第31話 彼女とさようなら
「優斗。 仕事いって来るね~」
「いってらっしゃい」
みちるを見送りながら、その顔を仕草を網膜に焼き付ける。みちるが見えなくなったら、部屋に戻りおっちゃんにメールをした。
『今から、荷物まとめる。けど、彼女が自殺したらどうしよう?』
『どうしよう?って、優斗が別れたくないだけやろ?別れたくないなら、そこにいたらいいがな』
『だなーw』
荷物をまとめつつ、メールで気を紛らわす。
『彼女に、あたしが死んだら似合いそうな服を数着選んで棺に入れてって言われた事があるんだよね。なんで、死ぬ前提で話をするんだろうね?』
『おっちゃんには分からんわー。あ、まさか!い、いや、やっぱいい』
『ちょ』
『服を入れてる所になんか隠してたりしてな!!w 推理ゲームしすぎだ、俺。
なんでも、謎解きになってしまうわー。名探偵おっちゃんやな』
うーん。
なんとなく、みちるが使っているタンスを開けると、ぐちゃぐちゃになった洋服が詰め込まれている。
プラス、押し入れにも大量の服、服、服。
「まぁ、いいか。 俺の荷物なんてボストンバッグ一個分だし」
みちるの服を綺麗に整頓し始めた。
「俺、キモーっ!!!」
一段目の引き出しを綺麗にして、二段目の引き出しを開けると服を整頓し始める。ふと、指先にひんやりとした感触が触れる。
「なんだ、これ」
中には灰色の平べったい金庫が入っている。
『おっちゃん。 金庫が入ってた。中身は何だろ?』
『宝物。 あ、金がぎゅうぎゅうに詰め込まれてても盗むなよ! 泥棒やで。
あ、でも、10枚くらいおっちゃん宅に送ってや』
おっちゃん……
金庫の鍵って、まさかこれ?首にぶら下がったネックレスに付いた鍵をぎゅっと握り締めた。
『俺、彼女に鍵付きネックレス貰ったんだけど』
『じゃあ、優斗にプレゼントや。中身はエロ本』
『それは有り難い』
ドキドキしながら、金庫に鍵を差し込むとガチャリと音がした。
「開いた……」
中身を確認すると、大量の札束と通帳、カード、手紙が入っている。
これ、いくらあるんだ?
通帳の中身は500万と記入されている。
なんだ?なんなんだ?
『ごめん。 なんか頭が変になりそうだわ。 多分一千万以上入ってる…』
『一切、手をだすな。
優斗が欲しいんなら仕方ないけどなー。俺なら、揺れるわ!卵、買い放題やん!!!』
『手は出さないよ。これは、彼女のお金だから』
『うわー!! 優斗イケメンや!!
おっちゃん、優斗に本気になりそうやー!!ごめん。やっぱ無理。女がいいわ』
何?この敗北感?
『頑張って彼女見つけて下さいw』
『本気出せば、彼女なんてすぐ出来るわ!!』
『すごいなーw』
『仕事行ってくるわw』
『うい』
『なんかあったら、いつでもメール頂戴』
金庫の中に入った手紙に手を伸ばす。ネコのキャラのピンク色をした封筒だ。その中には封筒と同じキャラクターの便箋が一枚だけ入っている。
カサカサと音をたてながら、それを取り出し開くと、短い文章が書かれている。
【私が死んだら、私の全てのお金は優斗に。】
そう書かれた文章と一年以上も前の日付。その下には、拇印と印鑑とが押されている。
なんなんだろうか。あんなに文句をいいながらも、あんなに俺をけなしながらも、こんな事をしてたんだ。しかも、その若さで遺書とか。
金庫に鍵をかけて元の場所に戻すと、服で隠して引き出しをしめる。そして、じぶんの洋服をボストンバッグに詰め込んだ。
手紙だけ。
手紙だけ、もらっていく。
小物入れの中から便箋て封筒とペンを取り出すと、みちるに残す言葉を考えた。手紙なんて書いた事が無いから、何を書けばいいのか分からない。
【みちるの事は嫌いじゃないよ。
好きだと思う。ただ、今の状態で一緒にいてもマイナスにしかならないから別れようと思う。
俺がちゃんと仕事をして、みちるの事を養えるようになってからまた会えたら嬉しいけど。それまで、今の気持ちが持つかは分からないね。
あと、携帯の番号もメアドも変えるから。】
みちるがいい出会いがあった時に、すぐそっちに行けるように。そう、書いた。
封筒の中に手紙と金庫の鍵を入れると、ボストンバッグを肩に掛ける。みちるの事だから、『優斗は何でお金を取らなかったのー?!』なんて、騒ぎそうだな…。
正直に言えば、ちょっと揺れたけど、野生動物みたいに人に怖がる君に……
これ以上人を嫌いになって欲しくないんだよ。
それと、君がこれ以上人を信じれなくなるような事はしたくなかった。
かっこをつけたかったつーのも、あるな。
君と別れる事を決めた理由?
