第33話 幸せになろう__

あれ以来、みちるの足取りは分からないままだ。みちるがマトモな生活をしているだなんて思えない。下手したら屋根がある場所に住めているのかさえ、不安に思えた。


①みちるの親が……、ギリギリになったみちるを助けてくれている。

②もしくは、いい人に出会って人並みの暮らしをしている。


それなら、ハッピーエンドだ。が、みちるの親に会いに行った結果①は有り得ないと、思う。


ストーカー並みに頑張ってみたが、何も分からないままだ。俺は、不安を感じながらもいつもと変わらない生活を送っていた。


今日は実家に遊びに行く予定だ。

あれから免許を取り、中古の安い軽だけど、車を買う事も出来た。


回りの友達はいい車に乗っているけど、俺は軽で満足している。

車より、貯金がしたい理由があるんだ。


ちなみに、正社員として採用してもらう事も出来て給料もなかなかだと思う。全てが上手くいっているのに……


スーパーに寄り、焼き肉の材料を購入すると実家に向かう、俺の姿は主婦ならぬ主夫だろう。


今なら、みちるが家事を出来ない分補える自信がある。別に、みちるを待ってる訳じゃないけどね。


マンションに到着して、合い鍵を使い部屋に入った。


「あら、優斗。 久しぶりね。もっと、遊びに来てくれたらいいのにー」

「俺、節約してんだよ」

「冷たい……。 なら、食材のお金渡すわ。 いくら掛かった?」

「要らねー」

「素直じゃないんだから…」


そんなやり取りをしている間に、騒がしい声が聞こえて来た。奴が来たのだろう。


「おかーさん! ただいま!」


妹と、その子供だ……


「あなた、妊娠中なんだから走らないの!!」

「それよりさー、風邪薬と要らない服とあーっ!! くそー!! 金でいいや。

金!! ちなみに食い物も準備して!」

「そー! ごはんとおくすりちょうだいー!!」


はぁ?


前々から、変な妹だとは思っていたけど、物乞いをするようになったのか?しかも、子供が真似してんぞ。


「とりあえず、焼き肉食べてからにしましよう」

「今すぐ出せよ!!」

「だせよ!!」


強盗事件ですか?

そう、思っていたら誰かに服を引っ張られた。


「ゆうとおじさんは、おかねをください!いっぱいね」

「そうそう、優斗いくらもってんのー?

母さんは?」 


真顔でそんな事を聞いてくる妹がこえー。


「一万ちょいある」

「私も、そのくらい。 お金必要ならおろして来るけど?それより、あなた女の子なんだから、その言葉使いは止めなさい」

「二万か! それでいーわ。

後は、服と飯だな。 あー。市役所って休日も入り口蹴れば開けてもらえるかな?」

「ちょっと!! そんな事しないでよ!」


うちの家族は比較的大人しい性格をしているが、妹だけはおかしい。


「しないよ。 母さんはお粥作って!」


母は不思議そうな表情をしながら、キッチンに向かうとお粥を作り出した。


「お粥って、誰か病気なの?」

「それがさぁー。 さっき公園で遊んでたんだけど、女の人が倒れてたんだよね。 多分、ホームレス。 女のホームレスって、危なくね?

まぁ、それは置いといて。 話し掛けてみたらヤバいっぽいの。風邪で熱があるっぽい」


全部、ぽいが付くんだな。

しかし、何やってるんだこいつ。


「とりま、家に来いって言ったんだけど~。 断られたっぽい」

「誰にでも声掛けたらダメって、母さんあれほど……。事件とかあるのよ?」

「いや、なんかさ。 ほっといたら死にそうだし、年もそんなに変わらなかったから」


年がそんなに変わらなかった?

なぜか、みちるの顔が浮かんで消えた。


「結構、大変な人生送ってるぽいんだよね。 なんか、さ。 腕や足が傷だらけだったし」


……


「どこの公園?」

「自販機公園」


あー、あの自動販売機がずらーっと並んでる所の近くか。


「俺、行ってくるわ」


そう、言った瞬間。妹に腹部を殴られた。こいつ、なんなんだよ。


「下心丸出しのあんたが行ったらあぶない!! 若い女と聞いて、反応しやがって!!!」

「優斗は大丈夫よ~。 まだ、昔の彼女が好きみたいだから~」


ちょっ。


「ちげーよ。 でも、もしかしたらその子俺の元彼かな?なんて」

「うわ! こいつ重傷だわ! キモイ!

さっさと、行けば? マジ、キモイ!」


心に傷を負いながらマンションを出て、公園に向かった。ずらーっと並んだ自動販売機が見えて、公園が見える。

だけど、公園に人らしき姿は見えない。


小さな公園だから、人がいたらすぐに分かるはずなんだけどな。

どこかに行ってしまったんだろうか?

