第48話


僕はグー。奏太はパー。



……僕の負けだ。



「がんばってね~おにーさま♪」



そう笑ってキーを寄越すと奏太はいそいそと助手席に回った。



都合のいいときだけ兄貴かよ、と悪態をつきながらもエンジンスターターのスイッチを押す。



走り出してから五分ほど…



「なぁ、お前嫁さんには何て言ってきたんだ?」と、『寝る』と宣言していた奏太は目を閉じることなく前を向いたまま聞いてきた。



「そのまんまだ。父親の葬儀だって。会社にも報告したよ。もしかしたら少し長引くかもしれないって。



葬儀の後処理とか色々あるだろ?花音一人じゃ大変だろうし」



中川なかがわさんがついているから大丈夫じゃねぇの?」



中川、と言うのは紫藤が抱えている弁護士のことだ。父とはもう何十年もの付き合いになる。



僕も小さい頃から随分と彼に可愛がってもらった記憶はある。



「俺はまぁ、次の仕事が入ってなかったらいつでもいいけど。フリーてのは楽だぜ?」



「それはお前みたいな売れっ子だったらね。後処理が終わったら、僕はなるべく早く東京に戻るつもりだ」



戻らないといけない。



僕の役目は弱っている花音を支えること。慰めること。今の僕にはそれしかできない。それも終わったらすぐに帰るつもりだ。



あそこにぐずぐず居ると―――またも捨ててきた感情が蘇りそうで




怖いんだ。






「僕はお前と違ってしがないショップ店員だ。働かないと食っていけない。マンションのローンだって残ってるし」



「ローンとか、現実的だな。まぁそれが普通なんだろうな。



もったいないな。お前ほどの才能のヤツがアンティークショップの店員とか」





「買い被り過ぎだ。僕は父さんに散々言われ続けてきた。




『お前には才能がない』って。『お前が少しでも有名になれたのは自分の力があるからだ』と」



言われなくても、充分分かってるつもりだ。







『“紫藤”の名を汚すな』







二言目にはこの台詞。




僕は一族の中で、出来損ないの欠陥品だ。



だけどその台詞を言う人はもう






この世に居ない。



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不機嫌なカルテットは狂奏曲を奏でる。 魅洛 @miracle78

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