第5話

 上陸すべき海岸の選定はすでにしていた。

 リーリカム以下の艦艇は、沖合から変わらずにそのまま昼夜構わずに、林道を分散して進んだ。

 機渦海の浅瀬に来ても構わず、速度も変わらずそのまま乗り上げて陸上を進んだ。

 工築艦による、水陸両用使用になっていたのだ。

 第二艦隊を海岸線にのこし、残った二個艦隊を二手に分ける。

 さらに迂回した北西からのものと、その進行の後を追う直進の西進ルートである。

 西を進むリーリカムのほうは、迂回側と歩調を合わせるのと中継点を造りながら速度を落として進むことになるので、のんびりとしたキャラバンに偽装していた。

 地理には問題はなかった。

 機渦海の古い海賊は、大陸の地形を熟知していたのだ。

リーリカムは特に間接神経網に長けた要員を選抜して戦力としていた。

 そこから見れば例えばトーポリーは、除外されるぐらいの能力だ。

 常に間接神経網も探ると、段々とラインは少なくなっていくが、重力そのものはつよくなってくるのがわかる。

「楽しいねぇ。こういうの」

 心の底からリーリカムは口にした。

 枝を折り羽虫を飛ばすがままにして、中間点まで進む。

 その時に、ベルティ艦隊壊滅の報が伝わった。

 狙い通りいったようだった。

 十人にも満たない旅行者に遭遇し、食料と日用品を求められた。

 リーリカムは無視することなく、数艦を止めて自ら対応する。

「……どうっすかねぇ、ここらでの商売、上手く行くと思います?」

 少々無げにいう。

 割りに巨大キャラバンなのは堂々と知らないフリをする。

「そうですねぇ。西は今、工事の方々が集まっているので調度良いと思いますよ。それを目当てで来たんでしょう?」

 旅人は目ざとさをひけらかした。

「ええ、まあ実はそうなんすわー」

 やっぱりという風に彼等は笑いつつ、リーリカムが提供する物資を値切りもせずに定価で払った。

 彼等と別れて再び艦上で座ると、随分金を掛けた工事をしているようだと関心した。

 森林地帯がゆっくりと開けてきた。

 別動隊も、位置についたようだった。

 一旦、偽装を解き夕刻を待つついでに、斥候の報告を待つ。

 初夏の香りが鼻をくすぐり、陽気にのんびりとした休憩にはうってつけの季節だった。

 やがて戻ってきた斥候と古い海賊たちの知識をあわせて、リーリカムは作戦の確認をした。

 特に、変更要素はない。

 元々が、大まかな計画であり、細かいところは臨機応変という方針だったため、付け加える点も削る点もなかったのだ。

 リーリカムは夕刻になって斥候のところまで来た。

 巨大トラックが石を運び、重機が斜面に張り付くようにしつつ、土の斜面を造っている。

 足場がいたるところにでき、人々はこの時間まで作業を止める様子はない。

 昼夜兼行というところか。

 護衛兵を探ると、歩兵と騎兵隊が要所要所に星型方陣状の砦を造り、数は十を下らない。

 思った以上に厳重である。

 リーリカムは斥候とともに時間を過ごしたが、大き目な服装なためか虫に刺されることはなかった。

 もっとも、イルファンの工事要員が虫よけをしているのだろう。

 この様子では、待機視させている部隊が見つかるのも時間の問題かと思った。

「しょうがねぇな……」

リーリカムは別動隊の様子を把握してから、計画開始を今から三十分後と急に決めた。

 休息中の部下たちはのっそりとだが離れした素早さで戦闘配備につく。

 北西の部隊が一気に神殿工事地域に突入する。

 護衛部隊が対応する間が無かった。

 彼等は退路に東側を選び、工員や技術者・要人を含めて逃亡させ、自身らは何とかその場に踏みとどまる。

 だが彼等は待ち構えていたリーリカムの部隊にもらさず捕縛されていった。

 そして、彼は部隊を全進させると、挟撃されてたことを悟った護衛部隊は降伏した。

 リーリカムは数名を連れて、すでに移動を終えていたアーカムリの設置場所に歩いて行った。

 土台を木と土で盛り、外観をレンガと石壁で整えようと工事中の中央地下だった。

 その場はもう完成していて、ラピスラズリを外面にした、天井の高い空間が造られていた。

 中央に双頭、腕が左右三本づつ持った両性具有の像が全身に金粉を塗られて設置されている。

「趣味ってこういうところに出るもんだよなぁ……」

 リーリカムは嗤い半分に呟て、場に邪魔がいない野を確認すると、間接神経網に意識を集中した。

 ラインが一本もない孤高の光球の圧力に、リーカムの意識はひびが入りそうだった。

「楽しいねぇ……塔三つ造ってもこれかよ……」

 リーリカムは機渦海から引っ張ってきた、三つの間接神経塔のラインを光球に伸ばした。

 すると、まるで求めるかのように、巨大な質量の光の球から触手のようなものが幾本も現れた。

 絡み合う、というよりも、絡み取るかのように光球のラインは間接神経塔のラインと混ざりあった。

『アーランリ……』

 呼びかける。

 ラインの束が振るえた。

『ア……アァ……ア……ガ』

 反応に対する印象は失望半分、希望半分だ。

 アーランリは、間接神経塔三本とリーリカム自身のものを使っても出力不足で、まともに稼働できていない。

 リーリカムは塔のラインを増やしてアーランリの光球を包み込んだ。そして、伸びている部分で引っ張り始める。

 現実に戻った彼は、像の爆破を命じて部隊に戻る。

 土砂が炸裂して、炎が散ったのを確認し、あとは一目散に部隊をすべてまとめて、機渦海目指して走った。





 

