『重なる銃弾』
「・‥
一九四五年、八月十五日。劣勢に追い込まれていた大日本帝国軍は、同年四月の東京大空襲、日ソ中立条約の破棄。八月の原爆投下、ソ連軍の侵攻を受け、遂に降伏を決意した。日本列島は一時的な米英占領軍の施政下に置かれ、日清日露戦争以降に獲得した全領土を失った。一九四六年、占領下での日本国憲法制定。一九四八年までの東京裁判。戦時賠償支払いでインフレが加速、ハイパーインフレが起きた。物価は一気に百倍に跳ね上がり、国民生活は窮乏の一途を辿った。それでも天皇陛下の玉音放送を涙を流して聞いた日本国民は、大きな混乱もなく変革の歴史を甘受した。それから七年。日本は再び独立を果たす。物価も安定し、国民生活は平穏を取り戻しつつある。
「・‥平和をあなた方に残し、私の平和を与える。主は仰いました」
教会の聖堂で信徒に向かって教えを説く。救いを求める多くの民衆が、キリストの教えに耳を傾けるようになった。
「あなた方は信仰を通して救われたのです。さあ祈りましょう。神のご加護がありますように」
シスターの奏でるパイプオルガンの音色が教会中に響く。復興する日本に戻って来た
「お帰りになる際、お買い求め下さい。ここにいるシスターうめが、手ずから作成した品です」
それは大小様々な銃弾のペンダント。神父は最初、銃弾という人殺しの道具を販売する事に拒絶反応を示した。しかし、戦争は平和のために必要だったのだと。日本と米国が本気で戦い、平和を掴み取った証なのだと。戦に赴き未だ帰らぬ人を想い、懸命に訴えるうめの、平和への切望と敬虔なる信心に心打たれ、今では教会内で率先して商うようになった。
「ひとつ、貰えるかな。前に頂いた物は、駄目にしてしまった」
「はい。どう・‥あっ」
「久しぶりだね。うめ君。大きくなった」
「タキ・‥軍曹」
「元気そうで、何よりだ」
「その腕・‥」
「戦争でな。この通り、左腕を失った。だが命はある。あと、もう軍曹ではないよ」
タキの左腕は、二の腕から下がなかった。痛々しい姿に驚愕する。
「暫くインドにおった。君は知っておるか。インパール作戦を」
「聞いた覚えがあります。詳しくは知りません」
「そうか。迷惑になるといけない。少し、外に出られんか」
チラリと神父を見遣ると、「行っておいで」と初老の男性は快諾する。大人になった少女は、タキの右に付こうか、左に付こうかと迷っている様子。
「傷は癒えておる。痛くないから。触っても平気だぞ」
そう言ってタキは短くなった左腕を差し出す。恐る恐る、その左腕に触れる。
「大丈夫だから。さあ行こう」
両手で左の二の腕に縋り付く女性を引っ張るように、二人は歩き出した。
「・‥それで、日本軍は武装解除されてしまうのだ」
「その話も聞いた覚えがあります」
「私の部下がな、こっそり・‥あ、これは内緒だぞ」
「はい」
悪戯っ子のような表情のタキに、うめも思わず微笑む。
「覚えておるか。初めて会った日の事を」
「はい。はっきりと」
「あの日、私を呼びに来た男だ。彼が、廃棄されるぐらいなら、有効活用しようとな。私の元へ、武器弾薬を横流ししてくれた」
「そうなんですね」
「その武器があったから。終戦後も、インド独立軍の一員として。現地に残って戦えたのだ」
「それは良い事なのでしょうか」
「思い出してくれ。日本が占領されていた時を。その状態が、百年も続いておったのだ。インドという国は」
「そうですか」
「独立を勝ち取るため。平和のための戦いだ。私は、それこそが。大東亜戦争の大義であったと信じておる」
複雑な表情を浮かべるうめ。その眼前に、タキは壊れたチョーカーを差し出す。
「見てくれ、うめ君」
大きな銃弾に、もうひとつ別の小さな銃弾がめり込んでいる。
「激戦でな。窮地に陥り、銃火に晒された。直感的に、敵兵が私を正確に狙うのが分かった。死んだと思った。だが命拾いした。これが、私の命を守ってくれたのだ」
驚きのあまり涙目になるうめ。
「これが無ければ、心臓を撃ち抜かれておった。君は命の恩人だ」
「神の・‥」
それしか言葉が出ない。
「神ではない。君のおかげだ。有難う」
ぽろぽろと涙が零れる。
「独立を見届け、帰国した。君を探して、お礼を言うためだ。それと・‥」
深呼吸をするタキ。
「もし。まだ君が一人なら。私の家族にならんか」
うめをそっと抱き寄せる。
「ずっと考えておった。君の作った、霊験あらたかな品を。商材にしたいと」
涙を浮かべタキを見上げる。
「一緒に商いをしよう。私の体験談を伝え。各地を巡り。旅をしながら、売り歩くのだ。インドに行っても良い。知り合いもおる。あそこなら、まだまだ銃弾を拾えるぞ」
そう言って笑うタキの胸に顔を埋め、うめは一言、小さく、しかし迷わずに答えた。「イエス」と――
銃弾拾いの聖少女 武藤勇城 @k-d-k-w-yoro
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