第9話 ドーナツと幽霊屋敷②


 そしてランスロットとハインツは、真っ暗な屋敷に足を踏み入れた。歩くと溜まりに溜まった埃が舞っているようで、呼吸をすることが不快に感じられる。


「く、暗い! 何も見えない!」

「灯りを出そう」


 暗闇で慌てるハインツに対し、ランスロットは冷静だ。表情ひとつ変えずに、暗闇で手を伸ばす。


「【サモンズアーム】、晴天の槍!」


 彼が槍を召喚すると、槍先がポゥッとオレンジ色に光っていた。温かく、明るい光だ。


「俺の晴天の槍は、太陽の加護を受けている。これで周囲は見えるだろう」

「すごいな、加護付きの武器とか! Sランク武器だろ?」


 ハインツは、驚き、感心した様子で槍を眺めている。


現代では、精霊の加護を受けた武器というのは、普通の人間ならば一生お目に掛ることができない伝説のような代物なのだ。それ程にランスロットの晴天の槍には、大きな価値があった。


「ランスロットって、実は凄い騎士なんじゃないか? その鎧も、年代物の高級品ぽいし」


「凄いかどうかは……、どうだろうな。俺自身、自分のことがよく分からんからな」


 ランスロットは小さくため息をつくと、埃の溜まった床をコツコツと歩き始めた。


 きっと、自らを高潔な騎士と自負していた時期もあったのではないだろうか。この槍で幾億もの敵を葬り、国を守ってきたのだから。

もし、ノエルから【勇者殺し】の話を聞いていなければ、今でも自分は国一番の聖騎士として胸を張っていた気がする。


「ハインツ殿は、双剣士か?」


 ランスロットは自分の話題を終わらせようと、ハインツの得物を見つめながら言った。


「ハインツでいいって。オレ、敬語とか苦手だから、フラットに頼むよ」


「そうか、ならばハインツ。剣の腕はどうなのだ?」


「いやぁ、一年前にデビューしたとこだぜ? 我流で特訓して、闘技場荒らししてみたり、傭兵団に入ってみたり、まぁ色々してみて、やっと自分に合う武器を見つけたんだよ。刀って言うんだぜ。かっこいいだろ? でも、結局、ど田舎に戻ってきてるしな~」


「まだその刀を持っているところを見ると、剣の道を挫折して戻ってきたわけではないのだろう? 」


 ランスロットに指摘され、ハインツは「まぁな」と、歯切れ悪く答えた。彼は、言うか言わないかを迷ったようだったが、少し間を置いて口を開いた。


「旅先で、ノエルの親父さんが亡くなった……、って噂を聞いてさ。これが、つい最近の話なんだ。オレ、今更ノエルに何て言葉を掛けたらいいか分からなくて。すぐにあいつに会いに行く勇気もなくて、ロンダルクでグズついてたってわけだよ」


 ハインツは自嘲気味に笑いながら、赤い髪をわしわしと掻き上げていた。そして、深いため息を漏らす。


「オレの甲斐性が無いもんで、先にノエルがロンダルクに来ちゃったからなぁ。オレを頼って来てくれたわけじゃないだろうけど、力になってやりたいんだ」


「そうだったか。ノエルのことを大切に思っているのだな」


 ランスロットは、しみじみと、親が子どもを見つめるかのような眼差しを向けた。薄暗い室内でも、その優しい視線はハインツを捉えていた。


「まぁ、ノエルとは付き合いが長いからさ。でも、アンタも大概だろ? ただの従業員が、店主と一緒に夜逃げするか?」


 ハインツは、ずっと気になってましたと言わんばかりだ。


「ノエルと共にいるのは、利害の一致というやつだ。それと、俺の大切な人の家族だから、守ってやらねばと思っている」


 ランスロットは、一人で納得したように頷いている。一方、言われたハインツは、よく分からない様子で首を傾げていた。


「なぁ、それどういう……」


 グルルルルグルルルルゥッ


 ハインツが言いかけたと同時に、廊下の奥から獣の唸り声のような音が聞こえてきたのである。その不気味な咆哮は、ハインツを怯えさせるには十分だった。


「ややややばい! 幽霊がいる!」


 ハインツは震え上がり、とっさにランスロットの後ろに下がった。そしてハッとしたのか、慌てて隣に移動した。


「び、びびってないからな! ノエルに言うなよ!」


「あぁ、分かった。しかし安心しろ、ハインツ。あれは幽霊ではない、霊体モンスターのアンダーテイカーだ」


 ランスロットは至極冷静に、幽霊の正体を分析していた。


 それは、小さい子どものような姿をしているが、アンバランスに大きな鎌を持ったモンスターである。ちなみにアンダーテイカーの主食は、生者の魂と言われている。


「それ、ほぼ幽霊じゃね?」


 と、ハインツは、泣きそうになりながら二刀を抜いた。


「くそぉぉぉ! 行くぞ、悪霊退散!」


 勢いよく床を蹴り上げ、ハインツはアンダーテイカーに斬りかかった。しかし、斬撃は敵の大鎌に阻まれ、鈍い音を立てて弾かれてしまった。


「ちぃっ!」


 ハインツがよろけた一瞬に、アンダーテイカーの大鎌が彼に迫った。


 ギラリと漆黒の鎌が光り、ハインツ自身、「やばい、死んだ」と死を覚悟した。


 しかし、カーンッ! という乾いた金属音が響き、大鎌の一撃は、盛大に弾き飛ばされていた。ランスロットが、神速の勢いでハインツとアンダーテイカーの間に入り、盾で攻撃を防いだのである。


「いけるな? ハインツ!」


 ランスロットは素早く身を引きながら、ハインツの背中をバンッと力強く押した。


「よっしゃ、 喰らえ! 【赤獅子連斬】!」


 瞬間、赤い閃光を纏った二連撃が瞬いた。すると、アンダーテイカーは、ヴァイオリンの弦をキリキリと鳴らすような断末魔をあげながら、白いすす煙となって消滅した。


「やったぜ! ランスロット!」


 ハインツは、喜びながら、くるりと後ろを振り返った。


 しかし、喜びも束の間。


「あぁ。なかなかいい技だったな。見ていたぞ」


 と、労いの言葉をかけるランスロットの槍には、アンダーテイカーが三体、団子のように突き刺さっていたのだ。


「ん? これか? お前の背を狙っていた奴らだ」


 涼しい顔のランスロットを見つめ、いったいいつの間に、とハインツは感服するしかなかった。


「化け物かよ」

「霊体モンスターだ」

「アンタのことだよ!ったく」


 ハインツは悔しさ半分、尊敬半分の表情を浮かべ、ため息をついた。やはり、この聖騎士はただ者ではなかった。是非とも手合わせをしたい……。


 しかしその時、再び獣の咆哮が響き渡ったのである。


 グルルルルゥグルルルルゥッ


「アンダーテイカーが幽霊じゃなかったのかよ!」

「よく考えれば、アンダーテイカーは吠えん!」

「たしかに、吠えてなかった!」


 ハインツとランスロットは、大慌てでその咆哮が聞こえる方へと駆け出した。


「いかん! 外だ! ノエルが危ない!」


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2024年10月12日 08:03
2024年10月12日 12:03
2024年10月12日 18:03

堕ちた聖騎士さまに贈るスペシャリテ〜恋した人はご先祖さまの婚約者でした〜 ゆちば@「できそこない魔女」漫画原作 @piyonosuke

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