『君が、好きだから』
第6話
どうして。
それが、私の心の中に一番強く残った言葉だったと思う。
*
よくある話。付き合っていた人が浮気した。なんでと詰め寄れば、お前に飽きた、と言われる始末。
我慢ができなくてどうしてと詰め寄れば、別れを告げられて、逃げ回られた。
それが、中学生の時。
あの時は私と青春してたなーと今なら思う。中学生なんて思春期真っ只中で、情緒不安定だ。周りは知り合いばかりだし、仲良くしていたとしても、些細な諍いがきっかけで突然疎遠になったりする。
彼ともきっとそうだった。
だからこそ、この再開に驚いたのだ。
「久しぶりだな! 中学以来か?」
「……う、ん……そうだね?」
「あの頃は付き合ってたりもしたのに、まさか卒業式の日に大喧嘩してそのまま疎遠になるとは思わなかったからな。てか、お前も俺に教えてくれた高校とは違う所いったのが悪いけどな!」
「……」
それは、理不尽な理由で別れを切り出したあなたともう会いたくないからと、あなたに合わせて落としたレベルの高校ではなく、先生に勧められた第一志望校に進んだだけ、とは言えなかった。
なんかそれを言ってしまうと、目の前の元カレ(……と言ってもいいのかわからないけれど)をまるでバカにしているような気がしてしまい、さすがに口をつぐんでしまったのだ。わたしは何も悪くないはずなのに、何故わたしがここまで気を使わなければならないのか、全くもって理解不能である。
それよりも、私は現在、大学の友人と楽しい時間を過ごしていたはずなのに、この男に見つかったのが運の尽きとでも言うように、友達も遠慮して少し離れたところで待ってくれているという状況。
……そんな気を使わないでいいから、できればこの男と同じ空間にいたくないので連れ出してほしい、という私の願いはどうやら届かないらしく。みんなが遠慮している。というかきっと、この男に関わりたくないのだと思う。……うん、それは私もなんだよ?
ちょっと離れたところにいる友人にヘルプを要請しても、彼女達も困惑した表情で私を見返している。こういう時、テレパシーが欲しいと心の底から願う。
『あいつは昔のただの知り合いだから! お願いだから私を助けて!!』
とテレパシーで助けを求めたのに……!
「なあ、聞いてるか?」
「へ? あ、ごめん。全く聞いてなかった」
「……お前なぁ……。まあいいや。じゃあもう一回言うけど、金貸して」
「…………………は?」
「昔付き合った縁があるお前とここであったのも何かの縁! だから金貸して!」
「……」
本気で思った。こいつ、頭大丈夫か? と。
思わずため息をついてしまったのは仕方のないことで、そんな私の態度にイラッとした彼の事など知るか。うん、知るか!
「……あのさ、私たちの縁は中学卒業で終わっているのよ。そもそも、あなたが理不尽に私を盛大に振ったのが理由で、あの時私に落ち度なんてなかったって理解してくれている人は多分、あなたが思っているよりもたくさん居ると思う。それに、出逢っですぐに金貸せと言われてはいどうぞって貸すバカがどこに存在するのよ?」
「今俺の目の前にいるだろう」
「……そこまで見下されていたことに驚いたし、あの時別れてくれてありがとうございますって感じね。もちろんお金は貸しません。私だって別にお金持ちとかじゃないんだから、久しぶりにあった元彼で全く接点のない人にお金は貸せません」
「はぁ? 元彼が困ってたら普通貸すだろ、普通!」
「あなたの一般常識と私の一般常識には大きく差が開いているようですね。私はそれを普通と認識しません。異常と認識します」
「おま……っ、黙って聞いてれば!!」
いやいやいや。何も黙っていなかったし。というか、こいつこんなに残念なやつだったか? と思わず冷めた視線を投げてしまう。
「あなたは別に黙っていなかったし、それに……」
ちら、と彼の背後を見れば、そこにはロリコンか、と突っ込みたくなるような女の子が一人。
パッションピンクのミニスカワンピを着て、髪をツインテールに結い上げている。……趣味に対してどうこう言いたくはないが、彼女はどうなのだろうと思わず考えてしまった私は悪くない。
「彼女さん? 後ろにいる人」
「……関係ないだろ」
「関係ないなら私とあなたの関係もないわね? じゃ、これで」
「おい! まだ話は」
「終わったも同然です。私、あなたとは無関係。理解できました?」
「て、め……っ!!」
あ、ヤバイ切れた。いやこれ私何も悪くない!!
