第5話

……

……





「冷たい?」


私が声をかけると、セグロは穏やかな声で答える。

「いいや、あぁ。心地良いぜ」


「ゆっくり、浸ってね」


「ふっ。やっぱり、少し、慣れないわ」


「そのうち、馴染んでくるよ」


静かなアパートの室内に、水音が響く。

誰も、二人を遮らなかった。

セグロさん、は、ふわふわと嬉しそうに、私から逃れて泳ぐ。


「しかし、昨日も味噌汁なら、俺は、ファースト味噌汁じゃないんじゃないか」


「今日のために、味噌汁に使わずにあなたをとっておいたの。確かめたらもったいなかったから」


「ははは、なるほど」


その小さな箱庭の中は、やがて、だんだん熱を帯び始めた……



『今日が、あなたが最初で最後』




 朝、私はお守りを握りしめながら、にぼしの居なくなった部屋を見渡した。

あの日から、

味噌汁ににぼしを入れていない。


「わかってた、わかってたのに! あなたが居なくなるのは、私……」


 にぼしは、もともと、お味噌汁にするつもりだった。


だけど同時に、食べても消えないんじゃないかって、そんな、矛盾したことを思う自分がいた。



そんなことはない。

あるはずがないのに。



一夜きりの逢瀬は、初恋の味と、涙の味がした。



―完―

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運命の歯車 たくひあい @aijiyoshi

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