第30話 彼女と僕

「優斗ー!! 仕事行ってくるね!」

「いってらっしゃい」


みちるの足音が、アパートから遠ざかっていくのを確認すると急いでゲームを始める。

やっぱり、いた。

目的の彼女を見付けると急いで、メールを送った。


【今、暇?】

【暇。遊ぼう】


別に恋じゃない。ただ、彼女といると落ち着く。いや、彼女じゃねえか。

キャラは女の子だけど、中身はおっさんらしいから。


こっからは、チャットで会話する。


≫あー、仕事面倒くせえよ

≫おっちゃん、彼女とかいないの?

≫あー?リアルにズカズカ入ってくるんじゃねーよ。優斗はいるの?


居ないんだな。



≫いるよ

≫ちくしょー!羨ましーな

≫ちょっと変わった彼女だけどね

≫変わってんのか。女は普通がいいぞ

≫確かに


おっちゃんと話していると、気が楽だ。

おっちゃんとのチャットを楽しんでいるとメールが届いた。と、思ったらMARY 姫が現れた。とりあえず、メールを確認する。


【そっちいっていいかにゃ?我慢出来ないから行っちゃうー。えいにゃ!!】


やたら、ハートだらけのメールにねこ語。

こういう人はよくいる。


MARY姫≫おじゃましますにゃー♪

たまご≫こんにちわなのですう♪

ゆうと≫こんにちわ


たまごは、おっちゃんのキャラの名前だ。

ゆでたまごが好物らしい。それよりも、第三者がいる時のおっちゃんの喋り方が半端ない!


たまご≫ゆうととは仲良くしてまーす♪MARYちゃんもヨロシクネ♪

MARY≫ゆうととはかなり仲良くしてるにゃ♪長年のフレにゃ!!ヨロシクにゃ!!


なんだ、これ?

そう思ってると、おっちゃんからメールが届いた。


【ゆうとモテモテやんかー。1人オッサンだけどなー。ゲームの中でハーレムを味わえ。

あー。リアルでハーレム味わいてえ。】

【おっさんwwwやっぱ、おっちゃんおもしれーわ!】


ゲラゲラ笑いながらおっちゃんにメールを返すと、またすぐにメールが届いた。

MARY姫からだ。


【ゆうとは、あたしとたまごちゃんどっちが好きかにゃー? なんとなく質問にゃーwww】


ちょっ。おっさんに対抗意識燃やしてるのか?ずっと思ってたけど、MARY姫はみちるに似ている……。


2人とも、よく言えば負けず嫌いだ。


「◯◯とあたし、どっちが好きー?」


みちるはよく芸能人の名前を出して、そう聞いてくる。会った事もない人間と自分の事を天秤にかけてくる、みちるが昔から不思議でたまらなかったが、


「こーいう人いるんだな。 面倒くせー」


なんか、ゲームする気なくなってきた。でも、シカトするのおっちゃんに悪いし。


【今さぁ、MARY姫に″おっさんとあたしどっちが好き?″って聞かれたんだけど、面倒くさいから寝落ちしたふりするわー】


ぴろりーん。

返事早っ!と、思ったらMARY姫だ。


【寝落ちしちゃったー? このたまごって子、話し方がぶりっこすぎる】


………

………


【おー。 分かった。

前々から聞きたかったんだけど、アドレス交換しねー?】


おっちゃんとは、もっと仲良くなりたかったから嬉しい。


【俺もおっちゃんとメアド交換したかったわー】


そう言って、携帯のアドレスを送ると、またメールだ。


【ゆうとがいないのつまらないから他のフレの所に行くにゃー!! 今度は2人でデートしたいにゃー!】


お互い、彼氏彼女がいるのに。

そう言える事が理解出来ない。


MARY姫は最後に【大好きにゃ!おゃちゅみ】というメールをして消えてしまった。


呆然としていると、携帯におっちゃんからのメールが届いた。


『俺、おっちゃん!! よろしゅう!!

最近ゲームに飽きてきたから、メアド交換出来てうれしーわ』

『俺もおっちゃんとメール出来て良かった!! おっちゃんって何才なの?』


40くらいな予感。


『22』


ちょっ!!俺とあんまり変わらないじゃん。


『おっちゃんかと思ったら、若かった。

俺は、21』

『おっちゃんやでー! 年齢以外はおっちゃんやw 顔も体も好きな食べもんもw

だから、おっちゃんって呼んでな』


おっちゃんと色んな話をしているうちに眠気に襲われ、ふわふわした意識の中さまよっているうちに、ぷつりと意識が途絶えた。


「優斗ぉぉぉ!!!」


なんだ?なんだ?


体がガクガクと振るえているような感覚で、瞼を開いた。開いたままのカーテンから外を見ると、真っ暗だ。いつの間に、眠ってしまったんだろうか?


というか、なんでみちるは血だらけなんだ?って、血!?


