第18話 いやいや、そんなバナナ

「んーーーー」


 カーテンの隙間から差し込む月明りだけが頼りの暗い部屋。俺が虚空をじーっと見つめながら、ベッドに入ってからすでに1時間が経過。


「寝れん」


 睡魔の”す”の字もない。


「まあ、監禁未遂事件があったばっかりだからなぁ」


 そりゃあ寝れないよな。


「……」


 嘘である。ぶっちゃけ、そんなことは些細なこと。俺が眠れない原因は別にある。そして、俺はその原因をすでに突き止めている。


「揚羽……」


 目を閉じて、暗闇の中に身を預けると、揚羽の顔が脳裏にぷかぷか浮かんでくるのだ。


 雫が落ちて、波立つ湖面が落ち着くと、揚羽の顔が浮かんでくる。それをかき消そうと、再び波立たせてもまたしばらくすれば、揚羽が「やあ!」と浮かんでくるのだ。


「やっぱり、俺は揚羽のことが」


 いやいや、そんなバナナ。

 俺が揚羽のことを意識しているなんて、バナナな話があるわけがないだろ、バナナ的に考えて。


 もう寝よう。そうだ。頭を空っぽにするんだ。


「……」


 あ、また揚羽が「やあ!」と現れた。ちょっとイライラしてきたぜ。


 俺は頭の中に浮かんできた揚羽の顔に石ころをぶつけてやる。揚羽は「ひどくない?」と言いながら、再び姿を消した。


「分かった。おーけー」


 変に否定するから、逆に意識してしまうのかもしれない。嫌いなやつほど逆に気になっちゃうみたいな。嫌いな癖に、ずーっと粘着するアンチ思考みたいなもんだ。


 ここはいっそ認めるべきところは認めてしまおうじゃないか。


Q:俺は揚羽のことを異性として意識している。

A:いえす。


Q:俺は揚羽のことが好き。

A:いえす。


「いえす!?」


 え、俺って揚羽のこと好きだったですかぁ!?

 我ながら二重人格を疑うレベルの衝撃である。


 ま、まあ、今は細かいことは気にしない。もう少し自問自答して、頭の中を整理しようじゃないか。


Q:俺は揚羽のおっぱいが好き。

A:いえす。


 そうか! 俺は揚羽のおっぱいが好きだったのか!


「……」


 いや、Qくんさぁ。なにを聞いてんねん。俺の株が下がるような問いを投げかけるなよ。


 ほら、俺のイマジナリー揚羽が「ライン超えです」と100円を要求しているじゃないか。


「というか、どう考えても俺……」


 揚羽に惚れちゃってるじゃん。


 もうこれについては、疑いようもない事実であった。



 翌日。

 結局眠れなかった俺は、電車内であくびをしながら、うつらうつらといまだに揚羽のことを考えている。


 好きだということは認めよう。

 ただ、だからなんだという話。


 俺と揚羽は”友達”なのだ。「絶対恋愛しない同盟」という同盟すら組んでいる。そして、お互い好きにならないように、ラインを定めたはずじゃあないか。


 だから、俺がこの気持ちを伝えるつもりはない。揚羽とは今の距離感でいいんだ。今のままで。


「そうそう……だから、俺が揚羽を好きになったとしても、今までとなんら変わらないさ」


 俺はそんな感じでまとめながら、学校の最寄り駅で降りて、改札をくぐる。すると、「きたきた」と聞き馴染みのある声が聞こえた。


「やあ、おはよう」

「この野郎!」

「え、なんで急に怒ってる……?」

「昨日、その『やあ』で眠れなかったから思わず」

「なんか理不尽に怒られている気がする」


 閑話休題。


「昨日の今日で、少し心配だったけれど、大丈夫そうでよかったよ」

「お、おう……昨日は本当にありがとうな」

「ボクよりも九条院さんの方が活躍していたけれどね。それより、君さ」

「なんぞや」

「なんでさっきからずっとこっちを見ないの?」

「……」


 並んで通学路を歩き始めてからずっと、俺は右隣の揚羽を見ないように左の方を見ていた。


「あー……ちょっと寝違えてな。そっち向くと首が痛いもんで」

「ふーん? じゃあ、そっちに行こうかな」

「ぷいっ」

「ちょっと。なんで今度は右を向くのかな? ボク、今左に移動したばかりなんだけど」

「首を寝違えたもんでな。そっち向くと首が痛いんだ」

「さっきは右で、今度は左かい? 君、言ってることがおかしいんじゃないかな?」

「そ、そうか?」

「なにかあったのかい?」

「……」


 まずいぜ、こりゃ。めちゃくちゃ怪訝に思われている。こんな挙動不審じゃ当然だ。


 けど、しょうがないじゃないか! なんかすっごい意識しちゃって! 目を合わせたらまともに喋れる自信がない!


「まあ、いいけれどね」

「お、おう」


 思いのほか追及はそこで止んだ。

 俺が触れて欲しくなさそうにしていたからだろう。揚羽はそこら辺のラインを軽々飛び越えてこないのが救いだ。


「そういえば、今日の放課後はどうしようか? またどこか食べに行くかい? なんだったら、ボウリングとかカラオケとかどうだろう?」

「!?」


 いきたい!


 めちゃくちゃ行きたいいぃぃぃぃぃ。


「あー……きょ、今日は……ちょっと予定がな」

「え? あ、そうかい? なら、仕方ないね。また別の機会にしようか」

「す、すまんな」

「ううん。気にしないで」


 ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉお!

 本当は俺だって行きたいよ!


 けど、今2人きりでそんなことしたら、うっかり告白して玉砕して、明日から学校を休むことになってしまう!


「はぁ……」


 すまねぇ、揚羽。俺は友達失格だ……。



 そんなこんなで四六時中、揚羽のことを考えていたら、気づけば放課後になってしまった。


「ふらふら」


 寝不足で足取りがふらふらするぜ。


「てか、なんか1人で帰るのも久しぶりな感じがするなぁ」


 1人きりの放課後。揚羽と仲良くなってから、そこまで時間が経ってないというのに。揚羽が隣にいないというだけで、途端に寂しさがこみ上げてくる。


 俺はどんだけ揚羽が好きなんだ。


「どうすっかなぁ……このまま避けるわけにもいかねぇし」


 どこかでこの気持ちにちゃんとケリをつけないと。


「今日、1人?」

「え?」


 急に声をかけられて振り向くと、黒塗りの車の窓から顔だけを出した九条院さんがそこにはいた。


「あ、九条院さん! 昨日はどうも……」

「別に。それより、揚羽は?」

「あー……今日は、よ、用事が」

「そう」


 よりにもよって、今この人と会っちゃうとはなぁ。

 俺、一応この人に告白(?)されてるんだよなぁ。揚羽のこともあるし、なんか頭痛いぜ。あ、これは寝不足なだけか。


「なにか、悩み事?」

「え?」

「そんな顔をしている」

「えっと、まあ。そっすね」

「よかったら乗っていく?」

「はい?」

「送るついでに、私でよければ相談に乗る」

「けど」

「お礼」

「?」

「猫の。まだだったでしょ?」

「だから、その件な気にしないでくださいって! だいたい、それは昨日助けてもらったことで帳消しでしょう?」

「昨日助けたのは、私が君を助けたかったから。お礼とは別だけど?」

「……」


 この人、義理堅いな本当に。


 正直、この人と車内の狭い空間で一緒っていうのは落ち着かないが…例の告白のこともある。それに、誰かに相談したら揚羽のこと、解決できるかもしれないしな。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺は九条院さんの車に乗ることにした。

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