おっちゃんとやりとりした、メールの内容が頭の中をよぎる。
・
・
・
『おっちゃん。彼女の話していいかな?』
『ノロケなら聞かん。いいでー』
ゲームの中で仲良くなって、凄く気があう、おっちゃん。それでいて、お互いの顔すら知らない関係。住んでいる所も全然違うから、重い相談をしても、噂が広まる事も無いだろう。
相談をする相手としては、最高だと思った。
『ノロケだったらいいんだけどなー。
彼女と別れるべきか、別れないべきか迷ってるんだ』
『そんな事くらい自分で決めろ~』
『彼女、自傷癖があって……』
『あー。別れ話すると自殺するのかー。
稀によくあるわー』
………
よくあるのか?
稀なのか?
『そうなんだ。別れようとすると、カミソリで手足を切り刻む。
最初はちょっと切るだけだったんだけど、最近は血が噴き出るくらい切るんだよ』
『別れ話をしないで、別れたらいいがな』
そんな、簡単な話じゃないんだよ。
『そんな事して死なれたら…』
『じゃあ、別れなければいいやん。解決。でも、一緒に居ても、離れても彼女は死ぬかもな』
はあ?
『俺が一緒に居れば、リスカで済むから死ぬ事は無いと思う』
そう、俺が一緒に居たら、大丈夫。
彼女はただ、体を切り刻むだけ……
そして、それはいつも″死には至らない傷″だ。
おっちゃんは、みちるの行動がエスカレートして、そのうち首でも切り刻むとか手首を切り落とすとか言いたいのか?
確かに、それは怖い。
『ただ、優斗の気を引きたいだけだと思うから、死ぬ事はないだろうな。
でも、死んじゃう事は有り得る。
血が噴き出る程のリスカ繰り返してるんやろ?心臓に負担掛かってるやろうな。そのうちぽっくり逝くなんてことも』
なに、適当な事言ってるんだよ。
みちるは、元気ピンピンしてるよ。
『そんな話初めて聞いた』
『おっちゃん、嘘は付かんで。多分。
Googleで調べてみ。優斗は彼女の事好きなん?嫌いなん?』
『好きだけど、一緒に居るのがキツい時もある』
そう、返事をしてGoogleで調べてみると、おっちゃんの話している事は嘘じゃないみたいだ。
最初の頃はみちるが自傷をする度に死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしていた。でも、人間は簡単に死なないって事を思い知らされて、いつしか俺の感情は″どーせ死なねーだろう″という気持ちに変わっていた。
ああ。
みちるが自傷さえやめてくれたら、それだけでいいんだ。たった、それだけなんだ。
『なあ、自傷をやめさせる方法って無いの?』
『彼女に変わって欲しいんか?』
そりゃ、そうだろ。
『ああ。普通じゃないんだよ。変わって欲しいって言っても、自傷癖を直してくれたらそれでいいんだよ』
『人を変えるより、自分が変わった方が早いでー。そしたら、周りも変わってくれるかもな』
かも、か。
確証なんてどこにも無い。
そんなモノの為に頑張るのは疲れたんだよ。
『俺はもうクタクタなんだよ』
気が狂いそうになってる……
いや、もう狂ってるのかも知れないな。
『なら、そのままでええやん。優斗の彼女が死ぬって確証なんてどこにもないからな。
優斗も一人になれないみたいだしなー』
なんで、そこまで言われないといけないんだよ。ただ、俺が一人になれないというのは本当だ。
別れたい、別れたいと、離れても、寂しさに負けてしまう。
『なんで、俺が一人になれないと思うの?』
『おっちゃんは名探偵やからなー。
って、軽いジョークやから気にせんで』
ふざけてる場合かよ。
『もし、おっちゃんが俺の立場ならどうする?』
どうせ、別れるって言うんだろ。
『返事、長くなりそうやから、ちょい待ってて!!』
え?
別れるか、別れないの2択じゃないのか?
しかし、眠い……。眠気と戦って15分が過ぎた頃、おっちゃんからのメールが届いた。
『せっかくだから、もしもの話じゃなく、俺がどうしたかを話すよ。俺は別れなかった。
不満だらけだったけど、彼女と別れる事は出来なかった』
出来なかったって、実話?
その後はどうなったんだ?
おっちゃんが、話していたないようから察するに想像は付くが__
『その後はどうなったの?』
『自傷はやめるって、約束させたんだけどな。守れたのは数日で、リスカと薬の多量摂取を繰り返して、精神薬と酒を大量に飲んで風呂場で亡くなった』
みちるもだ。
みちるは、保険証がないから市販の薬が主だけど。
なんて返事をしたらいいか分からずに携帯を持ったまま、フリーズしていたらメール着信音が鳴り響いた。肩がびくりと震える。
『まさか、死ぬなんて思ってなかったわー。過去に戻れたらいいなって思う』
まだ、好きなのか?
