春に消える彼女は今どこで

環流 虹向

第1話

突然、彼女は消えた。


僕の手から、日常から。


いつでもいなくなってしまいそうな他愛のない世間話を会うたびにして、彼女を知ったように思っていた。


けど、僕は消えた彼女を追えるほど彼女のことを知らない。


僕からの質問にはにこやかに答えて自分から何があったんだという話は一切してくれたことがない。


駅から徒歩8分の中途半端な場所にある彼女の家は僕と彼女の関係性を表したような距離感だった。


僕はそこまで毎回ひとつ電車を乗り換え、人混みを掻き分け、細い路地を歩いて彼女がいる家に行っていた。


けど、今はいないらしい。


目の前にあるインターフォンを3度鳴らしてみたが、いないらしい。


古い木造アパートの玄関扉から少し明かりが漏れているのに。


僕が会いたい日程を送ってから既読さえつかない彼女とのメッセージフォルダを見てから電話をかけてみる。


けど、電話が繋がらない。


これが最初という訳ではないが、連絡が取れなくなってこの間は2年消えた。


またそんな月日を待ってられるわけがない僕は強めに玄関をノックすると、しばらくして部屋の中から足音がすると扉が開いた。


前髪の隙間から見える寄った眉は僕が来るとは思わなかったという迷惑そうな表情で少し苛立ってしまった僕は強めに扉を閉め、強引に部屋に入ると甘いけれど鼻には残らない彼女の香りが充満していた。


少し迷惑そうな顔をしてる彼女は夜ご飯を準備していたみたいで小さなコタツの上にコンロとなにも入っていない鍋を見て固まった僕を少し小突いてソファ兼ベッドに座らせた。


あとはまた他愛のない話。


既読がつかない理由は連絡先を新しくしたからと嘘みたいな言葉を吐いて、目尻にシワを寄せる。


けど、連絡先は教えてくれずにいつも唇からしか香らない白っぽい花の香りを僕の口と首すじにつけていつもと変わらず肌を絡めう。


僕は不安で小さくなっていた肺を膨らませるように彼女の高まる肌から香る熟し始めた桃のような青くて甘い香りを堪能する。


またね。


僕が吐いた言葉に頷いた彼女に手を振り、最後の作り笑顔を見て扉をそっと閉じた。


季節外れのサンタクロースのスノードーム。


夢見がちな月の戦士のコンパクトミラー。


展覧会のような壁に貼っていたハガキの絵。


全てが綺麗に無くなっていて、新しく増えていたのは数枚の段ボール。


そのことについては一切教えてくれないし、何度もは追っているのに1度も僕の名前を呼んでくれない彼女がここから消えたいと思うならそうするしかない。


少し風が暖かく感じるこの夜は忘れ物に出来なかったマフラーに顔を埋め、僕だけが知ってる春が来た合図を胸いっぱいに吸い込んだ。





環流 虹向/春に消える彼女は今どこで

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