イース~高校生探偵達の事件簿~

海老石泥布

第0話 ~心臓抜き殺人事件・発生~

 その日は、雨の降る夜だった。

 都内某所、人通りのない路地裏の袋小路の奥である。二人の男性警官が、蒼白な顔で会話している。

「うわ……。おい、何だよこれ……」

「うっ……。冗談だろ……?」

 そういう二人の視線は、同じものに向いていた。

 白衣を着た男の遺体。

 男の白衣は大量の血にまみれ、素人目にもそれが遺体である事は明らかだった。特に胸元の出血量は著しいが、体中の各所に血が滲んでいる。しかし、それだけでは無かった。

 胸元に、ぽっかりと穴が空いている。

 遺体の胸部は深くえぐられ、そこに位置していたであろう体の組織が、何もかもが削り取られていたのだ。

 警官二人はその部分から目を逸らし、互いの顔を見合わせる。

「と、とりあえず現場を保存するぞ……。これから更に雨が強くなるかも知れないから、早くしないと……」

「そ、そうだな……。あ、そうだ。実は、さっき上からの連絡があったんだ。"ここにもうすぐ公安の人間か来るから、後はその人の指示に従え"ってさ」

「何だと? 公安?」


「──もう、来てるわよ」


 この袋小路に至る道、暗い空間の向こうから女の声が響いた。二人の警官の視線が、同時にそちらへと向く。

 黒に近い群青色のスーツを着た、若い女が暗闇の向こうから現れた。年齢は20代半ばといったところだろうか。女は傘を差しており、その傘に隠れて表情は窺い知る事ができない。

 スーツの女の横に、もう一人いた。

 それは白いワイシャツを着た、鋭い目つきの──少年だった。

 少年は警官二人を一瞥いちべつすると、無言で女のそばを離れて──白衣の男の遺体のすぐそばへとしゃがみ込んだ。

「あっ。ちょっと、君……」

 警官の一人が声を掛けるが、少年は無反応だった。少年のワイシャツに、先ほどより強まった雨粒が降り注ぐ。

「──目羅めらさん」

「はい、何かしら? ──御砂みさごくん」

 少年がスーツの女性に呼びかけ、それに女性が間髪入れずに応答した。

「断言は出来ないが、こちらのご遺体は──"心臓"が摘出されている可能性がある」

「心臓? 嘘でしょ……」

「おそらくだが、胸部を切開したのち肋骨を刃物類で切除し、その後で心臓に繋がる8本の血管を切断して心臓を取り出したと推察される」

「何よそれ? どういう事?」

「いや、正確にはもっと多いか。右肺静脈と右肺静脈をそれぞれ二本、右肺動脈と左肺動脈、それに下大静脈、下行大動脈。上大静脈に大動脈弓と──上行大動脈だな。間にある3本は切られていないように見えるが」

「ちょっと何言ってんのか分かんないわ。っていうか、見ただけでそういうの分かるの? 御砂くんってお医者さんだったかしら」

「違う。俺の年齢では医師にはなれない」

「そうよね。あなた──まだ18歳だもんね」

 会話する二人の背後で、警官二人が再び顔を見合わせる。

「目羅さん、この一件は御覧の通り只事ただごとではない。公安の、"ブルーホーク"が指揮を執るべきだ」

「そのつもりよ。私はその命令を受けてここに来た訳だし」

「そうだったな。なら、後は任せよう」

「あら、もう帰るの?」

「これから現場保存だろう。餓鬼ガキが警察のお邪魔になってはいけないからな」

「ガキって、18歳は法律上は成人だけど」

「まだ社会に出てもいない高校生なんて餓鬼も同然だよ。──目羅さん、また後で会おう」

「ええ。後で行くわ。にね」

 少年は静かに立ち上がると、きびすを返して歩き出す。

 立ち尽くす警官二人の横を通り抜け、そのまま路地の向こうに消えた。

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