コリィドットの勢力が機渦海はるか沖に流れたという報を、ティリング一党の元に届いた。

 彼等は自身たちの事実上の海上制覇に沸いていた。

 陰で浮かぬ顔をしているたのはティリング本人だった。

「……気楽なもんだ。シーイナは健在、五港候は依然として力を失っていないというのに」

 一人路地をぶらぶらしている時に思わず口から洩れた。

 仕方がないと彼女は思った。

 そして、迷うことなく浮かれている部下の中に入り、率先して海での勝利を謳い、自身が機渦海の支配者となったことを内外に遠慮なく喧伝しだしたのだ。

「……始まったよ」   

 イーポリーは、その様を見て改めて呆れた。

 酒場でのドンチャン騒ぎについていけないと醒めた様子で店の端で一人、カクテルをテーブルに置いて人を寄せ付けないでいた。

 たまたま選んでいたのは、以前教会でリーリカムが読んでいた本のページに出てきたいたものだと気づき、舌打ちしたくなる。

 そのリーリカムは輪の外れ当たりで、いつもの薄ら笑いを浮かべたままこれもぼんやりとした様子をしていた。

 当たり前のように、彼の周囲に海賊たちは集まらない。

 いくら何をしても功績は何を考えているかわからないお調子者のティリングであり、強引で身勝手な彼に人は寄ってこないのだ。

 傍にいるシーウがあからさまに不機嫌で、彼は少女を視界に入れないようにしている様子だった。

 どうしたのかと思っていると、しばらくしてシーウ自らが彼女のテーブルの席に来た。

「何で俺がここを離れなきゃならないんだよ!」

 八つ当たり以外の何物でもない言葉を、トーポリーにぶつける。

「どういうこと?」

 肝心なところで、怒り丸出しのまま口をつぐむ。

 無理に喋らせようとはしないで、彼女はリーリカムの方に意識だけを向けが、興味もなさそうに反応がないので、我慢しきれずに人づてに呼びつけた。

「あー、なんだよ?」

 面倒くさそうに、どっこらしょとわざわざ言って座り、ウェイターにウィスキーを注文した。

「給料上がるどころか、下がってるね。あとで倍額払うって話は本当?」

 トーポリーは、通常通りに主題を最初に持ってくるのを避ける。

「言っといたからな。このざま見ろよ? 図に乗った連中の結束乱れるだろう? 勝手に何しだすかわからんぜ、連中。本当か嘘かというと、嘘だ」

 はっきりと言い切る。

「それは流石にヤバいんじゃないの……? バレたら今度こそ殺されかねないよ?」

「その頃にゃ、それどころじゃないさ」

 意味ありげである。

 トーポリーは心配になった。

「まさかと思うけど、負けてる位置にいる気?」

 リーリカムは眠そうな目で、口をゆがめる。

「……都合、良いだろう?」

 トーポリーはわざと目をくるりと回して見せた。

 彼女は追放劇からリーリカムの評価を上げていた。だが、今それは過大評価だったと気付いた。

 この男はやはり、信用すべきではない。大の為ならためらいなく小を切り捨てる。それが何であっても。

 海賊として最も大切な個の利を最大に考えてるという位置にいない。確実に海賊向きではないのだ。

 良いか悪いかトーポリーには判断できないが、国の政治家か官僚向きだ。

 彼女らが最も嫌悪すべき社会の代表的人物像である。

「もう好きにしなよ」

 トーポリーは吐き捨てるように言っていた。

 





 もう一人、不機嫌極まりないのはウークアーイーである。

 どうすべきか迷っていたがイブハーブを宮廷内の執務室に呼び出しておいて、その後、無言である。

 今や王国内をこそこそする必要のなくなったイブハーブは堂々とそこにいた。

 いつまでたっても、ウークアーイーは机の上に置いた自分の指先を見つめているだけだった。

 結局、イブハーブから切り出すことにした

「……困った?」

 いきなりの核心である。

「わからんか?」

 低く地を這うかうのうな声とともに、目を机から睨み上げてくる。

「こちらは、五港候との交渉が終わったところだよ。アームリカは奪われたが、海賊の支配下には入らんよ。五港候がしっかりと手綱を握って海賊どもから支配権を奪う予定だ」

「私らの面目はどうなる」

「元々、秘密でやってただろ?」

「・・・・・・いつの間に五港候と交渉していた?」

「要機軸の解明の糸口をたどってる最中だなぁ。ちょうどたまたま良い具合な接触だった」

 何でもないことのような態度のイブハーブだった。

「つまりは、何も心配はいらないということだな?」

「責任者がそれでは困る。心配することがないということは、すべて心配すべき時だよ」

「どういう意味だ?」

「単なる警句さ」

「警句、ね」

 ウークアーイーは意味深に繰り返した。

「言っとくが、すべての手は打ってある」

 イブハーブに、ウークアーイーは疑問を持った。

「おまえの要機軸研究はどこまで進んだ?」

「解明した」

「いつ?」

「五港候に会った時だよ」

「・・・・・・つまりは、勝てるんだな?」

「ああ、勝ちだよ、これは」

 イブハーブは何のためらいもなく断言した。






 アーランリを三本の神経塔の中心に据えると、各方面へラインが伸びて、機渦海の中心として各地の連絡が繋がった。

 ティリング自身に動きがあるだろうと静観していた海賊たちは、意外にも五港候がアーランリの管理を任されたと聞かされた。

「これでいいんだろ?」

 ティリングは艦上でリーリカムに確認する。

「上出来」

 彼によれば、今アーランリを支配下に置けば、五港候自身が彼女を絶対的脅威として自ら動いて残った海賊すべてを彼女の敵にするだろう。そして、ティリングの艦隊諸氏ではアーランリを管理できる能力すらないだろうとのことだった。

