第27話 彼女と現実逃避します

 タオルを半分に切って部屋中に飛び散った血を拭いた。床は綺麗に拭けたものの、壁紙についた血液は落ちにくい。

 本や服。様々な物が散乱した部屋を片付けていく。そんな事をしているうちに外は明るくなり始めた。


「優斗……。 出て行かなかったんだ?」


 目を覚ましたみちるが、こっちを見て嬉しそうな表情を浮かべている。


「うん。 出て行かないよ」


 本当は血が付着したシーツも洗いたかったけど、何だか疲れた……

 ちょっとの汚れくらいいいや。なんて堕落的な思考回路に陥ってしまい、自分も布団に横になる。


「みちるが眠った後、傷が心配で……、みちるの親に電話した」

「ふーん。 心配なんてしないよ。むしろ、あたしに死んで欲しいんだよ」


 全部知ってるんだ。

 そう考えたら、胸がキリキリと痛む。


 見捨てられて__

 見捨てられて__

 みちるは狂ってしまったんだろうか?


 でもさ、這い上がって自立しなきゃいけないよ。それは、簡単な事じゃないし、みちるの事を本当に可哀想だと思うけど、その怒りをぶつけられた、周りはたまったもんじゃない。


 周りは疲れて、傷付いて、みちるはまた見捨てられる事になるんだよ?

 どうしようも出来ないからさ……


「俺はみちるに死なれたら困るし」

「何で? お金をくれる人がいなくなるから?それとも、死なれたら後味が悪い?」


 みちるは指先で髪をいじりながら、そう語る。

 ずっと思ってたんだ。何で、そんな風にしか思えないの?って__

 きっと、辛くて荒んじゃったんだね__


 今なら、その気持ちがちょっとだけ分かるよ。頑張っても、頑張っても、見えない未来。不安な未来。


 みちるがさ、普通になるかも分からなくって……、不安で……、でも、見捨てるなんて出来なくて。もう、マイナスな感情に取り憑かれそうになる。


 でも、それでも諦めきれなくて足掻くんだ。どうしようもない。


「好きだから、生きていて欲しいんだよ」

「そっかぁ……」


 みちるは、自分が生きていていい事を確認して、自分が愛されている事を確認して、嬉しいのだろう。機嫌が良さそうな表情を浮かべている。


 逆に、言われたくない言葉で試された俺の心はボロボロだ。何度も、何度も、これが続く。そう、考えたら。もう。


 でも、俺がちゃんとしなくちゃな……


「なぁ。 傷が落ち着いたら役場に行かね? 保険証作りに行こう」

「行っても意味がない」

「何で?」


 みちるって、かなり面倒くさがりだから、面倒なんだろうな。


「あたし、住民票抹消されてるんだよね」


 あー。確か、みちるのお父さんがそんな事言ってたよな。抹消って言うくらいだから、住民票を消されたって事か?


 あれ?

 でも、そしたら保険を掛ける事は可能なのか?


 ぶっちゃけ、俺には良く分からない。


「とりあえず、役場に行ってみようよ」

「行ったよ」


 え。

 て、事は__


「前、病気になった事があって…、保険証を作りに行こうとしたら住民票が無くなってたんだよね。復活させるには、身分証明書がいるんだって。 でも、無いんだよね……」


「そうなんだ……」

「だから、保険証も無理……」

「そうか……」


 無理だと言われて、無理だと思った。

 じゃあ、どうしたら普通の生活に戻れるのか?という、考えまで持てなかったんだ。


 そのうち、どうにかなる。

 俺達は、そう思い込んで現実から逃避し始めたんだろう。自分でどうにかしないと、どうにもならないのに。全てが面倒くさくて逃げたんだ。

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