人目を避けたいのだとしたら、どこに行くだろうと悩んだ結果。


近くにある堤防の方向に向かうと、誰かいる__


その人は大きめのバッグを持って、川の方向を眺めながらフラフラとした足取りで歩いていた。その後ろ姿に懐かしさを感じる。


車を降りて土手を登ると、みちるの名前を呼んだ。


「江美……?」


君はまだ、本名で呼ばれる事を嫌がっているのだろうか__?


江美はその場にピタリと立ち止まると、ゆっくりとこっちを振り向く。

いや、ゆっくりと振り向いた訳じゃないのだろうが、そう見えた。


「優……斗」


ちゃんと俺の名前を覚えていてくれたんだ……


「なあ。 家、来る?」

「私、お金ないよ……」

「金があるかないかなんて、聞いてないんだけど」

「でも、本当にすっからかん。

私と一緒に居ても、いい思い出来ないよ」

「まじで、イライラする!!

別に江美が金持ってるかどうかなんて関係ねーよ。

今から、一緒に幸せになる気があるなら、一緒に暮らそうって言ってるの」


今まで江美は、自分の存在価値=金だと思っていたのかも知れない。だから、金が無い自分は価値がないと思っているのかも知れないけど。そんな、みちるを可哀想だと思うけど。


「あのさ、金とか関係なくない?

そりゃ、欲しいけど。 みちるは金を沢山集めて幸せになれた?」

「なれなかった」

「じゃあ、金にこだわる必要無くね?

そんな事より、当たり前の生活を出来るようになる為にがんばろ」

「でも、私は、当たり前が分からない」

「分からないなら、少しずつ覚えていけば?

そうやって、分からないって逃げるんなら、俺は帰るわ!来る?来ない?」

「行、きたい……」

「じゃあ、行こう。

その代わり、家で自傷だけはしないでね。死ぬ気で働いて借りたアパートだから。汚いけど」


死ぬ気でとか、過剰表現だが仕方がない。

江美 のおでこに手を当てると、結構熱い。

喋ってないで、休ませるべきだよな。

でも、どうしても……、ひとつだけ言いたい事がある。


「あのさ。 あの時、俺がいなくなったのは、江美が嫌いだからじゃないよ。あ、でもね。 自傷したり、ちゃんと話し合いをしないで暴走する所は嫌い。

でも、あの時は俺もマトモじゃなかったし、離れないといけないと思ったんだ。でも、また、ああなったら俺は別れるよ。


俺は江美と普通に幸せになりたいだけなんだよ。

贅沢がしたいとか、働かないで暮らしたいとかはない。って、もし、江美が俺と暮らしたくないなら、生活が安定してから逃げてもいいからさ……」

「私は、優斗と一緒にいたいけど……、きっとまた上手くいかないよ。私は誰とも上手く行かない。社会に馴染む事が出来ない、出来損ないの人間だと思う」


相変わらず、マイナス思考だな。


「でも」

「ん?」

「私は普通の幸せが欲しいから、頑張る!!

頑張れない日もあるかもだけど、頑張ったら変わるよね」

「変わるよ。って、俺。 プラス思考な子大好き!」

「じ、じゃあ! プラス思考になる」


まるで、子供みたいにそう言う、江美。

子供だな。子供。小さい時に、成長が止まっちゃったんだろーな。って、事にしとこ。


「うん。自分の事を大好きになって、大切にしてね。それが、出来たらずっと一緒にいれるよ。まぁ、たまには凹む事もあるだろうけど、その時は酒飲みながら愚痴でも。

一人で、ため込まないで。みちるの場合、溜めるだけ溜めて爆発するからこえーんだよ」


「ごめんね。私、酷い事ばっかり……」

「あーーー!!!」

「え? どうかした?」

「俺、過去の話するの嫌い!!

いい思い出ならいいけど、暗い話はしたくない!!

いーじゃん? 前だけ見て幸せになれば!つーか、熱あるよな。 とりあえず、実家行くわ!! みんなが、待ってるよー。

母親はお粥つくってるし、妹は……。

うーん…。 母親に指図して偉そうにしてるかもな」


江美は訳わからないというような、表情を浮かべて俺を見ている。俺達は、普通の恋人に比べたら前途多難だと思う。


はぁー。


なんで、こんなに惚れてしまったんだろうと、思う。

他の子と付き合ったら、楽になれるだろうって考えたけど、受け付けないんだよね。


まあ、いいや。


今は、幸せに出来る自信があるから、頑張ればいい。


とりあえず

本名で呼ぶのを

受け入れて貰った事が



嬉しい~!!!


が、表情には出さない



【完】

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僕の彼女はメンヘラです 十枝 日花凛(とえだひかり) @osousama

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