目の前には腕を振り上げて殴りかかろうとしている男が一人。流石にその異常さに気づいた友人達がハッとして慌てて駆け寄ってくるけれど、いかんせん、距離が少しある。ここは大人しく殴られておくしかないかと覚悟を決めて、体を固くし、目をギュッと瞑ってきたる衝撃に覚悟を決める。
しかし。
「……? あれ? 痛くない……?」
たしかに、パシッという音がしたと思ったのだけれど。いや、そもそも殴られればそんな音は出ないのではないだろうか。なんで、と思って目を開ければ、先ほどまではたしかにいなかった一人の男性が、私の肩を抱きしめて、私を抱き寄せ、目の前で拳を振りかぶっていた男の拳を片手で軽々と受け止めている。
いや、どうしてここにっ!?
「大丈夫?」
「あ、え、えと……は、はい……」
「怪我とかは、してないね。よかった……。君に似ている子がいるなって思いながら目で追っていたら、本物で嬉しくて声をかけようとしたら、まさか殴られそうになっているなんて……驚いて思わず出てきちゃったよ」
「あ……ご、ごめんなさい……先輩……」
「怪我がないならいいよ。それで? そちらの人はどちら様?」
私を心配した優しい声音が一気に下がり、私は内心でヒィッと悲鳴をあげてしまう。この人、怒らせるとめちゃくちゃ怖いのに……!!
「こ、この人は! 偶然! たまたま! 本当にびっくりするぐらいの遭遇率で出会った中学時代の知り合いです!!」
「んー? その慌て方にはちょっと覚えがある。もしかして、前に教えてもらった元カレさん?」
「せっ、先輩! 今日って妹さんとお買い物していたのでは!? 妹さんは!? 私挨拶したいです!!」
「君がいるって言ったら快く送り出してくれたから、今はその辺のショップにでも入ってるんじゃない? それよりも、そんなごまかし方で俺を納得させようとしているの?」
「え!? け、決してそういうわけではっ!!」
私が先輩と色々と会話をしているのを友達はぽかんと見ている。ああああ、今までせっかく頑張って隠していたのに……!
そして先輩は私の肩をガッチリと掴み、離さないようにしておきながら、受け止めた拳をこれでもかというほどの力で握り潰している。……握り潰している?
「せ、先輩!? 手! 相手の手を離してください!」
「俺よりも相手の心配をするんだ?」
「違います! こんなクズ相手になんで先輩が暴力を振るって悪者にならないといけないんですか! 納得がいきません!!」
「……君って子はさぁ……」
はぁ、とため息をついた先輩に首を傾げながら私はそれでも必死に先輩を見上げてなんとか視線で訴えれば、もう一度今度は長いため息をついてぱっと手を離してくれる。それと同時に私の体に腕が回ったのはもう気にしてはいけない。
「それで? お前は?」
……先輩。せめて大学にいるときのような王子様的キャラを貫いて。お友達が目を白黒させています。ああ、離れていかないで! たしかにこの人腹黒いところあるけど、基本はみんなの憧れのプリンス様だから!
「お前こそなんなんだよ!?」
「彼氏だけど? ちなみに、結婚前提で付き合っていて、大学を卒業したら籍を入れる」
「は」
「はいぃぃぃぃっ!? 何それ私初めて聞きましたけど!?」
「そうだろうね。初めて言ったもん」
「言ったもん、って……いやいやいや、そういうのはちゃんと私に許可をとってからにしてくださいよ!」
「ご両親には既に許可をもらっているからいいかなって」
「ちょっ、お父さんとお母さんの裏切り者ーっ!!」
「何? 俺じゃ不満?」
「不満、とかそういう問題じゃないです! なんでいつも勝手に一人で何でもかんでも決めちゃうんですか! せめて私にはちゃんと報告してくださいよ!」
「逃げ道作ると逃げそうだから、君。だから、すべて事後報告にするって決めたんだ。俺の中で。それに、妹も君にことたいそう気に入っているから安心して、母さんも父さんも君なら大歓迎だって言ってたし」
「そ、そういう問題じゃ……! あ、でも妹さんに好きでいてもらえるのは嬉しいかも……先輩と結婚したら私お姉ちゃん……?」
「そう。いいことづくめでしょ?」
「たしかに……って!! 騙されません! それに結婚はまだ考えていません! せめて就職させてください!!」
「働きたいなら働けばいいと思うよ? 社会に出るのも大切だから。でも、一緒のマンションには住んでもらうし、ちゃんと定時上がりの事務職にしようね。接客はどうしてもシフト制になって時間にばらつきがあるから君の体調とかも心配になるし」
「そこまで気にかけてもらえるのはきっと大変ありがたいことなのだと思うのですが! いくらなんでも……! …………いや、待ってください。その前に離してください。私、友達にちゃんと理由の説明しないと!?」
先輩と思わず口論をしてしまったけれど、今はそれどころではない。友人達にちゃんと話をしなければ!!
