十
りいん、りいん
と音が鳴る。
「それでは失礼いたします」
「いつもご苦労さん」
たづは、最後まで涙を流すことはなかった。
それでも、乾いた秋の風がほんの少し、土の湿り気を帯びているように、彼女の瞳には少しばかりの潤みがあった。
死神たちは相変わらず感情を感じさせなかったが、それでもその瞳を確かに見ていた。そして、ゆっくりと元の道を戻っていく。死に包まれた少年――あの男の生まれ変わりを連れて。
「……続きを織ろうかねえ」
行列が見えなくなるまで見送って、たづはゆっくりと伸びをした。さらりと長い黒髪が、安堵したように広がる山の匂いの中で、はらりと広がる。
そのまま彼女は戸を閉め、機織り機の前に座った。作業がどこまで行っていたかを確かめ、足を踏み木にそろえ、杼を手に取る。
ぎい、ばたん
機織り機が音を立てる。たづはいつも通り、しなやかな手つきでそれを操っていた。
滑らかな機織りの音。山を吹きしく風の音。木々のざわめく音。それに巻き上げられた枯れ葉の音。虫の涼やかな音。遠くを飛ぶ鳥の音。
すべてが混ざり合って、墨黒の「反物」に織り込まれていく。生きとし生けるもの、その生を閉じる「反物」を織ってゆく。山を覆い尽くす淋しい蔭に似た黒を持つそれは、生き物の魂を静かに包み込む。杼につなげた「糸」は、蝋燭の灯りの中にぼんやりと浮かび、乾いた不気味さと淋しさをもって輝く。
ぎい、ぎい
それを見つめながら無心で杼を滑らせていると、時折風がひゅるりと吹いて、機織り機がきしんだ。山は冷えるのが早い。
りいん、りいん
と音が鳴る。
行列が遠のいたとはいえ、その音はまだかすかに聞こえていた。
あの「布」に包まれた者がどうなるのか、それをたづは知らない。ましてや、生まれ変わりを繰り返す者はどうなるのかなど、わかるはずがない。そこは死神の管轄で、たづのそれとは交わらない。「布」の使い道が終わった後のことなど、知ったところでまるで役に立たない。この先も、死神に聞くつもりなどなかった。
だから、機織りの時の考え事に留めることにしようと、たづは決めていた。
彼はまた、どこかで生まれ変わるのだろうか。
今生のように、人にもなれず、鳥にもなれず、儚く死んでしまう定めなのだろうか。
わからない、とたづは思う。
自分には知る由もないし、知ったところでどうするわけでもない。
ただ、何となく感じていることはあった。
それは、「反物師」として死に触れ続けてきた勘なのか、一度彼と縁を結んだからか、わからないけれど。
いずれにしても、予感めいたものをたづは覚えていた。
天に赦されるまで、ふたりは「罪滅ぼし」を続けるのだろう。
幾度も巡る秋の中で、生と死の、人と鳥のあわいを行くのだろう。
りいん、りいん
と音が鳴る。
死の行列が、山を行く。
山蔭の織物語り 市枝蒔次 @ich-ed_1156
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