第4話 出会い



 成瀬泉と不破理人の出会いは、12歳。


『私立青双学園中等部』の受験日だった。


 100年以上の歴史を持つ青双学園は、創始者が英国人だったことで、広い敷地にはゴシック建築の校舎が建ちならび、時計台のある図書館など景観が素晴らしい。


 質の高い中高一貫教育でありながら、そこまで高額ではない授業料。卒業生の多くが政財界で活躍していることもあって寄付などが多く、授業料以外の諸々の経費もあまりかからないため、親世代から圧倒的な人気を誇る学校なのである。


 そうなると当然、定員に対しての倍率も高くなるわけで、受験のための塾通いに高い教育費を捻出してきた泉の母は、


「泉ちゃん、いつもより、ちょっとがんばるのよ!」


 正門前で娘にプレッシャーをかける。


「ママ、一度でいいから大聖堂で行われる入学式に参加してみたいのよ~」


 泉の母は、むかしから正直な人だった。


「勝率は五分五分とみてるわ。あとはママのために、がんばろうとする気合よ!」


 あまり聞いたことがない叱咤激励の仕方であるけれど、下手に「貴女のためよ」といわれるよりは気が楽だったので、「なるようになるよ」と泉は受験会場へと向かった。


 受験会場となる校舎は2箇所で、小学校別にわかれている。昨日のうちに下見を済ませているので場所はわかっているけれど、これまで通っていた公立の小学校とはくらべものにならない敷地の広さで、なかなかどうして会場となっている校舎までが遠い。


 それでも、もうひとつの受験会場よりはマシだった。第二試験会場とされている校舎は、敷地の奥も奥。時計台のある図書館近くの校舎となっている。


 まだ時間には余裕があるけれど、少し早歩きで石畳を歩いていたときだった。


 風に乗って泉の足元に飛んできたのは──


「まったく……なんで落とすかな」


 だれかが落とした受験票だった。


 拾い上げて、その会場が敷地の奥の奥であることに気づいて、泉はため息を吐いたあと駆けだした。


 第二試験会場の校舎が見えたときには息も切れ切れで、ハアハアしながら着いた校舎。すぐに泉の目に入ったのは、試験会場の案内係と話し込んでいる男子の姿だった。「受験票が……」という会話が漏れ聞こえてくる。


 ──アイツだな。


 こちらに背を向けている男子に近づき、「これ、キミのかな?」と声をかける。


 ハッとしたように勢いよく振り返った男子と顔を合わたとき。自分がゼエゼエと荒い息で、額に汗していることを、泉は激しく後悔した。


 黒髪が揺らしながらこちらを向いた男子は、まさしく美少年。


 泉はカチンと硬直した。


 絵に描いたような王子様系美少年には、まったくといっていいほど慣れていなかった。


 暑くても寒くてもオールシーズン、半そで膝丈パンツで走り回って過ごす男子しか知らない泉は、白シャツに紺地ベスト、秋物のコートをオシャレに着こなす美少年など、未知の生物との遭遇に近い。


「はい、これ」


 ガチガチの泉が差し出した受験票を美少年が受け取り、


「あっ、僕の……」


 心地よい声が耳に届いたとき、それを合図のように泉は、回れ右をして駆けだしていた。


 美少年といっしょにいた案内係の「……あなた、第一会場なら連絡を!」と云ってくれているのも聞こえたけれど、もう走り出したので立ち止まれない。


 最後に耳に届いたのは「──ありがとうッ!」美少年の声だった。


 試験前にそんなことがあったので、遅れはしなかったけれど、余裕もなく第一試験会場入りした泉は、額に汗したままの興奮状態で筆記試験をスタート。


 できたのか、できなかったのか。


 試験後に正門まで迎えにきてくれた母に「どうだった?」と期待を込めた目で聞かれても「う~~~ん」としか、答えようがなかった。


 そうして、春がきた。


 良いことはするもので、二次試験の面接官は、美少年受験生が落とした受験票を届けたのが、泉であることを知っていて、


「貴女は自分のことよりも、困っているであろう彼のことを思い行動しました。その行いはじつに尊く、我が校の理念、思想そのものです。ぜひとも、我が校で学んでください」


 面接官であり学校長である老紳士より、口頭にて早期の合格が云い渡された。


 帰り道。両親は鼻高々になり、高級レストランで早期合格祝い。上機嫌の母は「フォーマルスーツを新調しないと!」と、ゆるゆるになった財布の紐でデパートに向かった。


 泉が美少年を見かけたのは、大聖堂での入学式から一か月も経ってからのこと。


 その顔面偏差値の高さから、すでに多くの女子が群がっていた。しかも少年は、首席合格の秀才で、同じ学年とはいえ『特進クラス』という、選ばれし者たちが集う英才コースを歩んでいた。


 泉がいるクラスと特進クラスでは、授業内容、進捗具合もちがい、校舎も別となっている。そのため一か月もの間、見かけることがなかったのだ。


 しかしこのとき、すでに泉は、スーパーエリートな美少年に恋をしていた。


 よくある『ひとめぼれ』である。このあたりは、面食いである母の血を色濃く受け継いでいた。


 一日一回。彼に会えたらそれだけ「今日はハッピーデー」と浮かれる泉に、おなじクラスになった帰国子女の五十嵐莉緒那は、


「一見完璧そうな王子様系を、あんまり美化しない方がいいよ」


 なんて云っていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不破准教授の恋は誤答率100% 藤原ライカ @raika44

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