章・右翼の将編(夕刻)
おそらく接敵前最後になる小休止。夜の帳が下りる前に喫煙をすませた。重責を担うものとして給金は十分もらっていたが、これはさほど良い品でもない。戦前に好んで飲んでいたものは戦火の拡大によりいくら金を積んでも調達しようがなくなっている。
再び舶来品を楽しめるのもこの戦に勝った後かと、煙を燻らせながら思った。
最善は尽くしているつもりだが、不安もある。
どうにも兵どもに覇気が無いのだ。
配給には珍しく問題がないので飯も煙草も行き渡っているはずだが、その飲み食いの様子がうつむいていたり、ひとりふたりでこそこそ話しながらであったりと、まとまりがない。
隊長らも気づいてはいるようであれこれ報告してくれるのだが、個々の問題に関していちいち対応できるわけでもない。右翼を任された身として能力を疑われるかもしれないが、上には懸念すべき事項があると伝え、場合によって支援を受けられるように頼んでおくべきか。逆に言えば、それ以外には心配ごとはないのだ。
日が沈む前にやってしまおう。それからくれぐれも夜間に火を使わないように改めて命令しなければ。わざわざ眠い時間に兵どもを動かすのだから、上手くやらねばならない。
吸い殻を踏み消しながら、敵さんがすやすや寝ていてくれることを願った。
第4章・隊長編(おやつタイム)
やめてー、マジやめてー。
新兵だらけで指導が追いつかねえし、上は気取っていて話しにくいし、他の隊長はベテランを引き抜いてペーペーを押し付けようとしてくるし、マジやべー。
やけ食いだよこのヤロー!本当なら本国で飯食って昼寝してるはずだったのに急におっぱじめやがって、上は何考えてんだ。手紙すら出せねーよ!こんニャロー!
いつもはオネンネしてる時間にペーペーどもを歩かせるどころか、戦わせるとか無茶でしょ。怒鳴ったところで聞きやしない。
とっておきの菓子を配って自分の隊はなんとかできそうだが、他の連中は大丈夫かな、いや、ダメそう。
この戦争もいつまで続くんだか知らんけど、さっさと休みをくれと言いたい。
第5章・兵卒編(便所休み)
なんか隊長がぴりぴりしていて嫌な感じだ。行進しているとき、隣にいる人の名前もまだ覚えられていないし、不安しかない。
兵隊にとられて、自分が1番年下かなと思ってきたけど、真ん中くらいだった。
子どもみたいな隊長もいるし、白髪の混じる同期もいるし、聞いてた話とだいぶ違う。
武器が足りない、なんて話もあったけど、そこは大丈夫だった。でも、これ新品じゃなさそう。前に使っていた人はどうなったんだろう。
緊張しているせいか、尿のキレが悪い。
やだなぁ。
終章・訓示
御国ノ興廃、コノ一戦ニアリ
天佑ヲ確信シ全軍突撃セヨ
攻勢作戦支障なし(ショートショート) 岸洲駿太 @omayhen
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