第29話 彼女の為になりたい

薄っぺらいカーテンから外の光が漏れる。すずめのさえずりが微かに聞こえる。

まだ、眠いや。


半目で頭をポリポリかきながら、トイレに向かうと用を済ませた。

さてと、まだまだ寝ますかーー


昨日、眠りについたのは深夜の4時で、夜というか朝に近い。


ふと、昨日、眠る前に思った事を思い出した。

″いきなり働くのは無理だとしても、生活リズムだけでも戻そう″

昨日、眠る前にそう意気込んだ。

でも、朝になってしまったら、眠気に負けてしまう。


学生時代って、どうやって規則正しい生活をしてたっけ?


なにかを思い出したように、バスルームに向かいシャワーを浴びる。眠くても顔を洗えばスッキリするんだよな。

そういや、風呂に一週間近く入ってないから、どうせなら丸ごとリフレッシュだ。

シャンプーを大量に使い髪を洗うと気持ちがいい。ついでに伸びっぱなしにしていたヒゲも剃ってみた。

さすがに、伸びっぱなしの髪はどうしょうもないけどな。


風呂を済ますと、次は部屋だ。台所に重ねられゴミ屋敷化の原因になっているゴミ袋をゴミ置き場に運ぶ。

あー、寝る前に運べば良かった……


こんな大量のゴミ袋を持っている姿をご近所さんに見られたら、恥ずかしい。しかし、母親は偉いよな。


あの事件を除いては、部屋にゴミなんて貯めた事無いし。ゴミが無いのが普通だと思ってたけど、母親がちゃんと捨ててくれていたから無いんだよな。


とりあえず、ゴミを全て捨てて部屋に戻ると掃除を始めた。

みちるは、自分では掃除をしない癖にすぐに″部屋が汚い″って怒るんだよ。

そんなに怒るくらいなら、自分でしたらいいだけなのに。最近のみちるは、昔に増して文句が多い。


あれ?


そういや俺………。

昔は食べた物をゴミ袋に入れるくらいは確実にやってたけど、最近それすら面倒くさくてしていなかった。みちるは仕事から帰ると文句を言いながら、それを片付けていたっけ?


確かにみちるはおかしいけど、全ての原因をみちるになすりつけて堕落した生活を楽しんでいたのは俺だ。

いつしか、働かないで好きな事が出来るという環境が楽になってしまったんだ。


最近の俺は、″自分がこうなってしまった事″を″自分が堕落した事″全てみちるのせいだと思い込んでいた。


俺がこうなったのはみちるのせい。

だから、みちるが俺の面倒を見るのは当たり前だと思っていたんだ。何もかも人のせいにして、自分を甘やかせていたのだろう。

自分は悪くない。

だから、悪いのはみちる。


でもさ、問題が起こるのに、どっちが完璧に悪くないという事は有り得ない気がする。

それなりに、何か問題があってこうなるんだよな。俺達の場合は間違いなくそうだ。


みちるがぼやっとした顔でむくりと起き上がる様子を視界にとらえ、挨拶をする。みちるは嬉しそうな表情をして、挨拶を返してくれた。


みちるはバスルームに向かう途中に、台所て足を止め歓声を上げている。誰かの為に何かをして喜ばれる事が嬉しいと思ったのは、いつぶりだろうか。


久しぶりのそれは、ゲームで誉められる事よりもはるかに嬉しいと思えるものだった。その上、部屋も綺麗になるし、少しだけど、なまった体を動かす事も出来た。


「優斗ー!! 台所凄く綺麗になってるよー! 嬉しい! ありがとう!!」

「いや、今までゲームばっかりしていてごめん。 本当にヒモだよな~。いきなりは無理かもしれないけど、少しずつゲームするの減らして、外に出るようにするから。あ、最初は掃除して体力つけないと、筋肉とか落ちすぎて大変な状態だよ!」


働き口が決まった訳じゃないのに……

ただ、少しずつ努力をすると言っているだけなのに、みちるは嬉し涙を流している。

本気で分からないよ。

君にとって僕は何なの?


俺が少しずつ努力する事を本気で喜んでいる、みちるはまるで母さんみたいな優しさがある。でも、おかしくなったみちるは俺の事なんてどうでもいいように見える。


「俺頑張るから、みちるも自傷だけはやめるように、努力しよ」

「うん。 でも癖になっちゃって。 汚くなった腕見て後悔はしてるんだけどね。 はぁ……。 楽に綺麗に死にたい」

「死にたいの?」

「今はそうでもないけど、そう思う時がある。 年取るのが怖いんだ」


年を取るのがこわい?

そういや、おばさんになるのが怖いって言ってたな。

30になる前に死にたいって__


でも、″おじいちゃんとおばあちゃんになっても優斗と仲良くしてたい″とも、言っていた。

どっちが、本当なの?


「優斗ー」

「うん」

「怒らないで聞いてね」


俺が怒るような話なのか?

そう思って返事を躊躇っていると、みちるは一方的に話し始めた。


「もし、あたしが死んだらひとつだけお願いがあるの」


でたー。もし、自分が死んだら語り。


「そういう話好きじゃない」

「じゃあ、これで最後にするから」


いつも、そう。


「もしあたしが死んだら、優斗があたしに似合いそうな服を選んで棺桶に入れてね。 沢山、選んでよ」

「服? みちるの服、沢山有りすぎて見るのも大変なんだけど?って、こういう話止めようよ」

「うん、止める。 だから、今の言葉ちゃんと覚えていてね」


みちるは自分がしていたネックレスを外すと俺の首につけた。そのネックレスには小さな鍵が付いている。


「なに、これ?」

「これだけは無くさないで」


よく、分からないがこくりと頷いた。


みちるがこんな事言うから、結構心配していたんだけど、心配する必要は無かったみたいで、何事も無く二週間が過ぎた。


俺は少しずつ、ゲームの時間を少なくして今は1日に6時間~10時間くらいにしている。本当は1日に1時間~2時間くらいが理想なのだが、なかなか難しい。

その代わりに、掃除だけはちゃんとするようにしている。


みちるはというと、相変わらずのままだ。

少なくとも3日に1回は自殺パフォーマンスをして、ぎゃあぎゃあ騒ぐ。


が、俺の事を誉めてくれたり、ごく稀に料理を作ってくれるようになった。普通の人からみたら、最悪だろうな。最悪な生活をしている俺でさえ、最悪な環境だと思う。


ただ、みちるが飯を作ってくれる時だけは、自分は幸せ者なんじゃないかって、本気で思えるんだ。


成功しても、失敗しても、幸せだ。

ただ、俺は彼女に言えない秘密を持ってしまった。

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