ぶりっ子が可愛さをかなぐり捨ててアタックする話

音塚雪見

ファミレスでの一幕

 女の子と一緒にご飯を食べる。

 


 俺のようなモテない男子高校生には夢のまた夢みたいな言葉であるが、どういうわけか現在、その状態になっていた。



「はぁ、ホント最悪」

「そっすね」

「聞いてる? あのキモい男のこと」

「聞いてる聞いてる」



 目の前に座るのは可愛らしい少女。

 お洒落に軽くパーマのかかった茶髪を鎖骨の辺りまで伸ばしていて、不満げに尖らせた唇は瑞々しい。



「マジで最悪だわ。思い出しただけでも鳥肌立つ」

「それな! わかるぅ〜」

「告白されたこともない童貞が理解したフリしないで」

「――はい……」



 そんな言い方しなくても。

 事実は人を傷つけるんだぞ。

 もしくはあれだろうか、童貞は人間だと思っていないのだろうか。



 ドリンクバーで適当に混ぜてきたせいで不味いジュースを飲みながら、俺は頬杖をついた。暇つぶしに少女――小芝こしば綾香あやかを眺める。



「なに?」

「いやぁ、荒れてるなと」

「肌が? 殺すわよ」

「機嫌がだよ」



 尖りまくった凶器みたいな言動をしているものだ。

 あるいは凶暴になりすぎた小動物。



 見た目的には小動物と表現しても違和感がないかもしれないが、中身を考慮すると小動物どころか化け物の類なので、俺は彼女のことを敬意を込めて「着飾ることを覚えたゴリラ」と呼んでいる。



 もちろん心のなかでだ。

 バレたら身に危険が及ぶ。



「――まぁ、それもこれも私が可愛すぎるのが悪いのよね。すべては美しく生まれてしまった私の罪。原罪ってやつよ」



 小芝綾香はナルシストだった。

 いや、それは正確ではない。

 より正確に言うのであれば、自分の容姿のよさを自覚してしまった美少女だ。



「はいはい可愛い可愛い」

「誠意が感じられないわ」

「誠意もなにも……」



 俺は半眼を向ける。



「幼稚園の頃からの仲だろ。数え切れないほど言ったけど、まだ言われたりないの? そうじゃなくても他の人にめちゃくちゃ褒められてるのに」

「あればあるだけいいの」

「さようか」



 綾香と俺――羽金はがねしょうは幼馴染である。

 しかも家が隣同士で、幼稚園から高校まで同じ。

 こいつストーカーじゃねえの? と思ったことは何度かあるが、その度に「アンタが付きまとってきてるんでしょ」と言われていた。



「これで告白何件目だと思う?」

「さぁ……十とか」

「おしい。百二十よ」

「桁すら違うじゃねぇか」



 どうして自分のようなモテない男子高校生が美少女とファミレスで食事をしているのか。



 その答えは彼女が告白されたからだ。

 通算百二十件目。

 いまだ綾香を攻略した者はいない。



「なんで付き合わなかったんだよ。噂によるとサッカー部のイケメンな先輩から呼び出されたらしいじゃん。皆きゃーきゃー騒いでたぞ」

「嫌ね出歯亀って。人の色恋沙汰に首を突っ込むとか」

「そりゃ毎回毎回、愚痴に付き合わされるこっちの身にもなれ……!」



 私みたいな美少女とお話できるんだから、むしろ泣いて喜ぶべきでしょ。アンタじゃ一生できない経験よ。

 と綾香は鼻で笑う。



「童貞にはこの論理、わからないかしら」

「はぁ? 童貞じゃねーし」

「彼女もいないくせに」

「作ろうと思えが一瞬だが??」

「消えるのも一瞬ね」



 クソが。

 自分はモテるからって。



 安全圏から責めるだけの彼女は目を細めて、そっと口元に美しい白い手を添えた。



「ところで」

「ん?」

「アンタ童貞でしょ?」

「なぜ続けるんだ……」

「気になるからよ」



 綾香は腕を組む。

 まるでなにかを気にしているかのように、こめかみには力が入っていた。



「……あ、なるほどね」

「…………嫌な予感がするわ」

「だってお前も処――」

「えい」

「痛ってぇ!!」



 思い切りすねを蹴られた。

 お前、弁慶さんですら泣いてしまう場所を……!

 可愛ければなんでも許されるわけじゃないんだぞ!!



