第47話
耳の良さなんて才能のうちに入らない。
大体小さい頃からイヤと言うほど音楽に関わってきたんだ。そんな人間だったら誰でも身につくさ。
絶対音感ってやつが。
だけど僕の右耳は―――ほとんど機能していないのだ。
奏太には言っていない。いや、この右耳の障害を知るのは妻と―――花音と、今は亡き花音の母親だけだ。
知っている人間の方が少ない。
たった一つの才能も―――死んだも同然。僕には一体何が残っているのだろう。
「あの、あなた方は……本当に紫藤さんの―――」
お巡りさんが聞いてきて、僕はゆっくりと目をまばたいた。
「あ…いえ!何でもありません!」
お巡りさんは慌てて手を振る。
僕は―――…一体、どんな顔をしていた?
お巡りさんが身を引くほど、険しい顔つきをしていたのだろうか。
そうこうしているうちに保険屋のディーラーが車を持って到着した。
「やぁお待たせしました!紫藤さんとこのお客さんとあらば、あまり変な車をお貸しできないと思いまして」
慌てて入ってきたのは中年の男性だった。
「いえ、走れれば何でもいいんです。困っていたので本当にありがたい」
僕は礼を述べて、一応の書類にサインをした。
“紫藤 響”と名前を綴るときに一瞬の迷いがあったが、偽名を使うわけにはいかないし、それにここの人たちにはすでに知られている。
「お願いします。じゃ、お借りしますね。奏太、行くぞ」
言葉も少なめに、僕は奏太の腕を引っ張って車に向かった。
「どっちが運転する?」
奏太の質問に、僕は車のキーを奏太に放り投げた。
「お前がしろ。僕は寝たい」
「は?俺だって寝てないっつうの」
「「………」」
僕たちは顔を合わせて、次の瞬間
手を出していた。
考えてることと言い、そのタイミングと言い―――
僕たちは本当に兄弟だ。
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