第8話 未来
「経理部はどうだ?」
「今、簿記の勉強中だよ」
「案外頑張ってるんだな」
「俺は将来、美穂のプロダクションを立ち上げて、マネージャーになるつもりだ。経理の知識も身につけておかなければな」
「切り替えが早いな」
「マスコミの騒ぎにじっと耐えている美穂を見て、本当にいい嫁を泣かせてきたと思った。今度こそ、美穂を幸せにしたい」
「第二の人生か。いいな」
美穂は思っていたよりも強い女だった。
この調子で俺の浮気にも長年耐え続けてきたのだろう。
「まあ、令和は女の時代と言われているが、やっぱり女は弱いな」
「そんなこと言ったら、全女の敵に回るぞ」
「いや、あんなにバリバリと働いていた恭子がなー」
俺もそれは驚いていた。
今までの女たちは割り切っていた。
すんなりとさよならもできた。
8年間という不倫関係で情がわいていたのだろうと後から思う。
恭子は女だったんだ。
まぎれもなく女だったんだ。
「美和ちゃんから初めて家族旅行に行ったと聞いたぞ」
「ああ、今まで考えてみたら、俺の頭の中は女で一杯だったからな。家族サービスもしていなかった」
「よくそれで子供たちがぐれなかったな」
「美穂がよく育ててくれたんだと思う。感謝してるよ」
「でも、言ってたよ。美和ちゃんパパの血ひいちゃったって」
「そうなんだよな。あいつ、高校のころから男が途切れない」
「今、付き合ってる男は50歳の広告代理店の男だそうだぞ。お前に似て派手好みだな」
「浩輝は美穂に似て、彼女ができないんだよ」
「それも困ったなー」
夜の8時を回っていた。
「遅いから今日は家に帰ってゆっくりするよ」
「昔と変わったな」
「ああ」
「片岡、会社辞めるのか?」
「一応定年までいるつもりだ。美穂のプロダクションは退職した後を考えている」
「頑張れよ」
「ありがとう。おやすみ」
「じゃあな」
浩太郎は東京駅南口へと急いで歩いて行った。
「ただいま」
「遅かったわね。ご飯食べてきた?」
「まだ食べてないよ」
「じゃあ、温めるわね」
美穂はキッチンに行って食事を温め始めた。
「明日のゴルフのバッティングセンター、埼玉にドライブがてら行かないか?おいしいお店を見つけたんだ」
「いいわねー。明日、バッティングセンターに行くのに勢力つけるために、今日はビーフシチューにしたわよ」
ビーフシチューが湯気を立てている。
平和だ。
早くこんな平和な時間を二人で持てばよかった。
俺が美穂に甘えていたんだ。
美穂も俺に甘えていたんだ。
人生まだまだ。
50代もまだまだ。
未来は明るい。
終わり
媚薬 藤間詩織 @reonrie52
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