第15話

 家に帰るのは何日ぶりだろうか。結社団が用意したほとんど社宅のような(社宅というには大きすぎる規模の)物件に着いたらすでに日は沈んでいた。この一日は幹部に呼び出されたりデータ整理をしたりなんとか枯柴をはめようと策を練ったりファイルを読み直したりしていたが、決して有意義なものではなかった。

 鍵ケースから一本選んで開ける。

 中は普通のマンションだったが、至る所からカメラの視線を感じるのは気のせいだろうか。

 上着を、何もないリビングに投げる。家具はこれから揃えていかないといけない。前住んでいた家は必要なものを撤去次第放火という風になっていたと思う。

 スパイは大変だ。スパイというよりはアメリカのFBIに近いと思うが結局は日本の安全に関わることだ。しかも初日で昇進、部署で最も責任ある立場に追い込まれた。枯柴を捉えるという執念だけで成し遂げたようなものだ。きっとあそこで諦めていれば会沢は捕まらず、結社団の情報がもっと漏れていたことだろう。あの時は本当に頑張ったと思う。

 一人で微笑む。安心したら途端に眠気が襲ってきた。シャツを脱いで洗濯籠代わりの段ボールに入れる。

 その時インターホンが鳴った。モニターで確認すると配達員らしき女性が段ボールを抱えていた。帽子に灰色のパーカーという出立ちだ。スポーツブラしか着けていなかったので慌ててシャツを羽織る。ぶっちゃけ女性ならこのままで良いと思ったが流石に人の目が気になった。

「すみません、印鑑必要ですか?」

「いや、いらないですよ。これ、浜辺みさきさん宛のお荷物です」

「え……」

 大きな段ボールだ。両手で抱えなければ持てない。

「ありがとうございます」

 ドアを開けて中に入ろうとした。

「彼がよろしくと」

 女が冷たくいい放った。

「え?」

 段ボールを玄関に置いて女を追いかける。

もう影も形もなかった。

 嫌な予感がする。

 恐る恐る段ボールを開ける。カッターがないので上着に入っていた鯉村のダマスカスナイフで開ける。

「何これ……」

 組み立て式ラックの家具がワンセットが出てきた。きっと枯柴が家具がないことを知って送ってきたのだろう。全ての部品を取り出すと、一番下に携帯電話と花束と花瓶が入っていた。玄関に飾れとでもいうのだろうか。

 携帯電話は懐かしい使い捨て式のガラケーだった。開いて登録された番号を見てみると「兄」と登録された番号があった。恐らく枯柴の番号だろう。

 とりあえずは家具を組み立てなければ始まらない。ご丁寧に工具も同封されていた。

 これから始まる。浜辺と枯柴の日々が、真実が分かることはないがきっと、うまくやっていくことになるのだろう。どんな大物犯罪者が捕まっても枯柴に辿り着くことはない。いたちごっこが始まる。

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イタチごっこが始まる 1 @nakagawayousuke

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