 ならば、機渦海の「元々の」主である五港候に引き渡して恩を売った方がいい。

 旧帝国の貴族である神たちは、イルファン王国より古く海と大陸を支配し、アーランリを筆頭として、皇帝である五港候の先祖である皇帝の部下なのだ。

 下手に手を出さない方が賢明なのだ。

 そんな名よりも実を取ろうという、リーリカムだった。

 事前の計画通り行こうというのだ。

 わざわざ彼が様子を伺い来る必要がなかったかのように、ティリングは陽気で鷹揚なままだった。

 そして、二面性もそのままだった。

「あとは、シーイナの艦隊さえ潰せばいい」

「やれるか?」

「やるしかない。唯一、五港候からイルファンに対してはアクセス権を得ただろう?」

 リーリカムは相変わらず具体的な話をしなかった。

「まぁ、いつものことだ。今回はきっちりと私がたまに何とかしようじゃないか」

 ティリングはリーリカムの肩を拳で叩いた。

「奴らは相変わらずルレンにいるのか?」

「ああ」

「強襲するぞ」

 ティリングは不敵な表情を浮かべて即、宣言した。






 ティリングは揮下の第一番艦隊、第二番艦隊、第六番艦隊、第七番艦隊、第九番艦隊、第十二番艦隊という、五港候のもとの近くの洋上で待機していた全兵力をイルルレンに向かって出発させた。

 うち、七番艦隊のリーリカムと九番艦隊のビージリー並んで配したが、この突撃艦主体の二個艦隊は、最後方にいた。

 代わり、工築艦艇と砲艦を互い小部隊づつで挟み混むようにして、横長の横隊二列を形成した陣形を移動するときから取っていた。

 意図は明白だ。

 シーイナは索敵艦からの報告を受けた時、無表情だった。

 イブハーブはあれで冷たい。

 悪戯っぽさで茶目っ気があるように見えるが、裏を返せば人の弱点を突くことに躊躇しないタイプといえた。

 踊らされることに問題はないが、シーイナには軍人としての矜持がある。

 ベルティとの戦闘時に艦艇の損害はなかった。

 レプリカントの死傷者は千五百人を数えていたが。

 現生産下にあるのは目標の三万まではまだ足りない、二万人だった。

 シーイナは相手から補足されていないことを確認し、移動隊形の三列縦隊で大きくティリングの背後に迂回した。

 そして、距離二百キロで発見されたときには、艦隊を展開し、中央に旗艦を置いて、三方に弩弓戦艦を配置した鉄鋼の平原を造っていた。

「工築艦、前へ。防御陣地を造れ」

「魚雷発射。攻撃開始」

 距離七十になった瞬間、ティリングとシーイナは期せず同時に命令を下していた。

 ティリング艦隊の各所で榴弾弾頭の魚雷が水柱を挙げる。

「先制かけるから、後は頼んだぜ」

 リーリカムはビージビーにいって、艦隊を動かした。

 三千の突撃艦が一気に百ノットの速度に挙げて、シーイナ艦隊に迫った。

「ウィリカ」

 シーイナは陸戦部隊司令官の名を呼んで、指示の代わりとした。

 各ハッチでレプリカントたちが迎撃準備をする。

 リーリカムの突撃艦は、鉄の平原に上陸するものとばかりおもっていたが。いつまでたっても走行は止まらず、それどころか海面から浮上してシーイナの戦艦各艦橋に向かっていった。

 ディ・スロ、ローキュ・バーラ、スタービ・カーのものを狙って集中的に衝角に八百キロ爆弾をつけたミサイルと化したリーリカム艦隊が殺到したのだ。

 シーイナは完全に虚を突かれた。

 ビージリーが「忍びない」と言っていた戦法を、ドローンに過ぎないと一断したリーリカムの遠慮のない発案だった。

 三隻の弩弓戦艦は巨大な爆発の後、爆煙を上げて艦橋を失い、制御不能に陥った。

 そして、リーリカムは白銀のリボルバーの引き金を引く。

 重力が弩弓戦艦にかかり、強引に海中に引きずり込まれるとともに、海面が陥没する。

 平原が凸凹煮崩れる。

 そこに、トーポリー指揮の砲艦が工築艦の蔭から砲撃を開始する。

 シーイナは冷静に、密集隊形の散会させて、三つの単縦陣に変えるよう命じる。

 だが待っていたティリングが、能力を影響させる。

 彼らはアームリカを使って、本来の力を数倍に増幅していた。

 適切な配置につこうとする艦と艦はお互いが散会したまま近寄ることができずに、バラバラに洋上を迷走した。

 一艦一艦、トーポリーが砲弾を集中させて確実に沈めてゆく。

 艦橋で、乗員がシーイナに視線を集中させる。

「・・・・・・各自、全力で敵艦を撃滅せよ」

 彼女は通信士に命じた。

 そして、艦長に顔を向ける。

「全速前進。ティリング艦隊に突入を敢行する」

 艦長は一瞬何か言いたそうだったが、すぐに気づいて艦を動かす。

 集団の中心であるシーイナの戦艦がまっすぐに砲火をものともせずティリング艦隊に向かったことによって、まとまった形をとれなかった艦隊が距離を取ったとはいえ、整列するかたちを取ることができるようになった。