 困ったらすぐに暴力に頼るからいけない。

 だからコイツは着飾ることを覚えたゴリラなのだ。

 時代が時代なら綾香の基本語彙は「ウホ」か「ウホホ」だけだっただろう。



「なにか失礼なことを言われた気分だわ」

「気のせいだろ」



 なかなかに鋭い。

 彼女は絶対零度の視線を向けてきた。

 しかし長年の付き合いであるから、あまり怖くない。



 俺はまるでなにも考えていないかのように澄ました顔を晒して、適当にメニュー表を眺め始めた。



「翔」

「ん」

「私が注文してあげる」

「綾香が? 明日は傘持ってかないとな……」

「その前に血の雨を降らせてあげるわ」



 彼女は注文する用のタブレットを掴むと、熟練の暗殺者のように、それの角を構えて――!



「わかった。降参する」

「今後は失礼のないように」



 それ自分に対して言うやついる?



 傲岸不遜のゴリラ様であるところの綾香は、ふんと鼻を鳴らしてタブレットを弄り始めた。とは言ってもすぐに決まるだろう。このファミレスには何度も足を運んでいる。大体の場合は同じ商品を注文しているのだ。



「翔」

「ん」

「アンタはお子様セットでいいわよね」

「ハァ?」



 なにを言ってるのだろうか。



「あら、お子様セット食べないの?」

「食べねぇよ、この歳で」

「ごめんなさい、てっきり……」



 そう言って彼女は机の下に視線をやった。

 正確には俺の股間のあたりに。



「でも息子さんは食べたそうだけど」

「こんなのでも大人だからな」

「大人? 失礼ですけど小人族の方で?」

「お前ライン越えだからなそれ」



 しかも綾香が俺の股間のサイズに対して確信できる情報は、何年も前に一緒に風呂に入ったときのものである。あれは小学生低学年の頃だったか。あのときに比べれば遥かに成長してるから。



「ふっ」

「テメェ表出ろや」

「哀れね」

「――今日という今日は許さん」



 俺は激怒した。 

 必ず、かの邪智暴虐のゴリラを除かなければならぬと決意した。



 そのとき。



「ご注文の品、お待たせいたしました〜」

「ありがとうございますっ」

「…………」



 そっと腰を下ろす。

 店員さんの前で戦争をするわけにはいかない。



 人が変わったかのように「きゃぴきゃぴ」と笑い始めた綾香に、相変わらず恐ろしく早い変化だなぁ……と肩を竦める。



 そう――つまりは。



 古今東西どこを見渡しても存在しないような最悪のゴリラである綾香だが、それでもなおモテまくる理由というのは、彼女の普段の言動に詰まっていた。人畜無害を装い小動物に扮し、見た目どおりに美少女らしく。



 もはや詐欺だろと意見申し上げたくなるが、俺のような陰キャの言葉など黙殺されてしまうので、泣く泣く従うしかなかったのだ。



「――カァ、疲れるわ」

「うわ親父みてぇ」

「殺すわよ」

「あまり強い言葉を使うなよ……」



 続きを発する前に、口にポテトが詰め込まれた。

 真っ白な彼女の指が掴んでいる。

 揚げたてのそれを。



「熱っちぃ!」

「天罰よ」

「お前が下したんだろうが!!」

「つまり私が神ってこと? さすがに照れるわ」

「紙みたいな倫理感しか持ってないの??」



 どうしてこんな化け物が生まれてしまったのか。

 小芝家とは小さい頃から付き合いがあるが、ご両親のことを考えると、綾香のような存在が発生する土壌などないように思える。



 ナチュラルボーンゴリラ……というわけなのだろう。



 ゴリラ以外になれなかった哀れな女。

 いや俺に被害を及ぼしまくってるから、全然哀れじゃないわ。



「翔」

「……ん?」

「ストレスが解消されないわ」

「お前散々付き合わせといて、それ言う?」

「だから二回戦と行きましょう」



 はぁ……と俺はため息をつく。

 何度も見た光景だからだ。

 


「あのさ」

「なに?」

「『アンタみたいな童貞野郎と一緒に過ごしてると、私の類まれなる美しさが陰るじゃない』とか普段言ってる割には、俺の部屋に来ること躊躇しないんだな」

「聖なる光で浄化されるから」

「人の部屋のことなんだと思ってるの?」

「汚部屋」

「そこまで酷くない」



 酷くないよな?

 まずい、自信がなくなってきた。

 全部綾香のせいだ。



 結局、彼女は俺の部屋にむりやり上がり込んで、ちょうどプレイしている途中だったレースゲームで遊んでいった。ほとんど取り柄のないこちらとしてはゲームですら負けると立つ瀬がないので、当然勝利したぜ。綾香には枕を投げつけられたが。



 ぷりぷりと背中を怒らせながら部屋を出ていく彼女を眺めながら、椅子の背もたれに体重をかけ、天上を見上げる。



 ――まぁ、これは、つまるところ。



 こんな冴えない陰キャ野郎と、なんの因果か幼馴染になってしまったぶりっ子美少女とが織りなす、取り留めもない物語なのだろう。



 しらんけど。

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