聖女属性の勇者は疑うことを知らない

上田ミル

最強にして最弱

「おい、だれかこの女をつまみ出せ!」


「はい?」

 勇者リンダ・カーラインは一瞬、帰って来る国を間違えたかと思った。

 しかし、あたりを見回したが間違いない、ここはダーナム王国のお城の大広間で大宴会中で、目の前にいるのは腹が出てしまりのない顔の国王55歳だ。


 リンダはおずおずと言いだした。彼女は気が小さいのだ。

「あのう……わたくし、勇者リンダでございます。魔王を倒し、世界に平和をもたらし、たった今旅から帰還したばっかりなのですが……ひょっとしてどなたかとお間違えに?」

 その可能性にリンダは賭けた。しかし。


「わかっておるわ。魔王は倒された。詳細はそなたのパーティーメンから報告が上がっている。よってそなたにもう用はない。どこへとなりも出て行け」

「はいい?」

 二度目のびっくりだ。帰る国は合ってた。

 国王はあごをくい、と動かすと近衛騎士がガシャガシャと音を立ててリンダの腕を取ろうとした。


 リンダは男性が苦手である。

「いやん!」

 と、取られた腕を払っただけで近衛騎士は5メートル吹っ飛んで石壁にたたきつけられた。

 もう動いてない。


「「ひっ」」

 それを見た他の騎士たちも貴族たちも従者たちも剣に手を掛けたまま動きが止まった。


「王様、では、お約束の領地と邸宅は――」

「そ、そんなもの与えるわけがあるか!そもそも、そなたは転移者であろう。戸籍もない得体のしれない下賤な者に領地など与えるものか」

 王様はびびっている。


「では、王子様との結婚も?」

「わしの大事な一人息子を以下略!」

「亡き王妃様の首飾りも?」

「以下略!」

「生涯お肉食べ放題も……」

「同上!!!」


「そ、そんなぁ~~」

 リンダは頬を両手で包み、よろよろと座り込んだ。お肉食べ放題が嘘だったのが一番心に堪えた。

 もう立ち上がれないかもしれない。


「これ以上の問答は無用だ。さっさと去らぬと反逆罪で死刑にするぞ!」

「あんまりですぅううう」


 涙目になって周囲を見渡すが、だれも異を唱えるものはいなかった。

 みな国王に賛同している。

 リンダは思い出す。送り出す時はみな旗を振って満面の笑顔で「勇者様、がんばってー!」「勇者様、すてきー!」「勇者様、結婚してー!」

 などと言っていたのに。


 しかし、苦労の末に魔王を倒して国へ帰る途中、何度も刺客に襲われた。(全員素手でボコボコにした)

 パーティ仲間から出された食事は全部毒が入っていた。(完食したが勇者に毒は利かなかった。むしろいいスパイスだった。お代わりした)

 城に着いて入ろうとしたら城門が閉ざされていたが、こじ開けて入った。衛兵は全員足払いで転がして来た。


 パーティの女神官21歳が目を吊り上げて言った。

「ふん、あんたなんか最初から仲間だなんて思っていなかったわ、何よ、ちょっと顔がいいからっていい子ちゃんぶってさ、気色悪!それにあたしの黒魔にも色目使ってさ!この汚らわしい売女!どろぼう猫!シャー!」


 初対面時には「勇者さまにお仕えできて光栄です。この命をかけてお守りいたしますわ」とお淑やかに述べていたのだが。


「黒魔さん?なんのことでしょう?」

「とぼけないで!黒魔がそう言ってたんだから!」


 その黒魔の男28歳は「い、いや、そのう、ごにょごにょ」と口ごもった。

 最初は「我が魔力のすべてを、貴方様をお助けするために捧げます」などとほざいていたのだが。

 実際は言い寄って来たのは黒魔の男だったが、リンダは冗談だと思って取り合わなかった。

 男はどうやら意趣返しに嘘を付いていたらしい。


 勇者が魔王を倒す旅に出たあと、魔の森に入る前に勇者を暗殺するのが彼女たちの役目だった。

 しかし、リンダは1人で魔王を倒してしまった。初めてのことだ。


 帰り道、彼女らは食事に毒を入れ、どう猛な獣をけしかけ、落とし穴を掘り、寝ている宿に火をつけた。そのことごとくをリンダは腕力で解決したが、仕掛けたのがパーティメンバーであることに気が付かなかった。勇者リンダは人を疑うことを知らないのだ。


 だが、王様に言われてやっと気が付いた。


「わたくしは騙されていたのですね……」

 リンダは落ち込んだ。


『やっとわかったか?』

 突然大広間に若々しい男の声が響いた。しかし姿は見えない。

「わかりました、魔王様。何もかも貴方様の言う通りでした。ぐすん」


 なんだなんだ、とその場にいる全員が見渡すと。

 リンダの隣にシュッと音を立てて現れたのは、足元まで届く銀髪、血のように赤い瞳と唇、纏っているのは真っ黒でドレープがたっぷりついた高そうなローブ。耳は尖っていて、一目で魔族とわかる姿。人間で言うと二十歳くらいの美しい若者だが、禍々しい妖気が周囲に漂っている。


