第8話 ドーナツと幽霊屋敷①

 ロンダルク領主ホカイドと領主夫人フランは、貴族でありながら近所のおじさん・おばさん感が強い夫婦だ。親しみやすく、領民との距離が非常に近い。そこが彼らの魅力であり、ノエルも「おじ様、おば様」と慕っていた。


「ノエルちゃん、よぉ来てくれた! 従業員さんも、長旅お疲れやね」

「相変わらず可愛いねぇ。元気しとった?」

「ありがとうございます。おじ様、おば様。お二人ともお元気そうでよかったです」


 ノエルは領主夫妻に挨拶をすべく、ハインツに連れられて、領主館に来ていた。ランスロットも一緒である。

 だが、夫妻は畑仕事の真っ最中だったらしく、わざわざ畑からとんぼ返りしてくれたらしい。どおりで泥のついたツナギを着ているわけだ。


 ホカイドとフランは、昔からノエルのことをとても可愛がってくれており、父マルクとの親交も深かった。そのため、マルクの死をたいそう悲しみ、涙を滲ませながら、マルクの冥福を祈ってくれた。


「ノエルちゃん、マルクのこと、ほんに残念だった……。儂らにも祈らせとくれ」

「ありがとうございます。きっと父も喜んでいると思います」


 ノエルは心から二人に礼をいい、頭を下げた。そして、ナイトランドに戻れない事情も話し、期間は未定だが、ロンダルク領にしばらく滞在したい旨を伝えた。


「そんなん、ずっと居てくれたらええわ。儂らは大歓迎だば!」

「野菜も小麦も、サービス価格で売っちゃるよぉ!」


 ホカイドとフランは、大きく頷きながら笑った。

 なんと有難いことかと、ノエルは一安心し、隣のハインツを見やった。しかし、ハインツはといえば、ムッとした表情を浮かべていた。理由は、両親の言葉遣いだ。


「親父もお袋も、そのダサい訛りやめてくれよ! 恥ずかしいだろ!」

「アンタも武者修行に行く前は、訛っとたが! なんが恥ずかしいね!」

「ど田舎丸出しで年寄り臭いんだよ。そんで、過疎地のシンボルみたいでダサい!」

「何処が過疎地じゃ! バカ息子!」


 そうは言ったものの、ロンダルク領民の喋りが訛っていることは普通である。きっとそのうちノエルも聞きなれていくだろう。


 そして親子三人のやり取りを見ながら、ノエルはいいなぁ、と羨ましく思っていた。自分にはもう、家族で言い合いなんてすることは、したくてもできない。


「そういえばノエルちゃん」


 ノエルが物思いに耽りかけた時、ホカイドが言った。


「ぜひお店をロンダルクでやってほしいね。儂らもルブランの味が恋しい。それに最近、たて続きに飯屋をやっとった若者が都会に出てってもうて……。場所はどうするね? うちの方で探そうか?」


「それは、ハインツに紹介してもらったので大丈夫です。今夜、下見に行ってきます!」


 ホカイドの心遣いは嬉しかったが、目星はすでについていた。市場も近く、立地条件は悪くない物件だ。


 そして一番の問題は、今夜確認することとなっていた。


 ***


 その深夜、ノエル、ランスロット、ハインツの三人は、ロンダルク領の問題物件――、通称【ロンダルクの幽霊屋敷】を訪れていた。 


 ハインツによると、ここは元々料理屋と住居が合わさった屋敷だったが、店主に不幸があり、現在は空き家となっている。

 しかし、最近屋敷から、夜な夜な謎の咆哮が響き渡り、周辺の住民たちを恐怖させているという。それ故、幽霊屋敷と呼ばれているそうだ。


「幽霊問題を解決したら、この屋敷はプレゼントするって、亡くなった店主の娘さんが言ってたぜ!」

「屋敷を報酬にするなんて、なんて太っ腹な娘さんなの」


 ノエルは、もう屋敷を貰ったも同然な気分で心を躍らせていた。


 しかも、元々料理屋だったということは、本格的なキッチン設備も備わっているに違いない。


「娘さんは、ロンダルク領を出てるからな。屋敷を放置してたところの幽霊騒ぎで、困ってたみたいだ」

「そっか、なるほど有難いわね。じゃあ、さっそく行きましょう!」


 ノエルは意気揚々と【幽霊屋敷】に入ろうとした。が、後ろからポニーテールをグイッと引っ張られ、よろけてしまった。


「いたっ! ランスロットさん、急に何?」


 ノエルを止めたランスロットは、眉間に皺を寄せて、こちらを見つめていた。


「緊張感のない奴め。中にいるのは、モンスターか、それとも本物の死霊か分からない。そんな場所に、お前を連れて行く訳にはいかん。ここで待っていろ」


「えぇーっ! 私、留守番なの? 」


 ノエルは、もちろん一緒に屋敷に入り、幽霊の正体や、聖騎士の戦いぶりを見学しようと思っていたのだ。ランスロットは、【堕ちた聖騎士】とはいえ、魔王と戦った英雄だ。よく見てみたいに決まっている。


「ハインツ殿と一緒に、ここで待っていろ。中は俺一人で片付ける」

「待てって! オレも行くぜ!  アンタだけに美味しいところは渡さない!」


 ハインツは何故かランスロットに張り合って威勢よく言ったが、首には十字架のペンダントやら、魔除けのアクセサリーをたっぷりぶら下げていた。


「ハインツ、もしかして、怖いの?」

「ばばばバカ言うなよ!」


 ノエルが尋ねると、ハインツはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。しかし、分かりやすすぎる。


「ゆ、幽霊なんて、オレの二刀で真っ二つだ!」


 ノエルは、ハインツが昔から怪談や幽霊の類が苦手なことを知っていた。幼い頃、畑を荒らすイタズラをしたハインツは、母フランの怒りを買い、一晩納屋にお仕置きで閉じ込められたことがあった。


 彼は、その一晩で非常に怖い思いをしたらしく、以来、真っ暗闇がトラウマになり、付随して幽霊が怖いのである。


「ハインツ、無理しないで。私とランスロットさんで見てくるから」

「ノエル。どさくさに紛れてついて来ようとするな」


 ランスロットは呆れた声を出し、ノエルに入り口の前で待機するよう念を押した。


「そんな。私だって、何かしたいです!」

「お前は大人しく、夜食を守っていろ。すぐ戻る」


 ランスロットに厳しく制され、ノエルは、ドーナツの入ったバスケットをぎゅっと抱き締めた。幽霊討伐後に、みんなで食べようと思って作ってきた夜食である。


「ノエル! オレも行ってくるからな!」


 結局ハインツも行くようで、ノエル一人が留守番となった。


「早く終わらせてきてくださいねー!」


 残念で悔しい思いでいっぱいのノエルは、ランスロットとハインツの背中を見送ったのだった。

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