『出陣』
「・‥昨年十一月、大東亜会議が開かれた話は皆も知っているな。我が国の他、満州国、中華民国、フィリピン、タイ、ビルマ、それにインド。相互協力し、欧米白人の手から亜細亜諸国の独立を勝ち取るための戦略会議である。その席上で自由インド首相チャンドラ・ボース殿より我が国へ協力要請があり、我々もインド独立の戦いに否も応もなく参加する。これは大日本帝国首脳部としての決定である」
一段高いところから、直立不動の兵士に訓示をするのは、濃い髭をたくわえた部隊長。一分の乱れもなく整列する二百名余の部下を見回し、ひと呼吸置いて続ける。
「率直に言えば、部隊運営は厳しい状況下にある。兵学校を卒業する士官候補生は年々減っており、学徒、退役軍人、民間からの志願兵、最近では民間人の徴兵も行われる。後日、新兵二十名が本隊に合流する。厳しく鍛えねば使い物になるまい。
「志願します!」
「参加します!」
口々に声を上げる兵士。誰一人この場を去る者はいない。
「諸君の士気の高さを嬉しく思う。それでは部隊編制について説明する。半数は熟練の部隊を、もう半数は実戦訓練を兼ねた新兵を出す。部隊の選抜は先に渡した指令書の通りである。各員確認せよ」
そう言って手元の資料を開くと、二百名の兵士もそれに倣う。
「険しい山道の行軍になる。従って軽歩兵による編制となる。空・海の部隊、及び砲兵、騎兵は解散」
隊長と、残る仲間に敬礼をして、数十名の兵士が列を抜ける。
「扶養家族。妻子がいる者。老いたる母がいる者。右も今回は不参加だ。詳細は資料を確認せよ。解散」
パラパラと資料をめくる音。隣の仲間の顔を確かめるように左右を見回しながら、列から一人、また一人と離れる。残る兵士の中にはタキ軍曹の姿もある。
「参加者には別資料を配布する。本作戦に関わる極秘資料である。絶対に外部に漏らすな。全て頭に入れ焼却処分・‥」
「・‥神はつみを、きりのようにかきけされたのです」
いつもと同じ光景。少女の話を聞く者はいない。通り過ぎる人々に少女は訴え続ける。
「神はわかいのつとめを、わたしたちにさずけてくださいました。いつまでもつづく平和があるように。さあ祈りましょう」
「うめ君。今日も頑張っておるな」
「タキぐんそう! ・‥すこしかおいろがわるいです。おつかれですか」
「そんな事はない。気のせいだ。それより、いつもの・‥」
「ここにあります」
「うむ。今回も、大量の金属の提供。感謝する」
タキ軍曹はいつもより念入りに、銃弾をひとつひとつ丁寧に確認しながらポケットに入れていく。「きちんと食事を摂っておるか」少女との時間を惜しむように。「何か困った事はないか」ゆっくりと時間をかけて。「夜はしっかり休めておるか」少女の姿を脳裏に刻み付ける。
最後の銃弾を拾い上げ、片眼を閉じ太陽にかざして、じっくり眺めてからポケットに入れる。代わりに取り出した札束は、いつもよりずっと分厚い。
「今日は
「そう、なんですか」
「代わりに誰か来れんかと。あてを探したが・‥期待はしないで欲しい」
「どこかへ行かれるのですか」
「今は。何も言えぬ」
「まえにはなしていた、平和のためですか」
「そうだ。私は日本のため、国民の平和のため。為さねばならぬ事がある」
「もどってこられますか」
「申し訳ない。答えられん」
「そうですか・‥」
目も合わせられず、ただ俯くタキ軍曹。その心中を、苦悩を、そして別離の時を、少女は察する。
「平和をつくる人はさいわいである」
顔を上げ静かに少女を見詰める。
「神のおことばです」
あの日のように、タキ軍曹をそっと胸に抱き寄せる。
「神がまもってくださいますように。まい日祈ります」
「・‥有難う」
沈黙が二人を包み込んだ。
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