 その判断は正しかったのだが、遅かった。

 シーイナ艦隊もメイン巡航艦はすでに大半が沈み、戦艦も三分の一を失った状態で、駆逐艦を掃討されている状態だったのだ。

 突入してきた旗艦に、ティリングは全砲門を叩き付けた。

 シーイナの艦は各所で爆発を起こし、それでも艦砲を放ちつつ前進してきた。

「しぶとい・・・・・・」

 ティリングは思わず悔しげに呟いた。

 だが、とうとう、ティリング艦隊の本体に接触する寸前、戦艦は機関部から大爆発を起こして停止し、誘爆の嵐を起こして海面から沈んでいった。 

第六章

 シーイナ艦隊が敗北した報は、イルファン王国を駆け巡った。

 ウークアーイーは報告を冷静に受け止め、変わらずいつものように執務を取った。

 夜、すでにルグイン研究所に戻っているイブハーブを密かに訪ねる。

「イブ……」

 彼女は言葉もないかのようだった。

 椅子にもたれて、シーリングファンを眺めていたイブバーブへの怒りも無いかのようだった。

「手はあるから安心しな、ウーク」

 彼はまったく慌てることなく、ウークアーイーを見もせずに言った。

 黙って次の言葉を待つ彼女に、ようやく口を開ける。

「言ったろう、何度失敗しても機渦海の討伐軍は止めるな。新しい司令官はトロイビーという男だ。それと、ディビオ交易商会だが、もう安全だとお墨付きを与えておきな」

 聞く男の名前は初めての上に、社長を人質に取られて動きが取れないディビオに安全とはどういうことかと、疑問だらけだった。

 どこから聞いて行くべきか迷っているウークアーイーに、イブハーブは口を開いた。

「トロイビーは元ティリングの部下だ。そして、ディビオは実質、ウチの大陸で支社長していたルジアルが社長になるよ。ティリングが行動できたのは、この男がディビオの小艦隊をうごかさなかったからだよ」

