第1話 操り人形

1話:操り人形


「言う事を良く聞く、良い子になりなさい」

と、母は言った。

「可愛く、旦那に尽くせる人になりなさい」

と、父は言った。

「誰よりも立派な死神になりなさい」

と、両親は言ったーー


 「はい。」

と、素直に返事をするのが、私の役目だ。

暗い顔は一切見せず、齢15まで磨き続けた完璧な笑顔を両親に向け、口を開けずに微笑んでみせる。

上目遣いで、ちょっと首を傾けて。

私が、従順で、人の言う事をよく聞く良い子で、決して裏切らないように見えるように。

…なんて、そんなこと言っても裏切る気なんて一切ない。

私は両親のーー彼らの、『操り人形』なのだから。


***


「ファンシュ、人を狩るのにはこうするの。」

「はい、お母さま。」

人の魂が狩られる瞬間が目の前に映る。

人間は生気が無くなり、顔は白くなった。

魂は空へと上がり、消えていく。

それをしっかりと目に焼き付けた。

そうしないと、お母さまの機嫌が悪くなるから。

大鎌の刃先を指でなぞりながら、お母さまは振り向いた。

「あなたも、早く立派な死神になるのよ?」

ーーミモラス家の恥にならないように、と一瞬目を光らせ、お母さまは不気味に笑った。


ファントシュ・ルネ・ミモラス


これが私の正式な名前。

愛称でファンシュと呼ばれている。

私の家は言わゆる名家だ。

死神界の権力者の1つである。

死神界にも、上下関係は存在する。

権力があればあるほど、自分の治める地域が広がる。

もちろん、全ては『王』のものだが、治めているのはミモラス家のような権力者達。

部下を従え、自分の地域を治めるのは大変だが、その分利益は十分にあるとお父さまは言っていた。

幼い頃、日が沈みかけている様子を、ワインをゆっくり回しながら窓から眺めるお父さまを、私は空虚な目で見ていたことを良く覚えている。

この、自慢話なんて、何度聞いたことか。

その度に、私は『あぁ、この人はお金にしか目がないのね。』と思っていた。

お父さまも、お母さまも、家の権力とお金にしか目がない。

名誉を絶やさないための、私。

『あぁ、嫌になる。』

言葉にならない、心に掠った言葉をごくんと飲み込んだ。


***


(…やっと終わった)

ぼすん、と無造作にベッドに体を預け、目を閉じる。

お母さまに連れられ、ほぼ丸一日現世を飛び回り、死神としての仕事を見させられた。

いかに素早く、綺麗に魂を刈り取るか。

魂をいかに正しく安全に冥界へ送るか。

貴族として、死神として。

お母さまは私にそれを何度も何度も、繰り返し教えた。

これは必要なこと。

大切なことだし、お母さまは私が一人前の死神になった時、恥をかかないように教えてくれているのは分かっている。

ただ、それと同時に貴族としてのプライドや打算が含まれていることも、ファンシュは理解していた。

それに、適度な勉強だったら良かったが、現実は違う。

毎日毎日、勉強勉強の日々。

つまらない、面白くない。

お母さまとお父さまの"理想の娘"のために日々を過ごすのはとても苦しいものだった。

趣味の読書も、「創造物に意味は無い」と取り上げられた。

一体何を目標に、糧に、生きていけばいいのだろう。

ファンシュは父のように野望はないし、母のように貴族としてのプライドりもない。

自分は、何も無い。

ただただ死神の仕事をして、休日にはゆっくり読書など好きなことをしたり、ぼーっとしたりするのもいい。

穏やかな普通の暮らし。

それがファンシュの憧れであり、夢だった。

だがしかし、現実はどうだろうか。

ひたすら『貴族』と言う重荷を背負い、死神のエリートを目指して度を超えた教育を受けていると言う真逆の生活を送っている。

完全に両親の言いなりの生活だ。

それがファンシュにとってはとても苦痛で、今すぐに逃げ出したい気持ちだった。

「…誰か、早くーー」

"助けて"

肝心の一言は口に出されることはなく、長い一日の疲れからか、ファンシュは深い眠りについた。


***


「何度言ったら分かるの?ファンシュ」

冷酷な目が私を見下ろす。

「……申し訳ありません、お母さま」

反省の気持ちより先に、典型的な謝罪の言葉が口から流れる。

人生で、この言葉を何回口にしたことか。

もうその言葉に本当の意味は込められていないだろう。

「私、言ったわよね。完璧になりなさいって」

「…はい」

そう言ってお母さまはバサッ!と乱暴に手に持っていた紙の束を横の机に叩きつける。

勢いがあったからか紙は数枚、床にハラハラと落ちた。

その紙が私の目の前にも落ちて止まった。

赤い丸がたくさん付いたテスト

しかし、所々‪✕‬も書かれている。

これが一般家庭なら、褒められた点数なのだろうか。

私には分からない。

この程度の点数で、褒められたことがないから。

一つでも‪✕‬が付いていようものなら、お母さまは見損なったとでも言うように顔を顰める。

酷く、冷めた目で。

私はその目に耐えれなくて、いつもお母さまの目を見ることができない。

それを見ると、体が蝋で固まったかのようにピタリと動かなくなる。

心が、時間が、止まっていく。

それが何度も何度も繰り返されることで、私の目は段々と虚ろになっていった。

今も、お母さまの怒号…叱責が聴こえるが、耳に上手く入ってこない。

「…ちょっと」

苛立った声が耳に届く。

「……あっ。は、はい…」

遅れて返事を返す。

しまった、と思ったがもう遅い。

(…あぁ、今日は。最悪)

「ろくに話も聞けないなんて!貴方はどうしてこうも出来損ないなの?…あぁ、が居てくれたら…」

またか。

ファンシュの心がさらに凍りついていく。


アンテリジャン・ルネ・ミモラス


私より10歳も年上の兄で、愛称はジャン。

成績優秀、運動神経抜群なのは勿論のこと、顔と外面が良い。

赤いガーネットのようなアーモンド型の目。髪は銀髪ロングだが、サラサラなその髪をきっちり纏めている。

外では『貴公子』なんて呼び方もされているらしい。

ただ今は家を出て、秘密警察に所属している。

警察直々に推薦されたとお母さまは言っていた。

お母さまとお父さまは、この家を継いで欲しかったらしく最後まで引き止めていたらしいが、お兄さまが頑なにそれを拒み、折れたのは両親の方だったという訳だ。

お兄さまは滅多に帰ってこないため、ここ数年その姿を見たことがない。

ただ、今でもお母さまの描く『完璧な子供』にはお兄さまの影があり、良く私を叱る時にその名がでる。

それもまた私のストレスだった。

「…申し訳ありません、お母さま。次はこの失態がないように…今から勉学に励みます」

にこりと愛想ばかりの笑みを浮かべ、ドレスの裾を持ち、膝を曲げて身体を沈める。

模範解答を言うことができたはずだ。

お母さまの望む、『操り人形』の解答を。

「はぁ…もういいわ。出来損ないらしく、せめて完璧になる努力だけでも、怠らないようにしなさい」

冷たい目のまま、お母さまは言った。

『出来損ない』と言う癖に、私に自由は与えてくれない。

完璧に、貴族らしく…

お母さまは私を縛り付ける。

「……はい、お母さま」

張り付いた笑みを浮かべ、頭を下げたままファンシュは声を出す。

私はきっと、ここから出られない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

《今日》の彼女 ーsecondー 抹茶 餡子 @481762nomA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