「「魔王だーー!!!!」」

 悲鳴が上がった。


「お、お、お前、勇者に倒されたのでは……」

 王様が後ずさりしている。


 魔王は勇者に手を差し出して立たせてやりながら言った。


『いかにも。はこの女勇者に(精神的に)ノックアウトされた。

 その強さに感服した余は忠告を与えた。お前たちダーナム王国はこれまでに何度も転移者を勇者にしておだて上げ、魔王討伐に向かわせ、使い捨てて来た、とな』(※リバーブのかかった特殊音声でお送りしております)


 リンダが続けた。

「そうなんです……こんなご立派な国王様がそんなことをするなんてとても思えなくて……それなら、魔王様を倒したことにして城に帰ってみればわかるっておっしゃってくださって。その結果が今ですわ……」


「だ、騙したなああああ」

 国王はいつも通り、都合が悪いことは人のせいにした。


『騙したのはその方らである。この魔王にいわれなき罪を負わせ、勇者たちを食い物にしてきた王国など害毒にしかならぬ。今より魔王直々に滅びを与える』


 実際この王は災害が起こると魔王のせい、戦争が起きると魔王のせい、街道で商隊が襲われたのも、国庫がいつのまにか減っているのも、王が風邪をひいたのもすべて魔王のせいにしていたのだ。魔王を倒せばすべてが良くなる!と宣言し、国内の面倒な物事を放置していたため多くの国民が貧しく、一部の官僚だけが私腹を肥やしていた。


 リンダは慌てた。

「お待ちください、魔王様。王とその周辺はともかく、国民には関係ありません!どうか国民にはお慈悲を!」

 跪いて両手を合わせ、リンダは魔王に祈った。とたんに周囲に白百合が咲く幻影が視える。


 その姿の美しさに魔王は弱かった。

(この子は純粋すぎる……)


 初めて会った時もそうだった。四天王をアッサリぶちのめし、魔王の前に到達して真っ先に言ったのが、

「なぜあなた様は悪いことをなさるのです?なにか理由があるのでしょうか?もしも悩みがあるのでしたらわたくしが聞きます。どうかわたくしを信じて打ち明けてください」


 と祈りポーズをした。

 勇者は緩やかに波打つ亜麻色の髪を紐で適当に一つにくくっただけ、防具も粗末でボロボロだったが、窓から差し込む月の光に照らされた彼女の凛とした瞳に魔王はすっかり参ってしまった。


 魔王に話しかけて来た人間など数百年生きて来て初めてだった。だから魔王もつい日ごろの不満や魔族関係の悩みを打ち明け、親身になって相談に乗ってもらい、数百年ぶりに心が晴れた。

 その時からずっと魔法鏡で勇者の行動を見守っていたのだ。


『ふむ。ではこうしよう。まず、余が人間を殺して財を奪いまくっているなどとデマを流した国王一家と勇者をだました官僚一味、パーティメンバーは国外追放とする』


「なんだと!!ここはわしの国であるぞ、民も、財宝も、全部わしの持ち物じゃ!そんなことが――」

「ちょっと!あたしたちは何も悪くないわよ!」

「そうだ!王様に命令されたことをやっただけ――」

「お待ちください、そんなことをされたら今まで苦労して集めた既得権益は……」


 魔王がパチン、と指を鳴らすと15人くらいが一気に消えた。

『全員魔の森のはずれに送った。一応馬車と食料は持たせてある。3日ほどは持つだろう。全員が協力し、安全な場所へ逃げ込めば助かる可能性はある』


「まあ、魔王様、なんて慈悲深い……」

 勇者は感激している。しかし、勇者なら楽勝の条件も、戦うことを知らぬ貴族どもにとっては魔物にやられるか、山賊にやられるかの違いしかない。(※彼らはケンカばかりで食料を奪い合い数日後に全員死体となって発見されることになる)


「「「どうもすいませんでしたーー!!!」」」

 残っていた者たちが一斉に土下座した。

「勇者さまへの重なるご無礼、ひらに、ひらにーー」

「どうかお許しをー!かくなる上は心を入れ替え、勇者様に懸命にお仕えいたしますので!」


 魔王は鼻白む。嘘つきどもめが。そう簡単に人が変わるものか。


 だが勇者リンダは疑わない。

 グリーングレーの清らかな瞳をうるうるさせている。


「まあ、みなさん、わかっていただけましたの?うれしいですわ……そう、自分が行ったことは良いことも悪いこともすべて自分に返ってきます。それを忘れずに、みんな仲良く生きていきましょう!」

 まるで聖女のような微笑だ。


 魔王にはわかる。リンダは、何の間違いかはわからないが聖女の心と勇者の力を持って転移して来たのだ。人の嘘は見抜けないが、敵として向かってくるものはワンパンでぶちのめす腕力と魔力がある。ある意味人類最強である。