「……つまりは、黒幕か?」

 追い詰められているのだろう。「犯人」探しをはじめているウークアーイーに、イブハーブは笑ってみせた。

「あー、結果的に、だから違うだろう」

「では社長は?」

 これには、笑いを浮かべることができなかった。

「とっくに海賊どもに殺られてるよ。ルジアルが望んだ通りにね」

「……そうか」

「とにかく、ディビオが動けば、元海賊のトロイビーとあわせてティリングの動きを封じることができる」

「元海賊だと?」

「そうだよ?」

 何でもないかのように返事をして、問題があるのかという態度を見せる。

「お茶、飲むか?」

 ついでに、口を開きかけたウークアーイーに被せるように言った。

「……一杯もらおうか」

 強引に一息付けさせられた彼女は、秘書が用意する紅茶が運ばれるまで待つことになった。

「……それでな、俺だけどここに戻るわ」

 イブバーブの机に紅茶が置かれる。

「まてまてまて。今おまえに去られたら、私が困る」

「ってか、やること終わったし」

「終わったって……今から立て直さなければならないじゃないか」

「俺、宰相じゃないし」

「おい、無責任だろ、それ?」

「どっちがだよ? いつまで俺の話に乗ってるつもりだい?」

 ウークアーイーは押し黙るしかなかった。

 溜め息の代わりに、彼女は紅茶に口をつける。

「……わかったよ。元々が元々だしな。私ももう降りられない。気楽でいいよな、おまえは」

 最後に皮肉をぶつけて、ウークアーイーはルグインを後にした。

「……結局、無理だったかぁ」

 伸びととともに、放り投げるようにイブバーブは声にした。

 本当なら、ウークアーイーを引き釣り下ろす予定だった。

 トロイビーも加えた彼等でルグインを本拠にして、機渦海を背後に大陸のイルファン王国を支配する。

 いや、遷都の先をルグインにして、新しく出発しようと考えてはいたのだ。

 だが考えと行動の性向は違うと実感した。

 イブハーブは中央で黒幕をやっていたが、結局、嫌気がさしたのだ。

 まったくもって向いていなかったと言っていい。

 疲れ果てて権力の亡者のようにしがみついて離れなくなる前に、彼は元の職に戻って我を取り戻すことにした。

 結局、シーイナを犠牲にしてしまったのが、影を落としたことも影響している。

 結局、こりごりなのだ。

 彼にとって権力は何の価値もなかった。

 むしろ精神をすり減らし、本来の人格が冷酷無比な人非人として昇華してしまう前に、逃げたのだ。

 良かったどうかはわからない。

 ただ一つ。

 本人が納得したということは、確かだった。






 リーリカムは、洋上を回遊していた。

 目的の相手の動きは素早く、なかなか捕まらなかったがコントリーの港でようやく足取りを掴めた。

 思った通り、五港の一つにいた。

「まったくもって、しつこい」

 バーで隣に座っていた女性が、微笑みながら呟いた。

「こそこそとしてるからだろう。好きでこんなことしてるわけじゃねぇ」

 リーリカムも同じくして、心外そうだった。

「私は仕事をしているだけだ」

「俺だってだよ」

「まぁ、お互い疲れるもんだ」

「そうだな」

 ウィスキーに口を付けず、リーリカムはやれやれと息を吐くと、続けた。

「これ以上、何が欲しいっていうんだよ、おまえんところは?」

 女性は、ニヤリとした。

「これ以上も何も、元々の権利だ」

「ああ、なるほどね……」

 わかったかと言いたげに、テビリカは青いカクテルを飲む。

 リーリアルは鼻をは鳴らした。

「だから、俺が苦労するんだよ」

「知ったことか」

 即答である。

 跳んだのは同時だった。

 狭い店内で、襲い掛かってこようとしたテビリカに対して、リーリアルは後ろに跳んでいた。

 鉄の釘を、下向きにして両手に握り、テビリカは目を細める。

「ケムとか言うガキはもういないぜ?」

 リーリカムはリヴォルバーを手に口だけをゆがめる。

「だから?」

「無駄なあがきはよせよ。五港候が復活しようなんて古臭い夢物語だ。いい加減、気づけよ?」

「言っただろう、仕事だって」

 リーリカムは、諦めた。

 つまりは相手はもう、亡霊なのだ。

 五港候のもつ、妄執という名の。

 リーリカムは準備していた仕掛けを遠慮することなく実行した。

 相手がこちらを伺っている隙をつき、間接神経網に潜り込む。

 太いラインの元をたどり、一本にまとめていたものを切断した。

 テビリカの顔が困惑が浮かぶ。

 三つの神経塔で繋いでいたアーランリへのラインをまとめて一本にしていたものを切断したのだ。

 テビリカを動かしていた五港候の象徴が孤立して、間接神経網上から接触ができなくなった。

 いきなりテビリカは目的を奪われたのだ。

 リーリカムは、理ボルヴァーの狙いを付けて引き金を引いた。

 テビリカの左肩が弾かれて、彼女はバランスを崩す。

 ついで、テーブルの酒瓶類を顔面に投げつけて、隙をつくり、一気に距離を詰めて脚を払うと、馬乗りになった。

 額にリボルヴァーを押し付けるように突き付ける。

「で? で? 仕事ってなんだよ、具体的に」

 テビリカは、ぐちゃぐちゃになった様で下から不敵な微笑みを浮かべてよこした。

「なんだ、代わってくれるのか。そりゃ楽でいい」

 撃鉄が上がった。

 それでもテビリカは笑っている。

「私がやっていたことが、最後の話だと思うな? 根は意外と深いんだよ」

「……それだけ聞けば十分だ」

 リーリカムは何の迷いもなく、引き金を引いた。






 港をながめつつ、イブハーブは銀髪の中年男と並んで立っていた。

「苦労しましたわ」

 彼はやれやれと付け加える。

「覗き見、楽しかったか?」

 ファガンは、小馬鹿にするように言う。

「それは、ウークアーイーに言ってくれますかね」

「とぼけるな。おまえも同罪だろう?」

 誤魔化せないと思い、イブハーブは苦笑した。

「そもそも、意味ありげな日記を残して消える本人が悪いんです」

「開き直りかよ、今度は?」    

「なにか?」

 イブハーブは知らない顔をした。

「相変らずで、嬉しいよ」

 ファガンは皮肉る。

「手の平で踊ら去られた身としては、何も楽しくありませんが」

「俺がやるわけにはいかなかったからなぁ」

「責任取りたくなかっただけでしょう?」

「酷い言い方するなぁ」

 ファガンは一笑する。

「ルグインが潰れて困るのは、俺だけじゃないだろう?」

「だからと言って、私に丸投げするのもどうかと思いますが?」

「可愛い子には旅をさせよというじゃないか」

「旅してたのは、閣下のほうでしょう?」

「そうでもない。必死の逃亡だった。もう二度と御免だ、あんな生活」

 しみじみと息を吐く。

 本音だろう。

 要機軸は、ファガンによる行動のヒントを散りばめたものだった。

 それを神秘化して噂を流したのはイブハーブ自身であり、その時点でやっぱり丸投げじゃないかと言ってやりたい。 

「結局、戻ってくるのですか?」

 イブハーブはもしそうならすぐにでも、准将職を辞するつもりでいた。

「将来有望な青年の行く手を阻む老害には成りたくないからなぁ」

 彼の考えを読んでいるのような返答だった。

「おまえらはおまえらでやることがあるだろうが、俺もちょっと関わっちゃったもんで手を退くに退けなくなくなってなぁ」

「五港候ですか?」

「そういうこった。おまえがルグインを首都にしてくれなかったおかげで、処理に追われることになったってことだ。どうしてくれる?」

 からかうように、イブハーブの顔を覗いてくる。

「いやぁ、あれは結局、望みすぎというものでしょう。閣下も必死になりすぎて、ちょっとブレーキがきかなかったんじゃないんですか?」

「言ってくれるじゃないか」

 言葉の割に楽しそうである。

「まぁ、そういうことでな。ちょっと借りたいものがある」

「何ですか?」

 イブハーブは本音で疑問に思った。

 これ以上、なにが必要というのか。

「ファビオ交易商会だ」

「……これはまた」

 イブハーブは言葉もなかった。

「すぐに手を打ちますよ」

「ああ。俺も食ってかなきゃならんからなぁ」

 どこまでも韜晦するつもりかと、苦笑しそうになる。

「じゃあ、行くわ。これからよろしく」

「はい、それでは」

 背を向けたファガンの姿が消えるまで、イブハーブは背筋をただした敬礼を止めることはなかった。






 イルルレンの発展ぶりは目覚ましかった。

 薄汚く生臭い港都市の中心は、今や端に追いやられて、高層ビルが乱立して周囲に繁華街ができ、人々の雰囲気も怪しさしかなかったところが、真面目そうな商社勤務と工事業者の家族で賑わっていた。

