第7話 静寂

「今回の件は大変残念でしたね。片岡さんもお辛かったと思います」

「いいえ」


編集長が神妙な顔をして、お茶を一口飲んだ。


「マスコミに追いかけられて大変だったと思いますけれども、片岡美穂ファンは健在でありまして、夫の浮気に耐えながら今まで刺繍を頑張ってきてさすが!っていうはがきがおおいんですよ」

「滅相もございません」

「ただ、しばらくは銀座校開校は延期にした方が、マスコミ対策といたしましてもよろしいかと思います」

「はい、承知しました」

「我々どもは銀座校開校は絶対に実行するとお約束いたします」

「ありがとうございます」

「そこで、次の本の出版の打ち合わせなんですが・・・・」


編集長は早口でまくし立てて、次の本の打ち合わせを終わらせた。

編集長からもらったはがきには、


「美穂さんを尊敬します」だの「美穂さん頑張って」だの「銀座校開校したらぜひ伺います」だの応援のはがきがたくさんあった。


刺繍をするのは主に主婦層が多いから今回の事件はわたしへの同情の声が圧倒的に多かった。


「あらー、美穂じゃない。今回の件は大変だったわね」

「失礼ですが、どちら様で?」

「美奈子よー」


きりっとしたスーツを着て、派手な化粧をしたいかにもキャリアウーマンという女性が立っていた。


「お久しぶり」

「浩太郎さんどうしているの?」

「家で療養中」

「浩太郎さんも自業自得よね」

「そうね」

「でも、美穂にも浩太郎さんが浮気をする原因があったんだとわたしは思うのよ」

「わたしもそう思う」

「美穂って、就職氷河期の時に就職活動もせずに逃げるように浩太郎さんと結婚したでしょう」

「うん」

「サークルもいかにも慶應の男の子を捕まえに入りましたって感じでスキーに一生懸命ではなかった」

「そうね」

「あなたが一生懸命になったのは、浩太郎さんに浮気をされ続けはじめて、刺繍を頑張ったことだけよ」


さすが出版社に入るだけあり、分析力が高い。


「浩太郎さんと不倫してた時、美穂のこと浩太郎さんこう言ってたわ『結婚したら安心しちゃったお姫様みたいな子』って」


確かに、慶應に入ったのも、早稲田の学生に捨てられて、慶應でエリートを捕まえようという理由だったし、スキーサークルも体育会系の慶應ボーイを捕まえられると思った。

浩太郎と結婚すれば、人生安泰と思っていた。


「でも、刺繍をここまで、頑張ったのはえらいと思う。ある意味、浩太郎さんのおかげね」

「そうね」

「離婚しないんでしょう?」

「うん」

「雑誌で、浩太郎さんの愛人たちが美穂のことを羨ましがることばかり話してたんだから、浩太郎さんは魅力ある人なのよ。静かな余生を送ってね。じゃあね」

「また」


美奈子はヒールの音をコツコツとならしながら廊下を歩いて行った。

病室で誓ったように、これからは、わたしも浩太郎に歩み寄ろう。

離婚離婚なんて考えていた時期から抜け出そう。



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