第6話

 修行を始めてからどれくらい経ったのか。

 俺は正気に戻った。


(はっ!?いや修行が目的になってないか!?)


 強くなって外にでることが目的で、その為に修行をしていたはずだった。

 だったのに気が付けば『強くなる』ということ自体が目的になってしまっていた。

 目的と手段が逆になってるなんて、俺はなんて単純なんだ。

 だが、早く気がつくことができてよかった。

 あのままだったら永遠に洞穴に閉じこもって、光球生を終えていたかもしれない。

 まったく困ったやつだよ、まったく。


(けど、魔獣がいっぱいの場所に行くの怖いし)


 簡単に言ってしまえばトラウマってやつだ。

 あの時、初めて魔獣と遭遇して殺されかけた瞬間の記憶が俺の足を止める。

 鍛えられるだけ鍛えても。心に負った傷は癒えないのだ。

 とりあえず、俺は今日はまだ修行をすることにした。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 翌日。

 俺は洞穴の中で魔法を練習していた。


(むむむむ、水魔法で水の玉を作って……。放つッ!!)


 水弾を一つ作って並べていた石に当たって、石を濡らした。

 魔力制御によって威力は落としてあるが、大きさや速さを想像通りに調整できるようになっている。初めの頃は威力の調整もできなかったから大した進歩だ。

 次は大きさの違う10個の石を並べる。俺より大きな水弾を10個用意し、それらを圧縮し小石程度にする。


(水連弾ッ!!)


 放たれた連続で放たれた水弾は並べた石を貫通した。

 む、10個中6個か。6割の命中率、自己ベスト更新ならずだった。

 やはり威力を調整した魔法を複数使用すると、それだけ繊細なコントロールを欠いてしまう。これは要修行だな。




◆◇◆◇◆◇◆



 さらに翌日。

 身体変化による壁張り付きに成功した。


(おお!これはなかなか面白いじゃないか!!)


 天井に張り付いている。視界が上下逆転して変な感じだ。

 身体の性質を変化させて吸着するようにしたのだ。

 ここから更に魔力を薄く吐き出すイメージ。

 糸のように流れ出る魔力を制御して具現化すると魔力糸を作ることに成功。

 それを天井に貼り付けて。


 ぷらん、ぷらん。

 おお、これはいいぞ!

 天井から垂れる糸にぶら下がって揺れる。

 なかなかに面白い体験だ。


(魔力の【性質変化】を極めたら色々とできるな!)


 ただ性質変化には大量の魔力が必要みたいだから、魔力総量を増やすことも同時進行で頑張らないと。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんなことを繰り返して。

 俺が並べた石20個の全てに水弾を貫通させることに成功し、様々な魔法を五日ほど使用しても気絶しなくなったあたりで気がつく。


(……馬鹿か俺は)


 恐怖心による心配からか何度も出口に向かっては『あの課題をクリアしてから』『あれができるようになってから』だのと言い訳していたが。

 そんなことを続けても意味がないことくらいは俺は分かっていた。

 理屈では分かっているのだ。けど、一歩外に出ようとすると足が震える。


(なさけないな……)


 本当は分かっていた。

 俺が修行とか言っていたのは外に出ない為の理由付けで言い訳だった。

 何もしていないわけではないという免罪符が欲しかっただけなんだと。

 怖くて、怖くて。震えるほどに怖くて。

 ただそれだけだったんだと。


 もし外に出た時に襲われたら。

 もし俺の力が通じなかったら。

 もし、もし、もし。色々な可能性を思い浮かべてしまう。


 なさけない話だ。

 どれだけ技術を磨いても、心は強くなんてなっていなかった。


(けど、けどさ。ここで動かなかったら)

 

 ずっとここで修行して、それが何になるっていうんだ。

 努力は実らないとじゃないのか。

 どれほど頑張っても血反吐をはくほどもがいてもさ。

 何もしなかった意味ないじゃんか。


 燻ってるだけで終わっていいのか。

 俺は何を思っていた。何の為に努力してきたんだ。

 こんな暗闇から抜け出して自由になるためだったからじゃなかったのか。


(俺は一生この場所からは動けない)


 それは嫌だ。

 もういい加減に覚悟を決めないと。

 どれだけ怖くても、情けなくても。

 前に、前に進まないと。

 ずっと何も変わらないままなんだ。

 

(うおおおおおおおおおお!!!)


 心の中で叫ぶ。

 恐怖心、情けなさを全て吐き出すように。

 そうだ。何を迷っていたんだ。

 ここで修行して成果が出てきたからなんだってんだ。

 馬鹿で情けなくて行き当たりばったりなのが俺だろうが。

 自分を高く見積もってるんじゃねぇよ。


(やるだけやって死んだらそれまでだったってことだ)


 怖がりで、情けなくて、馬鹿なのが俺だ。

 俺がやらないといけなかったのは、それを認めることだった。

 覚悟を決めることじゃない。

 ただあるがままを認めて、やってきたことを、行動してきた自分を信じることだった。

 

(よし、覚悟完了だ)


 俺の中で何かが変わった。

 準備を済ませて外に向かう。

 もう身体の震えは止まっていた。

 


 

 

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いずれ最強に至る精霊の逸話(加筆修正版) 神楽ゆう @OvTen

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