 彼等にとって、ファビオ交易商会の社長が変わったことは衝撃だった。

 それは安心感をもたらすものでもあったが、新たな火種の予感もさせた。

 誘拐されていた現行社長、ヲルルキ・ディビオは殺されて次を目されていた大陸の支社長ルジアルが更迭されたのだ。

 代わりに社長の座についたのは、元ルグイン研究所で課長職にあったファガンという男だった。

「一番厄介なのがトップにつきやがった」

 リーリカムが酒場でぼやいていた。

「そうかなぁ」

 隣にいたトーポリーがワザとらしく首を傾げる。

 ああ? と不機嫌そうに伺って来た彼に、トーポリーは封筒からちらりと紙を抜き出して見せてきた。

 それは、ファビオ交易会社の株券だった。

「銀行に全体の十二パーセントが入ってるんだよ」

 リーリカムは乾いた笑いを上げた。

 懐柔に来たわけだ。

 そして受け入れたわけだ、ティリングは。

 しかし、彼女のことだ。知ったことじゃないと言い出すに決まっている。

「コリィドットのところはどうなんだよ?」

「全体の十八パーセント」

 やはり。

 ファガンという男は、ティリングにまだ暴れさせる気でいるらしい。

 ファビオ交易会社の権益をめぐって、コリィドットとティリングの争いを狙っているのだ。

「ご当人は?」

「どうして知らないの?」

 逆にトーポリーが意外そうに聞いてきた。

 機渦海をめぐるイルファン国との争いがひと段落してから、リーリカムとティリングの連絡は以前ほど密接ではなくなっていた。

 何かありそうだが、この海賊集団で孤立状態のリーリカムには情報収集する手立てがない。

 その間、何をするわけでもなく、リーリカムはただ時を待っていた。

 彼の立場上、下手がことができないのだ。

「暇そうだなぁ」

 夜の路地でしゃがんでぼんやりと通行人を眺めていた時、声を掛けられた。

 ようやくか、と思った。

 見上げると、コーンローのドレッド頭の女性だったのだ。

「復讐を忘れたのかと思ってたよ」

「忘れるわけがねぇ」

 ティリングがニヤリと笑った。






 シーウは個室で一人、黙々と夕飯を食べていた。

 シチューとパン、オムレツというなかなかの品だ。

 全てリーリカムが用意していたもので、料理自体は彼女がした。

 そのリーリカムは最近姿を見せない。

 彼女のやることはまだ残っていた。

 合間合間でリーリカムが補助そのものという風に助けてはくれていたが、機渦海の神としての彼女が復活するまでまだまだかかる。

 アーランリがまとめ上げかけた海は、文字通り、まとめ上げかけた瞬間に崩壊した。

 今こそ彼女が復活すべき時だった。

 リーリカムは、港でトーポリーと一緒だった。

 新築の港は整備されて、多数の商船らがこの時間だというのに、賑やかに荷を詰むのを急いでいる。。

 生暖かい潮風が、調度満潮でこれから引くところであり、風も都市から常に吹いているために絶好の出航時間だった。

「で、連絡は取れたの?」

 トーポリーが聞く。

「ああ。流石はファガン。お見通しって感じだったらしいよ」

 トロイビーが要機軸を調べ上げて伝えてきた内容は、リーリカムにとって予想を超えるものではなかった。

 旧帝国は現イルファン王国の宗主国ではなかった。

 イルファン王国の旧宗主国が、旧帝国の宗主国だったのだ。

 つまり、五港候が機渦海の主ではなく、今は名がない国があったのだ。

 ここに。

「で、シーウはそこの神だったってわけだ。五港の神の連中がビビッて知らないフリするわけだわ」

「反対するぞ」

 トーポリーは数段の会話を飛ばして、いきなり結論を否定してきた。

「いや、わかるんだがな?」

「わかってるなら問題ないだろ?」

「そら、潰さんよ。ぶっ殺したりなんてしないよ」

「ならよかった」

 リーリカムは、拗ねたような小馬鹿にしたような、複雑な表情をただ口元をゆがめるというだけで表した。

「ならどうするのさ?」

「ああ? おまえ、知らなかったっけ?」

「なにが?」

「俺はあいつの教育係だよ」

「……どうだか」

「どういう意味だそれ?」

 今度は片眉を小さく撥ね上げる。

 トーポリーは、笑った。

「まぁ、いいか」

「何が!?」

「あんたなら悪いようにしないでしょ」

「ところがなぁ……」

 リーリカムは少し声を潜める。

 つい、トーポリーは怪訝に耳をすました。

「色々と厄介がでてきたんでねぇ」

「は? 厄介ってなによ?」

「面倒ごとだよ」

「わかってる!」

「ならいいだろう?」

「そういうことじゃない!」

「まぁ、ちょっとばかりちょっとばかりになる」

「は?」

 言うだけ言って、リーリカムは逃げるように歩きだした。


      

     

  


