第19話 裏切り者め

 ぶぅぅぅぅぅううぅぅぅぅん――。


「「……」」


 車内に気まずい空気が流れる。

 運転席には、何度か見たことがある執事服の女性が座り、後部座席に俺と九条院さんが座っている。


「あの、九条院さん」

「なに?」

「近くないっすか」


 後部座席は3人は余裕で座れるほどゆとりがあるのだが、なぜかぴったり俺の横に九条院さんは座っていた。


「それで、なにを悩んでいるの?」

「え? スルー?」

「?」


 まるで「なにか問題が?」とでも言いたげな表情で、九条院さんは首を傾げた。じゃあ、もういっす。


「あー……なんていうかですねぇ……気になる人がいるっていうか」

「私のこと? 嬉しい。ありがとう」

「違います」

「そう。残念。悲しい」


 本当にそう思ってるのか疑わしいくらい無表情である。


「と、友達……なんすけどぉ」

「好きなの?」

「好き!? とか、では……ない……かなぁ~?」

「勝った」


 なにと張り合っているのだろう。とりあえず、九条院さん? 勝ち誇ったかのように、ピースするのはやめてください?


「君は、なにを悩んでいるの?」

「……好きになっちゃいけない相手を好きになってしまった的な? 感じですかね」


 言うと、「ぶふっ!?」と運転席から吹き出す声が聞こえた。それから「まさか生徒と先生の禁断の!?」などと、壮絶な誤解を受けた。


「違います」

「おっと、失礼……聞こえていましたか」

「はい」

「生徒と先生ではないとなると、近親ですか」

「それも違います」

「……」


 執事さんは「そうですかぁ」とどことなくつまらなさそうにハンドルを回す。


 この人、ゴシップとか好きそう。


「よく、分からない」

「九条院さんはそういう経験ない感じっすか? 好きになっちゃいけない人を好きになって、この気持ちをどうすればいいか分からない……みたいな」

「ない。けど、私ならこうする」


 言いながら、九条院さんが俺の手を両手で包み込み、真っすぐ目を見てこう続ける。


「好き」

「九条院さん、直球っすね」

「気持ちは伝えられる時に、伝えておかないと後悔するから」

「け、けど、伝えて後悔することだってあるんじゃ?」

「?」

「たとえば、気まずくなって会えなくなるとか……」

「私から会いに行くから大丈夫」


 この人強い。


「君は、臆病なんだね」

「!」

「君は、その好きな気持ちを諦める理由を探してる。違う?」


 図星だった。


「諦めた方が、お互いのためっていうか」

「それは諦める理由を正当化しようとしているだけ」

「……」


 なんでもお見通しなのだろうか。


「なんでもお見通し」

「!」


 エスパー!?


「その気持ちは伝えられる時に伝えないとダメ。いつなにが起こるか、分からないんだから」

「……九条院さんは、伝えられなかったことが?」

「うん、両親に。私が小さい時、事故でいなくなった」

「すみません。不用意に聞くべきじゃなかったですね」

「ううん、聞いて欲しい。私が思っていることを少しでも君に届けたいから」


 九条院さんが俺を見る目は、どこまで澄んでいて、どこまでもまっすぐで――目をそらしたくなった。


 美形すぎるから!

 顔がよすぎるぜ!


 それに、こんなに力強い瞳を見続けると、自分の弱さを思い知らされるから。


「両親のこと大好きだった。けど、私はそれを伝えられなかった。それどころか、事故の前は2人に嫌いとまで言った」

「……」

「事故のあった日は、私の誕生日。2人は仕事で忙しくて、帰ってこられないって電話だけしてきた。それに腹を立てた私は家出したの。といっても、子供の足で行ける場所は限られてるけれど」

「それから、どうなりました?」

「仕事で帰れないはずの両親が帰ってきてくれた。サプライズで私を喜ばせるために、嘘をついたんだって。でも、私が怒って家出したことを知って、迎えにきてくれた。2人は私を見つけると、駆け寄って抱きしめようとしてくれて……信号を無視したスポーツカーに」


 九条院さんの表情は変わらない。けれど、運転席からはわずかにすすり泣く声が聞こえた。それは泣くことができない彼女の代わりに、涙を流しているように思えた。


「だから、修太朗。大切な気持ちほどしまっていてはダメ」

「……はい」


 まだどうするべきかは考えるが、九条院さんのおかげで少し落ち着いた気がする。


「分かったなら、いい」

「あ、ありがとうございました。相談に乗ってくれて」

「ううん。それより、私の告白の返事は」

「今その話をしますか」

「したい」


 このタイミングでその話題かぁ~。

 頭パンクするわ。


「えっと、お、俺、他に気になってる子がいるのでぇ……」

「じゃあ、2番目でいいから」

「2番目!?」


 ぶぅぅぅぅぅうぅぅん――。


「さあ、駅につきましたよ」

「あ、ありがとうございます!!」


 執事さんの鶴の一声を聞いて、俺は逃げるように車から降りる。


「残念」

「く、九条院さん? 2番目なんてそんなのダメに決まってんじゃないすか」

「私はいっこうに構わない」


 嘘だろこの人。倫理観とかどうなってんだ。


「考えておいて欲しい」

「考えないから」

「……そうだ。ちょっと」

「?」


 こいこいと手招きするので顔を寄せると、九条院さんは素早く俺のネクタイを掴んで自分のもとへ引き寄せるやいなや、そっと頬に唇を落してきた。


「( ゚д゚)」

「それじゃ」


 ぶぅぅぅううぅぅぅぅぅぅん――。


「( ゚д゚)」


 あの人、大胆にもほどがあるくねぇか???


「修太朗……くん?」

「え?」


 聞き慣れた声に、振り返ると、そこにはじゃがばつくん片手に立ち尽くしている揚羽の姿があった。


「あ、揚羽? どうしてここに……」

「いや、あの……今日は君が予定あるっていうから、1人で暇を潰そうと思って……それより今、九条院さんの車から出てきたよね……?」

「え? あ、いや……それは……」

「それに今、ほっぺにちゅって」

「それはほらあれだよ! 外国じゃチークキスなんて挨拶みたいなもんじゃあないか。な? 普通のことだよ、うんうん」

「ボクに黙って、九条院さんと会ってたなんて」

「いやいや!? 九条院さんとはたまたまばったり出くわしただけでな!? ご厚意で、車でここまで送ってもらったっていうかね!?」

「彼女が君のこと好きって分かってて、それでも車に乗ったってことだろう……?」

「え」

「つまり、彼女に迫られて満更でもないってことだよね?」

「……」

「……修太朗くんの裏切者」


 そう言って、揚羽は踵を返して去ってしまった。

 取り残された俺はというと――。


「/(^o^)\」


 頭を抱えて、その場で立ち尽くしていた。



あとがき


すまぬ。わい、また熱が出てしまって……来週の更新は期待しないでクレメンス。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちょうどいい距離感だった女友達が、最近距離感バグってる 青春詭弁 @oneday001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