第48話
午後の最初の授業は国語だった。
気だるげな岩谷先生の授業に、全く聞いていないクラスメイトたち。
のんびりとした空間に、つい睡魔が襲ってくる。
「こら、待ちなさい!」
閉じそうな瞼と格闘していると、廊下から聞こえてきた怒声で目が覚めた。
それと一緒に、楽しそうな笑い声も聞こえてくる。
軽快な足音が近づいてきて、廊下を一瞬で誰かが横切った。
授業時間にそんなことをしている人たちなんて、彼らしかいない。
今のは、黒い髪だから宮城先輩。
そしてすぐ後に、金髪が走ってきた。
最初は赤だったのに、いつの間にか金で定着しちゃったなぁ、と変えさせてしまった張本人が思う。
「あ、待って貴大! ここ詩乃ちゃんの教室!」
学校中に聞こえるんじゃないかと思うような大声でそう叫ぶと、彼は急ブレーキをかけて教室を覗き込んできた。
「あ、いた! 詩乃ちゃーん!」
ブンブンと大きく手を振ってくる先輩の視線は、真っ直ぐわたしに向いている。
わたしは無視を決め込んで、真面目に教科書に視線を落とした。
「頑張ってるー?」
視界の端に映り込む先輩には、どこを通ってきたのか、至る所に葉っぱがくっついている。
そう言えば、初めて会った時も花びらだらけだった。
何も成長していない先輩に、思わず笑みが零れるのを、手を口元にやって隠す。
わたしが無視している間も火影先輩はブンブン手を振ったり、投げキスをしてきたりして、わたしを振り向かせようと頑張っている。
それを見たクラスメイトたちが、クスクスと笑いを堪えていた。
まったく、恥ずかしいことこの上ない。
「宮城ー! 北村ー!」
次第に怒声が近づいてきて、先輩は急いでまた走り出した。
今度は何をやらかしたのやら。
追いかけている先生の本気度合いからすると、何か備品でも壊したのだろうか。
どうせ放課後になれば、わたしが聞かずとも先輩が面白おかしく話してくれるはずだ。
「本当に、あいつらはどこまで馬鹿なんだか」
いつの間にかわたしの席の前まで来ていた岩谷先生が、廊下を見ながら苦笑する。
「お前、男運ないなぁ」
まったくその通りだ。
何も言えなくて、わたしも苦笑いを返すしかない。
それでも火影先輩を選んでしまったのはわたし自身の選択だから、この運命ならば甘んじて受け入れよう。
「愛してるよー、詩乃ちゃん!」
駆け抜ける火影先輩の大きな声が、学校中に響き渡った。
【完】
花と嵐 長町紫苑 @nagamachi_shion
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