「「「はーい!」」」

 場に残っている家来どもの返事が軽い。

 魔王は頭が痛くなった。この子を1人にはしておけない。余が取り仕切らないと騙されてばかりだ。


 魔王は勇者の帰りの旅程をすべて魔法鏡で見ていた。

 立ち寄った村で強い魔物に困っていると聞けば無料で討伐し、貧困で食べるものもないと聞けば自分の高価な防具を分けてやり、疲れて歩けない老人がいればおぶってやり、慈善病院では戦争で手足を無くした者たちのために、自分の馬車を分解して義足や義手を作ってやっていた。


 さすがに嫁になってくれ、という申し出は断っていてほっとしたが。

 連れの者たちはそれを死んだ魚のような眼で見ていた。


 同じく鏡を見ていた地水火風の四天王(勇者に倒されたあと復活した)までが号泣しながら

「魔王様、我々はこの勇者とはとても戦えません、いい子すぎて……」

 と訴えて来たほど、勇者は人を疑わず、人のために尽くしていた。


『よかろう。勇者に免じてこの場に残っている者は許そう』

「「「やったー!!魔王様万歳!!」」」

(本当に手のひら返しの早い奴らだな……よし)


『では、新しい人事を発表する。新国王には勇者リンダを、その周囲を固める大臣たち4人はこちらで用意する。重要職に就くものはそこのお前とお前、あとは――』

 魔王は次々とふさわしい人物にふさわしいポストを与えていった。


「わたくしが……国王ですか?わたくし、もとは平凡な町役場の公務員でしたので政治のことなどなにも知りませんが……」

 リンダは目をぱちぱちさせている。


『よい。そなたはずっとそのままのそなたでいてくれ。政治は得意なものを周囲に配置する。彼らに任せれば良き国に修正してくれる。それに、腐りきったダーナム王国に今必要なのは正義の心を持つものだ。そなたという太陽がいなければこの国はいずれは滅びてしまうだろう』


 リンダは感動した。今までは『のろまでグズの腰掛け公務員』だの『要領悪すぎの給料泥棒』だの言われてきたのだ。涙まで出て来た。

(わたくしは太陽?そんなこと言ってくれる人は今までだれもいなかったわ。そんなダメなわたくしが国王だなんて……恐れ多いこと。でも、魔王さまがおっしゃるのなら――信じる!)

 リンダは、きっ、と顔を上げた。


「わかりました!わたくし、がんばります!この国が日出処ひいづるところと呼ばれるくらい明るくします!」


 ダーナム国は大陸の西の端にある。どちらかというと日没処ひぼっするところなのだが、まあそれは置いておき、何の疑いもなく魔王の言葉を信じてくれる勇者。疑うことを知らないのは不安だが、今はありがたかった。


 勇者に会う前の魔王は疲れていた。

 数百年にわたる魔界領域での権力争いや騙し合い、陰謀と暗殺に飽き飽きした魔王は、人が入り込むことができない魔の森の奥に城を建ててひっそりと暮らしていたのだが、何もしていないのに勇者たちが討伐にやってくる。魔王の悪行とされているものはすべてがダーナム国王によるものだった。


 ダーナムを普通の国に戻し、また平和な生活に戻りたい。

 魔王は右手を振ると、一匹の黒い子猫が現れた。

「ニャーン♪」


「あら、なんてかわいい……」

 リンダが手を伸ばすと、黒猫はぴょん、とリンダの腕の中に飛び込んで喉をゴロゴロ鳴らした。

『これは余の使い魔だ。国王となれば命を狙ってくるものもいるだろうから、傍でそなたを守らせよう』


「ありがとうございます!うふふ、ステキなボディガードさん、よろしくね」

 リンダは黒猫を抱きしめ、頬をスリスリした。

 その様子を見てなぜか魔王はイラっとした。



 数か月後。


「クロちゃん、これは?」

ミッ!不許可

「じゃあこれは?」

ニャー許可

「次はこれ」

ミッ!不許可


「まあ、人の言葉はわかるし字も読めるなんてほんとうにおりこうさんの使い魔ちゃんね!」

 リンダは黒猫のクロ(リンダが名付けた)を抱き上げ、抱きしめた。


 実はこの使い魔猫、魔王本人なのである。最初は本当に使い魔猫だったが、山積みとなっている国民からの要望書をリンダに任せると全部許可してしまうので、慌てて魔王が猫と入れ替わった。

 元の使い魔は魔王城で魔王をやっている。


 勇者リンダはクロちゃんを完全に猫の使い魔と信じ込んでおり、寝る時も食事の時もずっと傍に置いていて、ときどき話しかける。


「ねえ、クロちゃん、貴方のご主人様、ほんとお綺麗だったわねー、わたくし、殿方は苦手なんだけど、あの方は不思議と近くにいても平気だったの。それに……あの方、どんなタイプの女性がお好きなのかしら――あっ、やだ、恥ずかしい……。今のは誰にも内緒よ、約束ですからね」


 そういってリンダは黒猫の背を優しくなでると魔王はゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。

(好みのタイプはまさにそなただ、と言いたいところだが、ああああ、気持ちいい)

 勇者リンダの手と膝のあまりの心地よさに、もうしばらくこういう関係でもよいな、と魔王は思った。


 ――終わり――

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