第49話
陸くんは残り少なかったグラスの中身を飲み干すと、トンと音を立ててテーブルに置いた。
「俺さ、晴と再会したら言おうって決めてたことがあるんだ」
「何?」
陸くんは真面目な顔で私を向いた。
「晴」
陸くんが硬い声で私を呼ぶ。
私は彼から目が離せない。
「俺たち、付き合わないか」
私は反射的にテーブルに置いたお守りをぎゅっと握りしめた。
これはもう癖だ。
気持ちが揺れそうになると無意識に握りしめてしまう。
いや、でも、これは。
「風、が」
抑えきれないギフトが暴走する。
ぴゅう、と店内に風が駆け抜ける。
遠くの席で誰かが、大将、エアコン効きすぎてない? と言ったのが聞こえた。
陸くんは腕を伸ばして、お守りを握る私の手に自分の手を重ねた。
「これで大丈夫」
風はすぐに収まった。
誰かに触れていると風は起きない。
私を包む陸くんの手のひら。
温かい。
あの日、マコちゃんの家に行ったときに初めて触れた、あの骨張った陸くんの手の感触を思い出す。
「……陸くん、彼女とかいるでしょ?」
「いたらこんな話しない」
陸くんは真剣なように答えた。
「晴は? そういう人、いる?」
じっと見つめられるとたじろいだ。
「いない、けど……」
陸くんはほっとしたように長く息を吐き、よかった、と呟いた。
「晴、返事も聞かないまま言い逃げするんだもんな。まいったよ」
はは、と陸くんは困ったように笑った。
「マコの家に行った日の帰り、クリスマスに一緒に過ごしたいやつはいるかって聞いたの、覚えてる?」
私はまごつきながら、小さくうん、と頷いた。
「俺、いるって言ったけど、あれって晴のことなんだぜ」
ぶわ、と全身が熱くなるのが分かった。
心臓が脈打つ。
音が伝わってしまいそうなほどに。
きっと私はいま、耳まで真っ赤に違いない。
「晴の手を握るのだって勇気を出したんだ。浮かれて、ずいぶん一方的に話しちまったけど」
陸くんも顔が赤い。
まさか。
こんなことって。
「陸くん、酔ってるよね?」
「今日はノンアルオンリー」
私はいよいよ逃げ道を塞がれた。
顔が火照って熱い。
とても信じられなかった。
頭がふわふわする。
夢じゃないかと思った。
ビール一杯で酔い潰れるほど、私はお酒に弱くなかったはずだけど。
なあ、と陸くんは言う。
「いま晴の心が乱れてるってことは、俺と同じ気持ちだって思ってもいい?」
私は泣きそうになる。
ずっと好きだった。
大好きだった。
河原で喧嘩したことも、公園でキャッチボールしたことも、手を繋いで歩いたことも、頑張れって応援してくれたことも、ぜんぶぜんぶ、昨日のことのように思い出せる。
思い出せるのは、忘れられないからだ。
「好きなんだ、晴のことが。高校生の頃から、ずっと」
陸くんは言った。
制服姿の彼が重なる。
野球が好きで、真っすぐで、優しくて、いつだって私に勇気をくれた彼が、いままた私の目の前にいる。
あまつさえ、私のことが好きだと言ってくれる。
「晴は?」
陸くんは尋ねた。
私ははく、と意味なく口を動かした。
彼は私の声が出るのをじっと待っている。
「……私も好き」
私は掠れそうな声で正直に答えた。
「今もずっと、陸くんが好き」
私たちの周りを温かい風が巡る。
ふわ、と彼の髪がたなびいた。
「旋風」のギフトは悲しくても嬉しくても現れる。
あらゆるギフトを知り尽くした彼なら、きっともう分かっているんだろう。
抑えきれない感情が、ふわりと私たちを包みこんだ。
「いま、そよ風が吹いた」
陸くんは嬉しそうに笑って、握った手を絡ませた。
◇終◇
いま、そよ風が吹いた 森野羊 @ppyagi3
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