「そう? じゃあ一緒に行こうか」
「先輩が来るとややこしくなるので待っていてください! それに妹さんも探しているかもしれないじゃないですか!!」
「あいつは大丈夫だよ」
「あんな可愛い子をなんでそんなぞんざいに扱うんですかね!?」
「妹だからだね」
「信じられません!」
「ほんとですよねー、しんじらんなーい」
「あっ!」
ここで、まさかの妹さん登場! やっぱりいつ見ても可愛いなぁ……。お人形さんみたいですっごく美人さんだし。年上の私よりも多分年上に見られそうなのに、時々出てくる年下の甘えがもう本当に可愛くて可愛くて。
「あっ、未来のお姉様! こんなとこで会えるなんて運命ですね! ああ、お兄様早くお姉様を離していただけます?」
「お前の姉になる以前に、俺の嫁さんだ」
「ま、男の嫉妬は醜いですよ。それよりもあちらにいらっしゃるのはお姉様のご友人ですか?」
「あ、そ、そうなの。今日は友達と一緒にお買い物の約束をしてて……」
「それでお兄様のお誘いを蹴ったのですね。ま、たまには必要だと思いますけれど」
「……ちょっと黙ろうか?」
「ですから、男の嫉妬は醜いですわよ、お兄様。……こんにちは、わたくしの未来のお姉様のご友人でいらっしゃいますよね?」
ああああああ、あなたが言ってもみんなが大混乱になるだけだからぁっ!!
しかし、妹さんは私の友人を見事に手懐けて、そのまま笑いながらこちらに近づいてくる。……何故だ。
「もー、先輩とつくいっていたなら教えてくれればよかったのに」
「そうだよー、すっごい応援した!」
「え、で、でも、大学ではなんか言いづらくて……。それで今日、話そうと思って買い物に……」
「そうだったの? あ、じんわりと暑いし、そこのコーヒーショップはいらない?」
「いいわね! ちょっと値段は張るけれど、邪魔者は入ってこられないでしょうし?」
「ちょ、まって!? 私の感覚に合わせて買い物に付き合ってくれるって言ってたとね!? そこのショップは私が入ることができないぐらいの……!」
「なーに言ってるの。あなたに払わせようとは思っていないし、それにこういう時は“彼氏”に甘えるものよ。そうでしょ、先輩?」
「もちろん、なんなら君たちの分もちゃんと支払うから」
「さ、ということで決まり決まり! いこっか!」
「ちょっ!?」
「未来のお姉様! わたくし、限定品の物が気になります! けれど量が多そうなので一緒に飲みませんか?」
「へ? あ、うん、別にそれは構わないけれど……」
「きゃあ! やりました!」
あれ、なんか言いくるめられてない!? とか思っていたら、気付けば店内に強制連行されそうになっている。両脇は私の友人がガッチリと抑えており、先導するように妹さんが前に立っている。
ちょっとまだ話何も終わっていないし! 先輩が何故かついてこないし!?