またか……と、呆れながらも布団から起き上がる。まったく、毎回、毎回。


「俺が、何したって言うんだよ」

「したよ!した!! 最近の優斗はやたら優しいから、あたしも色々頑張ろうと思ってたのにぃぃぃぃ! 裏切り者!」

「裏切ってないよ。いい加減にしろよ!!」


女は普通がいい__

ふと、おっちゃんが言っていた言葉を思い出す。


「あたしは全部知ってるんだぁー」


大声で叫ぶみちるはおいといて、近所迷惑になってないかが気になって堪らない。


「ちょ。何を知ってるんだよ。怒るのにも順番があるだろ? まず、理由を言わないと。 あと近所迷惑だから小さな声で喋って」

「なに、余裕綽々な態度取ってんだよ!

裏切り者が偉そうにしてんじゃねーよ!糞が!!」


罵声とともにみちるのパンチが飛んで来た。

ひ弱だから痛くないけど。

むしろ、みちるが痛がってるレベルだけど、これDVだよな。


みちるはフーフー言いながら唇から血を垂らしている。


「まず、何で怒ってるのか教えろよ」

「自分で分かるだろ!!! 早く謝れよ、カス!」


ぼーぜんとしながら、寝る前におっちゃんとやりとりしたメールの内容を思い出した。


「みちる。 興奮して話せない状態なら俺は一度実家に帰るから、落ち着いたら電話頂戴」

「させるかー!!」


そう、叫んだと思ったら背中に重みを感じて、息が苦しくなった。


みちるの奴……。

首にぶら下がるとか反則だろ。

しかも、フーフーうるさい。


「ちょっ。 離してよ。ちゃんと、怒った理由を聞かせてくれるなら帰らないから」


そう言うと、あっさり離れてくれたみちるにびっくりだ。ただ、俺と離れる事を嫌がってるのだろう。


「怒ってる理由、教えてくれるの? くれないの?」


みちるはドタバタと足音を響かせながらテレビの方向に移動すると、ゲーム機を指差した。ゲームって、事?


「ゲーム、今だになかなかやめられなくてごめん。 でもさ、今日色々と考えた事があって……。ゲームは1日3時間にするわ。

ただ、仕事を始めたら休みの日はもっとしたい」


これは、おっちゃんから勧められた。

リアルをおろそかにするなって。


喧嘩腰でそれを言われたら聞きたくなくなるけど、おっちゃんも俺と同じらしくて、一緒にリアルをちゃんと見ようって言われたんだ。だから、これをきっかけにして頑張っていきたい……


「違う!! 違う!! 違う!! 違う!! 違う!! 違う!!」


フーフー言いながら、違うと繰り返すみちるを見てると、気絶しそうになる。でも。冷静に対応しないといけない。

ここで俺が感情的になってしまったら、言い争うだけになってしまう。


「じゃあ、なに?」


みちるはゲームのコントローラーを手に取り、メールを開いた。

はぁ?もしかして、おっちゃんとメアド交換した事怒ってるのか?


「たまごって、男なんだけど。なんなら、電話して声聞かせてやろうか?」


電話番号は知らないけど。


「ちげーよ!! このMARY姫つー、キモイ奴だよ。 マジ、キモイ。ゲームの中でしか女扱いされない低脳が!!!」


それ、低脳関係なくね?


「なにが、にゃーだよ!! ブーだろ、その方がお似合いなリアルだろーーぉぉぉ!!」


お、ち、つ、け、み、ち、る、さ、ん。


飛ばしすぎ。 


「絶対コイツ、リアルだと体重100トンだよ!!」


トンとか、山並みにでかいのかよ!!


「いや、MARY姫は関係ないから」


そう、言った瞬間。みちるは押し入れの中からカミソリを取り出した。


「関係ないだと!!! てめー、かばってんじゃねーよ!!!」


はあ?


「かばってねーから。 つーか、カミソリなおせよ」

「やだっ……。 ぐずっ……」

「俺にとって、みちるが傷付く事が一番やなの。 だから、カミソリ持ったらここから出て行くって決めたんだよ。 みちるの事は大好きだよ。 でも、自傷を見るのは辛いからばいばい」


みちるは手に持っていたカミソリをテレビに向かって投げた。


「もう、持ってない!!!」

「なら、ここにいる。 でも、自傷したらすぐに別れるから」

「ちょっと待てよ!!

MARY姫の話終わってねーよ!」


興味無いから話したくねえよ……


「あのね。 その子、一方的にそういうメールしてくるの。信用出来ないなら、送信メール見ていいよ。 俺は普通のメールかスルーしかしてないから」

「送信メールは確認したよ」

「なら、落ち着けよ」

「でも、優斗は自分に都合の悪いメールは消してるかも知れない……」


な、なぜ、そうなる。悪い意味で想像力豊かっていうかなんていうか。

でもさ、それでも好きなんだよ。


君の優しさが偽りでも……

かなり変でも……

本音は、大好きだ。

だから、俺は強くならないといけない。


「じゃあ、もうゲームはしないから。売るなり壊すなり好きにしなよ。俺はMARY姫とかどうでもいいから」


みちるは嬉しそうな表情で俺に甘えてくる。

その喜びは、MARY姫に勝てたという喜びなのかも知れない。


この日を境に俺はゲームを辞めた。

とっくの昔に飽きてたんだよ。


でも、誰かと繋がりたくて続けていただけ。つまんねー。と思いながらも、コミュニケーションが楽しくて続けていた。ただ、それだけだったんだ。

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