第28話 僕はおかしくなりました

あの日から3年以上が過ぎた。


カーテンが閉めっぱなしの部屋には、服や雑誌が散乱していて。

テーブルの上には昨日食べた夕食の容器が無造作に置かれている。


汚い___


分かっているけど、掃除するのは面倒臭い。

掃除してもまた散らかるんだから、意味無いだろ?


それに、そんな時間があるならゲームをして、キャラクターを育てないといけない。


カタカタカタカタ。

カタカタカタ。


あ、でも。あれから俺も成長したんだよ。



キーボードも使い慣れて、チャットをする速さがハンパないんだよ!!


目を瞑っていても余裕なレベル!!


それに、ゲームのキャラも半端なく強い!!!


昔の俺はダメだったなあ……


ただ、ひたすらにゲームを楽しんでいると玄関の方向から鍵を差し込む音が聞こえて、ドアが開く音が聞こえた。みちるが、帰ってきたのだろう。


「疲れた…」

「お疲れ」


それだけ言うと、ゲームに神経を集中させる。


「ねー。 優斗……。 そろそろ仕事しない? アルバイトでもいいから、ちょっとでも働こうよ」

「もう少ししたら、するよ」

「い…も、そ…言…てし…い!!」

「あ…たし、…にた…!つ……た!」


みちるが一生懸命何かを喋ってるのは分かるけど、ゲームに集中しているから聞き取れない。


せっかく、いい感じでゲームに集中していたのに、みちるにコントローラーを奪われ目の前が真っ白になる。

いま、しないといけないんだよー!!


「こ、コントローラー返せって!!」

「ゲームばっかりしていたら、駄目ぇ!!! 風呂も入らずにずっとゲームとか頭おかしいんじゃない? 優斗、廃人だよ!!!」


あっ?


「俺は廃人じゃねーよ!ただ、ゲームが上手いだけだ」


本当は、自分がおかしい事くらい気付いているよ。


でも___

それを認めたくないんだ。

だって、認めてしまったらゲームが出来なくなっちゃうだろ?そんな事になったら、お終いだよ。


ふと、ゲームの画面に視線を移すと、コントローラーを奪われ動かなくなった俺をフレンド達が心配している。


≫ゆうとー!!どした?

≫なんか、あったのか?

≫どうかしたのかな?

≫トイレじゃね?


どんどん、流れて行くチャット。

戻らないと、みんなに心配を掛けてしまう。


≫おーい

≫どうした?


次々と流れるチャットを見ていると、不安が募ってしまう。


「仕事は近いうちに探すから、コントローラー返せって!!」

「いつも、いつも。 そう言って、何も変わらない!うわぁぁぁぁぁ!!!」


それは……

それは……


「そうなったのは、俺ひとりのせいじゃない」


今まで仕事をする事を禁止されていたのに、いきなり働けって言われても。もう、外になんて出たくないよ。


みちるはプルプル震えながら俺を睨むと、バッグの中からカミソリを取り出した。

ああ……、またか。なんて、頭の中で呟いていると、みちるはカミソリを腕に当てて引く。次は着ていたワンピースの裾を持ち上げると、足、太ももを次々と切り刻んでいく。


___その、傷じゃ死ぬ心配は無い


完全に、その行為に慣れてしまった俺は、眉間にシワを浮かべながら「やめろよ」を繰り返す。もう、面倒臭い……


「なによ! あたしが死んでもいいくせにぃぃぃーーー!!」

「そんな事ないよ」

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁぁあ!!」


完全に狂いきった瞳をしているみちるをひたすらなだめ続けた。


「俺はみちるが大事だよ」

「大好きだよ」

「ずっと一緒にいるよ」

「裏切らないよ」


そう言えば、みちるは少しずつ落ち着いてくれる。


でもね。

俺は、みちるが俺の事を好きだなんて実感は出来ないし、みちるにいつ裏切られるかと怯えた生活をしているんだよ。


数時間。

みちるは、暴れるだけ暴れてスッキリしたのだろう。急に大人しくなり、「ごめんね…」と呟いた。


そんな、みちるの髪を撫でながら「いいよ」と言うと、傷の手当てを始める。

最近のみちるは暴れた後に謝るようになった。この時のみちるは素直で可愛いな。って思ってしまう。


最近はみちるの事を可愛いと思える時間が少ない。だから、この時間は貴重な時間だ。

こういう時だけは、ゲームの事を忘れる事が出来る。


「優斗……、眠い……」

「寝なよ」

「手……。 握って……」


ぺちゃんこになった狭い布団にふたりで横になり、手を繋ぐ。


散々暴れて、疲れて、安心したのだろう。

すぐに、みちるは定期的な寝息をたて始めた。みちるを起こさないように、ゆっくりと布団から起きあがるとゲームを始める。


寂しいんだよ。

誰からも必要とされていない気がして。


でも、ゲームの世界では俺の事を必要としてくれる人が沢山いる。


現実の世界では、ほぼ、みちるとしか繋がっていない世界で、たまに友達とメールや電話をする程度。数年前までは、沢山いた知り合いともほとんど連絡を取らなくなり、残された友達もわずかなものだ。


