第19話

そうして見つめる事しばし。真理はタメ息をつくと徐に立ち上がる。そして撫子に背を向けたまま出入り口へと歩き始めた。

「…待ちなさいよ。」

生徒会室から出ようとした真理の背後から撫子が声をかける。それは明らかに怒りが込められた冷たい声だったが真理は足を止めない。だが、そんな真理に対して撫子が黙っているはずもなく、少し思考を巡らせるとこう声をかけた。

「…『待ちなさい』って言ってるのが聞こえてるでしょう?足を止めたらどうかしら?…『魔女』さん?」

『魔女』という言葉に真理は思わず足を止める。すると、明らかに反応を示した真理の様子に喜びを感じたのだろう。再び声をかけた時には明るいに変わっていた。

「あら?どうして足を止めてしまったのかしら?まぁ、無理もないわよね?だって、あなたが『魔女』と呼ばれていた事は事実なんだし。」

「っ!」

明るい口調に変わった声で話を続けられ真理は振り向く。そして先ほどの撫子のように何か言いたげに見つめると、撫子は明るい声のまま話を続けた。

「『何でその呼び名を?』っていう顔をしているわね?私は生徒会長よ。生徒達の事を把握するのは当然の事だわ。」

「だからって…。だからって…何で今その名で呼ぶのよ!?」

思わず声を荒げる真理だったが、そこで我に返る。つい取り乱してしまったが、このままでは駄目だと本能が騒ぐ。どうか撫子が動揺している事に気付きませんように…。

だが、そんな真理の願いは崩れ去る。何とか普段の表情を取り戻そうとしていた真理に撫子は気付いたのだろう。高らかな声で続ける。

「どうしたのかしら?何だか動揺してるみたいね?」

「別に…!」

「無理もないわ。だって、あなたが『魔女』と呼ばれる理由となったのはご両親との関係のせいだもの!大変ね?生まれる家を選べれないのだから…!」

「…いい加減にして!」

声高らかに言葉を続ける撫子に対し真理は怒鳴りつける。だが、その姿は僅かに体を震わせていて完全に常の調子を崩していた。それでも真理は再び撫子に背を向けると小さく呟く。

「とにかく言いたかった事は…伝えたから…。」

それだけ言い残すと真理は生徒会室を出ていく。そして、生徒会室内には満足そうに笑みを浮かべ続ける撫子だけが残されたのだった。


 一方、生徒会室から出た真理は1人廊下を歩き続ける。一見すると、いつものような無表情に近い様子だが、その胸の中は乱れていた。

(駄目…。思い出しちゃ…いけないのに…。)

そんな想いとは裏腹に、先ほど撫子に言われた言葉がより激しく巡る。そればかりか考えれば考えるほど昔の…『魔女』と呼ばれていた頃の記憶が蘇ってくる。そして遂に耐え切れなくなった真理は、その場にしゃがみ込むのだった―。

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『僕』が『私』に変わるとき。 蔵中 幸 @satikuranaka

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