「せ、先輩!?」
「すぐいくよー」
「ほ、ほんとですよ!? すぐにきてくださいね!?」
「ふ、ふふ、うん、わかった」
そう言って、柔らかな笑い声を聞きながら、私はその場を離れられたのだった。
*
さて。と声をあげれば、目の前にいる男がびくりと体を揺らす。ま、自分よりも顔面偏差値の高い俺が目の前に現れたんだから動揺するよな。さっきからこいつの後ろにいる女もずっとこっちを見ていて正直気持ち悪いし。あの子が早くきてくれと言ってくれたから、手短に済ませようか。
「言いたいことはわかると思うけど、金輪際、あの子には近づかないでね。もし周りをうろちょろしているところを見かけたら、ストーカーの現行犯で警察に突き出すから」
「な……!」
「それと、いつまで彼女にしがみつくつもりなのかわからないけど、俺がすでに彼女の隣を手に入れたんだ。今更やめてくれないか?」
ゆっくりと圧をかけつつそういえば、それを感じ取った男の方がびくりと体を震わせる。……恐怖と防衛本能は残っているらしい。ただ厄介なのは。
「あ、あの……わたし……」
ずっと男の影に隠れていたはずの女が男を押しのけて前に出て来たことだろうか。
面倒だなと思いつつ、満面の笑みで塩対応することに決めた。
「残念ながら、俺は彼女一筋なんだ。他の女が入る好きなんてないし、他の男が入る隙も見せない。だから、擦り寄ってこないでくれない? それは君の隣に立っている男にするべき行動でしょう? 何? 男なら誰でもいいってことなの? 頭空っぽなのかな?」
「な……っ!?」
「それにしても、よくこんな商店街のど真ん中であんなことができたね? すでに君は悪者で、俺が正義のヒーローだ」
そういえば、ハッとしたように周りを見る男女。当たり前だが、女の子に手をあげようとしたのを何人もの人が目撃しているし、なんなら多分、動画を撮っている人だっていただろう。最悪SNSにアップされて仕舞えば、悪い言い方をすれば人生終わる。
そのままでは多分、あの子がとても気にしてしまうだろうと思い、俺は声を上げた。
「皆さん! お騒がせして申し訳ありません。俺の彼女があまりにも魅力的だったのか、少し話し合いが激化してしまいまして。ですがこの通りすでに鎮静化させましたのでご安心を」
自分の顔面の良さを最大限に使って、周りにそういえば、たいていの女性がぽっと顔を赤らめているし、男性もホット安堵しているのがわかる。
「……これで、あの子の憂いを取り除けるのならいくらでもやるけど。とにかく、あの子には近づかないでね?」
そう念押しして、震えているその二人を置いて俺は彼女が連行されたコーヒーショップに入っていく。
妹が聞き捨てならないことを言っていたから早く駆けつけなければ。
彼女の心配そうな表情を想像して、足取り軽く、オレはそのまま彼女が座っているところへと襲撃をかけたのだった。
*
どうしてと。
君は何度も俺にそう聞いた。
ならば答えよう。何度でも。
『どうして私なんですか? 私別にあなたのことは……』
『君が俺に興味がないのはわかっているんだ。けど、どうしても君が欲しい』
『こんなお金持ちしか入れないような大学に、一般庶民の私がいることがそんなに珍しいですか』
『遊びだと思っているの?』
『……この状況ならそう思われても仕方がないかと』
『じゃあ、行動全てで君が好きだと証明してみせるよ。君が許可してくれるまで、君には触れない、手も繋がないし、キスもしない。抱きしめることもしない』
『……どうして? どうして……私なんですか』
不安に揺れ、傷ついた瞳が、実際には泣いていないのに泣いているように見えた。
『君は、忘れてしまっていると思うけど、俺は君に助けられたんだ。だからそれをきっかけに君を好きになった。それだけではダメかな?』
少しでも、その不安が、恐怖が。俺で取り除くことができれば。
『……私、相当面倒な性格しています』
『そうなの? けど、気にしないよ』
『頭硬いって言われるほど融通が効かないですよ』
『それはそれだけ譲りたくないものがあるからこその行動でしょう?』
『……わ、わがままかもしれませんよっ?』
『さっきと言っていることが矛盾しているね。でも、わがままでも叶えられることは全部叶えてあげる』
『……私に、呆れるかも……』
『そんな可能性の話をしても仕方がないよ。終わりの想像をするよりも、未来ある建設的な話をしない?』
そう言った瞬間、涙腺崩壊したのか、彼女はその場で泣き崩れてしまった。
どうして。その質問に対する答えは、俺は一つしか持っていない。
――君が、これ以上なく好きだからと。
それが、君の“どうして”に対する、俺が唯一答えられる回答だ。
短編集 妃沙 @hanamizuki0001
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