それとも、罪の意識に苛まれているのかは、よく分からない。もし、みちるが死んでしまったら……、俺はどんな風に思うだろうかと、考えてしまう。
悲しむ?
恨む?
後悔する?
きっと、あの時こうしておけば。と、悩むだろう。
『話したくない事を話してくれてありがとう。ちゃんと考えてみるわ』
みちるとこのまま一緒に居ても、この状況がずるずると続く事なんて、とっくの昔に気付いている。
みちるが自殺をするから。
みちるを一人にしたら可哀想だから。
そんな言い訳で自分を誤魔化していた。
自分は被害者であって、みちるに尽くしているだけ。みちるには俺しかいないから守ってあげていると、ナイト気分だった時期もある。でも、俺達はお互いにお互いを縛っていたのだろう。
でも、その縛りはどっちかが切り離せば無くなる。お互い不満だらけで、狂ってまで一緒にいるなんて駄目だよな。
それに、みちるは俺と連絡が取れなくなっても死んだりしないだろう。
それどころか、リスカもしなくなるだろうな。全部、知っていた。
みちるがリスカをするのは、俺の気を引く為だって__
俺が自分の思い通りに動いてくれない時の、手段だって__
原因が無くなれば、みちるはそれをする必要が無くなる。ただ、俺がいなくなったら自殺するんじゃないか?って、いう気持ちも拭いきれない。
色々な事を考えているうちに、自宅が見えてきた。懐かしい……
マンションに入ると、エレベーターに乗り込み、部屋の前に立った。深呼吸をして、鍵をあけると中に入る。
「ただいまー」
「あら、優斗、久しぶり。
って、あんたどーしたの? 髪、凄い事になってるじゃない? それに、頬骨くっきり浮き出てる……。 私の肉あげたいわ、じゃなくて……、ご飯食べているの?」
心配そうな表情で話続ける母親の先には、母親の彼氏が居る。別に、母親の彼氏がどうこうって訳じゃないんだ。
むしろ、いい人だと思う。
一週間に一度くらい、泊まりに来るこの男は既婚者だ。別に、本気の恋みたいだし、俺がどうこう言う問題じゃない。
と、いうか、母親も自分が悪い事をしているという自覚があるから、責める事は出来ない。でも、多分俺はこの状態を良くは思っていないのだろう。
父親が亡くなった後、母親がおかしくなった事があるって話しただろ?
でも、この男がこのマンションに立ち入りするようになってから、母親は急激に立ち直り始めたんだよ。認めたく無いけど、この男が母が立ち直った理由なのだろう……。
俺がどんなに頑張っても、見向きもしなかった癖に。と、いう気持ちもある。でも、この人が居なくなったら、母親はまた壊れてしまうんじゃないかと、不安で不安でたまらなかった。それが、俺の闇なんだろう。
でもさ、どーでもいいんだ。
母親もひとりの人間。
パーフェクトには成れない事を理解しているし、それを理由にして逃げたくは無い。
「腹、減った。 飯ある?」
「今、丁度お鍋してたのよー。 優斗も一緒に食べましょうー」
「鍋? いーね」
そう言って、キッチンに向かうと食器棚から皿と箸を取り出した。母親はご飯をよそおってくれている。
「たくさん食べて、ちょっとは太りなさい」
「あー、俺、細いからね。 どっかの誰かさんと違って!」
「わぁ。 乙女心を理解してない子」
「乙女って、年かよー」
笑おう。いつも通りに、自然に、笑おう。
テーブルに皿を置くとその場に座り、母親の彼氏に挨拶をした。
グツグツと沸騰している鍋の中に、様々な具材を入れていく。
多分、母親の彼氏がお土産として持って来たのだろう。この人には助けられている。
ご飯を食べ終え、リビングでくつろぎながらテレビを見る。眠くなると、自室に戻りベッドに横になった。
『みちるの住所の件だけど、郵便通帳とカード持って役場に相談しにいってみな』
それだけが気掛かりで、ネットで調べてみたんだ。役場によっては、それでどうにかなる場合もあるらしい。本当にヤバくなれば、みちるもどうにかすると願うしかない。
すぐに携帯を変えるのは、キツいからメアド変更をして、みちるの電話番号を着信拒否する。
みちるが、これからどうなってしまうのか?と、考えると罪悪感で潰されそうになってしまう。俺がもっと、ちゃんとしていれば__
そう、考えるとキツい。
罪悪感を紛らわすように、おっちゃんにメールを送信した。
『今、実家に戻って、アドレス変えた。彼女とは別れる。
あ~!!仕事探して、金貯めて、一人暮らししないとなー』
『一人暮らしはええで』
自立したいと、本気で思う。
頑張って、働いて、部屋を借りて、一人暮らしをしたい。だから、明日にでも仕事を探そう。
。
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