第32話 彼女の電話は鳴らない

みちると別れてからどれくらいの時が経過しただろうか?


あれから、俺はバイトを掛け持ちして働きまくった。働く事は悪くない。

給料が貰えるし、バイト先で知り合いが増える。


あの後、俺が居なくなったら事に気が付いたみちるから電話が来たんだ。

着信拒否したんじゃないのか?って?


公衆電話を拒否するのを忘れていて、『死ぬ、死ぬ』騒がれたよ。


あれは、マインドコントロールだ。自分の命を武器にした、マインドコントロール。

優しさ、同情、好き、という気持ちを上手い事使っているよ。


『死ぬ』と、騒がれみちるの元に駆けつけそうになってしまったけれど、すぐに電話の電源を落として、知らんぷりをした。


冷たいって?

そうでもないよ。


心配になって、みちるのアパートの上に住んでる先輩に頼んで様子を探って貰ったりもした。みちるが、暴れたり叫んだりしてるって聞いた時は、恥ずかしかったけど一安心したよ。生きていると、分かってホッとした。


その安心感は、みちるの事を好きだからなのか?

自分が殺人犯にならなくて、ホッとしたのかは分からない。

それくらい、みちるに参っていた。


それから数ヶ月後。

夜、友達とブラブラしていたら、男と腕を組んで歩いている、みちるを見掛けたよ。


哀しげな表情で、″優斗がいないと死んじゃう″と言っていたみちるを思い出し、「嘘つき…」と呟いた。


でもさ。どんなに楽しそうに笑っていても、時より見せる悲しげな表情は相変わらずでホッとしたんだ。同時に、そんな自分に嫌気がさしてしまう。


今の俺は、みちるが幸せになったらなったで、それを純粋に喜ぶ事なんて出来ないだろう。これが、愛情なのか、ヤキモチなのかは分からない。


「彼女が欲しい~!!」

「ヤらしい事をしたい~!!」


友人の前では、そんな事を騒ぎながら彼女を作る事は無かった。一度さ、強烈な女と付き合ってしまったら、女なんてどうでも良くなるんだよ。


そんな俺を不憫に思った友人に、ナンパに付き合わされたりして大変だったよ。

それなりに楽しんだけどね。


相手を女として見る事は出来なかった。

それなりに、いい思いはしたよ。

綺麗なお姉さん系に誘われちゃったり、ちょっと嫌らしい雰囲気になったりしたりして、その雰囲気は楽しめた。


でもさぁ。いざってなると、みちるの事を思い出して萎えてしまう。

え?表現わるい?


そんなんだから、苦労したよ。

友人に冗談っぽく、ホモ扱いされたり。一番ムカついたのは、ナンパした女に甘ったるい声で「優斗君、ホモなんでしよー?」って、言われた時だね。


ムカついたから、「好みの女にしか反応しねーんだよ」って、強がってみた。


優斗、キャラ変わったって?

変わってないよ。

俺は、あの時のまま何一つ変わっていない。

たださ、強がってるんだよ。


とりあえず、男はBLを扱いされるのを好まないんだ。まじ、不愉快。

でも、俺はBLは嫌いだけど、百合は好きだから許そう。て、意味分からん。


とりあえずは、彼女は作らずに仕事だけに専念する日々を送っていたという事だよ。ああ、残りの人生、一生一人身決定っぽい。

それなら、それでいいけどな。


寝て、起きて、仕事に行って、寝て、仕事。

たまに、友達と遊ぶ。そんな、生活が続いているが悪くはない。


「はぁー! 疲れたぁぁ!!」


仕事を終え、そう叫ぶとコンビニに向かった。今日は二週間に一度の弁当Day。


貯金をする為に普段は自炊を心掛けている。

自炊って言っても、卵かけご飯とか、卵焼きとか、目玉焼きが主だ。


そんな簡単料理だけど、みちると一緒にいる間は弁当ばかりだったから、最高に美味しく感じた。それに、味噌汁でも付けてみちるに食べさせてあげたいと思う。


と、いってみたが、最近は貧乏自炊料理ばかりだから、逆にこってりとした弁当が懐かしくなってしまう訳。ちょっとした贅沢な、コンビニ弁当を買って、アパートに戻る。


古い作りな上、アパートの裏は墓場という激安物件だが、ひとりで生活している今の環境を気に入っている。


「頂きまーす」


なんて、言いながら弁当を開けると箸を使って口に運ぶ。

なんていうか、懐かしい味だ。

これを食うと、堕落していた頃の自分を思い出す。


もし、あの時。俺がちゃんとしていたら、みちるも違ったのかも知れない。そんな事考えても、無駄だけどな。


弁当を食べ終え、冷蔵庫から作り置きしてある麦茶を取り出しグラスに注ごうとした瞬間。グラスが手から滑り落ちパリーンと乾いた音を立てて、割れてしまった。


「あーあ」


手を切らないようにガラスの破片を拾い集めていると、携帯の着信音が鳴り響く。


ガラス集めを中断して携帯を手に取り、通話モードにした。


「先輩、久しぶりっすね」


そう。相手はみちるのアパートの上に住んでいた、先輩だ。どうしたんだろう?


「優斗、久しぶり。 言うか言わないか迷ったんだけど、みちるちゃんの部屋の様子がおかしい」


おかしいって何?


「どういう事ですか?」

「なんか、引っ越ししてるっぽかったんだよね。 で、みちるちゃんの部屋の前におっさんがいたから事情を聞いたんだけど__

あのアパートを借りていたのはそのおっさんらしいの。で、詳しく突き詰めてみたら、みちるちゃんが保証人がいないからって事で借りてあげていたらしいんだよ」

「うん」


おっさんとは、どんな関係だよ!と、思いつつも、みちるの父親と携帯で話した内容を思い出すと、責める事も出来ない。


「で、数日前にいきなり、『部屋は解約して下さい』的なメールが来たらしいの。 で、解約して、部屋の掃除をしてるらしいんだけどさ、部屋中の壁に穴があきまくってたらしい。 しかも、荷物もほとんどそのままだったって……」


部屋中の壁に穴?

と、いうか。


「みちるはどこに行ったのかな?」

「一応、聞いてみたけど連絡が取れないらしい」

「ありがとう」

「あとさ……」

「うん?」

「俺って、あんまりアパートに帰らないから詳しい事は分からないけど、みちるちゃんとすれ違った事があるんだよ。その時に、あの子傷だらけだったよ」


傷だらけって自傷の事か?


「あー、確かに自傷癖あって、傷だらけだったわ」

「いや、そうじゃなくて……。殴られてるんだと、思う。 鼻にガーゼみたいの貼り付けてたし、目の回りが真っ青だった」


みちるが、殴られている?

な、訳ないだろ?


「分かった。 ありがとう」


通話を終了させて、みちるの携帯に電話をかけた。バカみたいだけど、未だに消す事が出来ないでいた。


現在お掛けになった電話番号は……


ツー

ツー

ツー


でも、その番号は意味をなさないモノとなっていた。

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