「たった今から、裁判を始める」

 後ろ手に縄を縛られたリーリカムは、ティリングを睨んでいた。

「リーリカムは、以前ファビオの輸送船団を襲ったが、分け前とすべき鹵獲品を隠ぺい、全て独占しようとしたことが明らかになった」

 ルレン交易商会のホールには、海賊たちが机について朗々とした声を上げるティリングとリーリカムを囲んでいた。

「おい、ちょっと待てよ!」

 叫んで割って入って来たのは、シーウだった。

 少女は、ターホリーに助けの視線をやりつつ、ティリングの前に飛び込んだのだ。

「リーリカムは今回、散々功績を立てただろう!? なのにこれはなんなんだよ!」

「うるさいぞ、クソガキ。私には私の法がある」

「あんたの法だろう!?」

「その通りだ?」

 ティリングは邪悪と言っていい笑みを浮かべ、拳銃をトンっと机の上に置いた。

「この会社は私の会社であり、私が会社であり、私は会社をまとめるための法を守らせねばならない。つまりは、私が法なんだよ、小僧」

 あざ笑うかのような言い方だった。

「なんだそれ!? ただの身勝手だろう!?」

「違う。私が法である以上、これは法だ」

 リボルヴァー拳銃を手に取り、一発の弾丸を込めつつ言う。

「繰り返しの論法だ! 大体、あんたらの関係はそんなもんだったのか!?」

「引っ込んでろよ。おまえはここの人間じゃねぇ」

 ティリングはこれ以上何もいうことはないと宣言し、拳銃をリーリカムに放り投げる。

 縄がトーポリーによって静かに解かれて、彼はやっと自由になった。

「置いて行く島がちょうどないのは幸運だったな、リーリカム。おまえに自殺用の弾一発をやる。あとはわかるな? さっさと出ていけ」

 拳銃を拾い、手首をさすったリーリカムは小さく、くそったれと呟いただけだった。

 あまりに静かになったホールのために、思った以上に響いた。

「以上。リーリカムは追放刑だ。ついでに今までの報酬だ。そこのガキをくれてやる。さっさと売って路銀にでもするんだな」

 リーリカムからの目をみたシーウは愕然とした。

 冷たく突き放したものが、瞳の奥にあったのだ。

 トーポリーに助けを求めるように、再び顔を向けるが、彼女は無表情に顔色一つ変えなかった。

「嘘だろう?」

 シーウは呟いた。

 立ち上がったリーリカムは、少女の腰の裏のベルトを掴み、抵抗できないように日木津って、その場から外にでた。






 行商人のいる通り近くkまでくると、流石にシーウは諦めた。

「……黙っていれば、いい加減にしろよ人間が」

 がらりと低い声音に変わり、シーウはタントートとしての人格に変わった。

 リーリカムは舌打ちする。

「売る前にそれ出さないでくれないか? 銅貨一枚にもなりゃしねぇじゃねぇかよ」

「うるさい。この俺を売るだと!? どこまで図に乗って都合のいいこと考えている?」

「まぁ、こうなっちゃ売れやしねぇ」

 リーリカムは楽しそうに鼻せせら笑う。

 意識は間接神経網にアクセスしていた。

 ラインが絡み合う中、ぽつりと孤立した光球。

 探すまでもないぐらいに目立っていた。

「ルレン?」

 一本の線を活性化させるかのように明かりが灯って走り、一つの巨大な光球に伝わる。

『……久しいな』

「あんたも残念だなぁ」

『なかなかに面白かったがな。おかげで今はおまえの言うことを聞ける立場にないぞ?』

「だろうなぁ。諸神の動向はどうよ?」

『まとまりつつあるな』

「アーランリがいないのに?」

『奉る人間が現れた』

「なるほど」

 リーリカムは把握したと頷く。

「そこでだ、ルレンよ。面白い話がある」

『ほぅ……』

 光球は楽しそうに震える。

『言うことは聞けんと言ったが?』

「言うことは聞けるだろう?」

『ああ、そういや私には耳があったな』

 今度は空間ごと揺れた。

 喜んでいる様子だった。

 リーリカムもニヤリとする。

「あんた、旧王国でどれぐらいだったんだ?」

 ルレンは一瞬、黙った。

 が、ラインは繋がっている。

 リーリカムが公表してする情報は、全て伝わっていた。

『全ての神を敵に回す気か、貴様?』

「何しろ、俺は誓ったんでねぇ。復讐するって」

『おまえだけか?』

「ものすごく残念ながら、今現在は俺だけだ。人間はね」

『嘘つけ』

「バレてるか」

『舐めてもらっては困る』

 リーリカムがみるところ、ルレンの哄笑は自嘲というものが過分に含まれたものだった。

 自覚があるのだろう、ルレンはリーリカムの次の反応を待つ。

「これから、機渦海の海賊は旧帝国に対して宣戦布告する予定だ」

『……そこまで来たか』

「そういうこった」

 ルレンは沈黙して感情を押し殺し、何とか別の表現はないかと探っている。     

「あー、それ無駄だから。諦めなよ、誤魔化すのは」

『ふざけるな!』

 一喝は、予想して準備していなくては、光球が簡単に押しつぶされて灰塵と化すに十分なものだった。

 厄介だ。

 リーリカムは正直思った。

 五港の神一人で、この強大さである。

 もっとも、五柱しか残っていないというのが、唯一の慰めだ。

「ふざける? ならどうする?」

『当然のことを聞いてくるなぁ、虫けらは』

「実はこれには裏があるんだよ」

『あぁ?』

 瞬間に怒りを興味深さに変えて向けてきた。

 これが特徴だ。

 神となった旧帝国貴族は、自分の感情も操作できる。

 先程の挑発に乗ったのも、計算のうちだろう。貴族としての誇りを示しただけのことだ。手を軽く振ったのと変わらない。

「助攻はあんたらに向かってるが、主攻は旧王国だよ。これは、機渦海海賊の総意だ」

『貴様もか?』

 リーリカムは笑う。

「俺は海賊どもから追放されてねぇ」

『……なるほど。また「追放された」ということか』