寂しいんだよ。

逃げる場所なんて、ゲームの世界しかないんだ。ゲームの世界に戻るとフレンドにメールを送る。


【ごめん。寝落ちしてた】


みんな、寝ているのだろう。

ひとりを除いては返事は帰って来ない。


【ゆうとー!おかえりー!!暇だからメールで話さない?】


俺に返事をくれたのは、知り合ってから結構長いフレンドだ。


【別にいーよ】

【ゆうとって、彼女いるの?】

【いるよー!MARY姫は?】


MARY姫っていうのは、キャラの名前だ。

キャラは女だけど、リアルはどっちか分からない。


【彼氏いるよ~!(。・・)】


彼氏って事は女かよ!!!

ま、どっちでもいいか。


【おー。いいね!!!】

【良くないよ】


MARY姫から来た意外なメールを見て不思議に思っていると、更にメールが届いた。誰だろう?

そう思って確認すると、またMARY姫だ。

間違いで二回送ったのか?なんて思いながらメールをあける。


【彼氏浮気してるんだよね】


そのメールを見て、なんとも言えない気分に陥る。それと共に、MARY姫に対する親近感が生まれたのは俺も似たような状況だからだろう。


【そうなんだ。彼氏バカだね】


そう返信したのは、みちるに対してもそう思いたかったから。


【ゆうとは彼女と上手くいってるー?】


一瞬。本音を漏らしたくなったけど、女に対してみちるの愚痴は言いたくないって思ったから【まあまあかな?】とだけ返事を返す。


【いいな。あたしもゆうとみたいな彼氏が欲しかったなぁ(*^▽^*)優しいし、強いし、一緒に居て楽しいもん♪】


こういう風に言われる事で、みちるに対して罪悪感が生まれたけど___

素直に言うと、嬉しい。

リアルだとほめ言葉なんて貰えないからだろうか?


ゲームの世界でちょっとチヤホヤされると、飼い主に誉められた犬がしっぽを振り回しているような気分になってしまうのは……


それに、強い=ゲームが上手いって言われたみたいでくすぐったい。リアルじゃ廃人扱いだもんなー。


【ありがとう!!俺もMARY姫とゲームするの楽しいよ】

【ゆうとにそう言われると嬉しい~ヽ(^。^)丿ゆうとに会ってみたいな~。ゆうとってリアルじゃどんな感じなの~?】


会いたいっていうのは、社交礼儀みたいなもんだろ。都道府県も違うしな。どうせ、会える訳ないし。


【だねー。俺、かなり普通だよ】

【あたしはね、◯◯ユリアに似てるって言われるー】


◯◯ユリアって、最近人気がある女優さんだっけ?ハーフっぽくて、可愛いと思う。


【おー、いいね】

【これからも、仲良くしてねっ!】

【うい!】

【ゆうとが帰って来るの待ってたら、眠くなっちゃったー!!そろそろ、寝ていい?】


え。俺が戻って来るのを待っていた?

すげぇ、嬉しい。


顔も知らない奴にこーいう風に言われたら、″えっ?″て思うかも知れないけど、俺は寂しかったんだろう。


みちるとは、ほとんど会話もないような状況。で、たまに話す時は喧嘩がきっかけ。

話し掛けられても、″ヒモ″だの″廃人″だの″不細工″扱い。


もうさぁ、俺のちっぽけなプライドなんてボロボロで無いに等しい状態さ。


それでも__

ううん。そんな状態だからこそ誰かに求められたいと、強く願う。


【寝落ちしてごめんね。おやすみー!】

【ゆうと大好き!!おやすみのちゅー!

【おやすみ】

【やー、それだけー?ちゅーして!!】


……

……


なんて、返せばいいんだよ……

前々から、MARY姫はテンション高いと思ってたけど、ちょっと苦手になってきた。

いや、一緒にゲームをするのは楽しいんだけどさ。


こんな風に言われたら、普通の男は嬉しいのかも知れない。


でも彼氏がいるのに、こんな事を言ってくるMARY姫を見ると、MARY姫の彼氏が可哀想になってしまう。


って、バカみたいだな。俺。

MARY姫からしたら、ただゲーム上でキャラを作ってるだけかも知れないし。

冗談かも、知れない。

俺が自意識過剰なだけかも、知れないけど。


なんだか、ゲームも面倒くさくなってきたな。布団の方に視線を移すと、スヤスヤと眠っているみちるがいる。


ふと、自分から謝ってきたみちるを思い出した。


「みちるもちょっとは成長したのかな」


それに、甘えてくる姿は可愛かったな。

そういや、最初の頃はみちるが可愛いくて、可愛くて仕方がなかった。今日は一緒に寝ようかな。

みちるの髪を撫でて、ひさびさに一緒の布団で眠る。


仕事か__


俺もいつまでも逃げている訳にはいかないのかもな。

そんな事を考えながら瞼を閉じた。

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