第48話

お待たせしました、と注文した料理が運ばれてくる。

私たちはそれぞれ取り分けて、陸くんの分けてくれたお皿と交換して箸をつける。


「陸くんは最近どう?」


私が話を振ると、陸くんはうーん、と唸った。


「社会人5年目ともなると後輩も育ってきてさ。負けてらんねえって気になる」


焼き鳥を頬張りながら彼は答えた。

ほっぺたがリスみたいに膨らんでいる。

負けず嫌いは相変わらずだ。


「あと、ギフトを持ってる奴限定の草野球チームに入ったんだ。俺、ピッチャーなんだぜ」


「すごい!」


だろ、と陸くんは得意気に笑う。


「今度試合するんだ。晴も来いよ」


行く! と私は即答して、スマホのスケジュールアプリに予定を加えた。

またあの豪速球が見られると思うとわくわくした。

それ以上に、陸くんがまた好きな野球の世界に戻れたことがたまらなく嬉しい。


「晴は? 仕事楽しい?」


トトン、とスマホ上で滑らせていた手が止まる。

私。私は。


大学も、社会人になってからも、予想した通り一筋縄ではいかなかった。

ギフトを持っているというだけで特別視され、理不尽もたくさん味わった。

失敗もした。

でも、優しくしてくれる人も確かにいた。

大事にすべきはそういう人たちで、悪意をぶつけてくる人に構うほど、私は暇ではなかった。


「いろいろあるけど、概ね楽しい、かな」


私はスマホをしまう代わりにポケットからハンカチを取り出し、テーブルの上でそっと開いた。

中には学業成就のお守りと、1枚の紙吹雪。

陸くんはそれを懐かしそうに目を細めて眺めている。


「もう受験は終わっただろ」


「でもこれは、ずっと私のお守りなの」


陸くんにもらった学業成就のお守り。

苦しいことがあったとき、私はこれをハンカチ越しにぎゅっと握ると落ち着いた。

どこかで陸くんも頑張っている。

その事実が、いつだって挫けそうになる私を奮い立たせた。


「陸くん、卒業アルバムになんて書いたか覚えてる?」


私は陸くんを見上げた。


「覚えてるよ」


陸くんは即答する。





――病院で待ってて 陸





陸くんはアルバムの端に、絶対に消えない黒の油性ペンで力強くそう書いた。


「晴は?」


頬杖をついた陸くんは聞き返した。


「覚えてる」





――病院で待ってる 晴





「私たち、同じこと書いてたね」


「家帰って読んでさ、笑っちゃったよ」


私も同じだ。

くすっと笑えて、そのあとちょっと泣いた。

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