「やかましいね、あんた?」

 ルレンは空間を震わせる。

『まぁいいだろう。話は聞いた。実に有意義な時間だった』

「それはそれは、光栄ですな」

『まぁ、頑張って生きるんだな、人間。連中は私たちですら、扱いに困るほどだぞ』

「正直に、手に負えないって言えないのかよ?」

『誇りというものだよ。私たちが唯一、決して離さないものだ』

「だろうね。せいぜい暗い暗い深海で小魚相手に威張り散らしてろよ、負け犬」

 瞬間、ラインを切った。

 ラレン港が突然の地震に見舞われた。

 ビル群の一部は倒壊し、住宅街から火がでたのがわかる。       

 元々違法商売を行っている行商人たちは驚いて、一目散に消えて行った。

 治安が悪くなった直後は、警ら隊が活発に動くのだ。

「移動するぞ、シーウ」

「え? あ、あぁ……」

 いきなりでわけが分かっていない少女は外見だけ見栄を張って平気ぶり、港の方に向かうリーリカムについて行った。






 灯台の入口だった。

 それは古いラレンの基礎部分に建てられたものだ。

 おかげで地震を物ともせず、平気で機渦海を照らしている。

「さてと。レッスンだ、シーウ」

 陰に籠っていたシーウの顔が上がる。

「あそこに十隻の輸送船団がある。アレをやるぞ」

 灯台が照らす水平線上に、並んだ姿が眼に入った。

 シーウは無言でポケットからカランビットを手に握る。

 リーリカムといえば、黒いリヴォルバーを両手にしていた。

 二人で突撃艦に乗って水面を走ると、段々と船の威様さが迫ってくる。

 全て六十門艦だった。船とも艦ともとれる大きさだった。

 リーリカムは先頭を行く船団の指揮船ではく、闇に隠れて最後尾の船の後ろについた。

 二人はキャビンの下から侵入し、舷側を走ると艦橋にでた。

 リーリカムの天井に向けた一発の銃弾を合図に、シーウは船長に襲い掛かる。

 いきなりの侵入者に、彼等は冷静に対応してきた。

 シーウの腕を取った航海士の胸元に、巻き付くように回転して迫ったシーウはためらいなくその首過ぎをかき切った。

「船長、船を前の船にぶつけろ」

 リーリカムは命じて、後頭部に拳銃を突き付ける。

「……貴様ら、こんなことして」

「いいからやれ」

 撃鉄を起こすと、船長は大人しくいう通りにした。

 進路と速度を変えた船は、乗り上げるかのように、目前の船に迫った。

 リーリカムは残った二人の航海士と船長に無慈悲な弾丸を撃ち込むと、すぐに外にでた。

 船先から跳ぶようにして、次の船に乗りうつる。

 再び走るは艦橋だ。

 船長に前の船の時と同じセリフを吐く。

 次々に乗り込んでは艦橋の要員を殺戮し、最後に旗艦の艦橋にいた。

「さてと、全員動くなよ?」

 リーリカムはニヤニヤしつつ、たのしいねぇと呟いた。

「どこの野良海賊だ、貴様ら!?」

 艦長は強気だ。

「黙ってろよ。トロイビーから命令が出た」

「イルファンからは何も連絡が来てないぞ?」

「今から出るんだよ」

 あごで合図されたシーウは、艦長に飛びかかった。

 顔と首を腕で遮った彼の脇腹当たりをえぐり、痛みで露出した顔の耳下にカランビットを撃ち込む。

 艦長は血も噴き出さないで倒れる。

「進路変更、目的地はイルファン港」

 両手に拳銃を構えながら、リーリカムは残った乗組員に命令した」

「じゃあ俺はいくぜ、シーウ」

「なんで?」

 拗ねたような恨みがましさを露呈して、シーウは聞いた。

「おめーはこの船団を土産にするんだよ、旧大国のために」

「冗談!」

「マジだ」

「あんたまだ、何もしてないじゃないか! 二三回、教えてくれただけで直接手をくだしてない」

「それはおまえ自身がやることだろう、シーウ」

「俺はこれで無力な神だ」

「自分で言ってるんじゃねぇよ」

「あんただって、これからどうするんだよ?」

「おまえの黒幕をやる」

 少女は一瞬、何のことかわからなかった。

「おまえは十分血を流した。何のためだ?」

「復讐のため」

「違うね。自身の将来のためだ」

 即答は即答で返された。

「リーリカム……」

「タラントート、もう逃げ場はねえぞ?」

 シーウは黙って彼を見つめた。






「新任が来るって?」

 イブハーブは、課員の一人に聞いた。

「はい。トロイビー提督が絶賛していました」

「ここ、流刑地ってやつだろう、もう」

 彼は、椅子にもたれて面白くもなさそうに呟く。

 その時、ドアがノックされて、一人の少女が軍服姿で現れた。

 ショートカットで青いメッシュを入れた小柄な姿だった。

「本日付で着任しました。シーウ大尉です」

「……誰かと思ったら」

 イブハーブは呆れたと言わんばかりだった。

「で、何か報告も持ってきているんじゃないか?」

 続けた彼は、シーウに向き直った。

「はい。ディビオの会社を取り潰せ、だそうです」

「ウークアーイーか」

 シーウは頷いた。

「予算よこさないくせに、勝手いいやがるなぁ」

「お言葉ですが閣下。ティビオには莫大な資本があります」

「私たちはこれから海賊をすればいいのかな?」

 イブハーブは自嘲気味だった。

「いいえ、やることは一つです閣下」

「なんだね?」

「旧王国の復活です」

 イブハーブはニヤリとした。

「楽しそうじゃないか、それ」

 低い笑いとともに、イブハーブは右腕を軽く回した。

 老人っぽい動作だったが、瞳は悪戯心でランランとしていた。

    

 

  了

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波間の天秤 谷樹里 @ronmei

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