第5話
膝を抱えて俯いている彼女を、そのまま抱きしめるように腕を回し、強く抱きしめる。体をびくりと振るわせて、やめて、と小さく声を出す彼女に、それでもそんなことは関係ないとばかりに、腕の力を先程よりもさらに強くする。
「いや…っ! 離して、お願いだから……っ」
「じゃあ、オレの前で泣いて」
「!?」
「オレに見せて。お前が泣いてるところ。今ここで、オレにだけその涙を見せて。オレ以外のやつのところでなんて、泣かせない、絶対に――いかせない」
なんて勝手なことをと、彼女は胸中で思う。
それでも。
我慢できなくて。
涙がポロポロと溢れて、浴衣に滲んでいく。幸いなことに藍の色物だからあまり目立たないため、涙が次から次へと溢れていくのを止められなくて。
喉から押し殺した声が漏れて、すん、と花を啜る音もしているから、泣いているのなんでバレバレで。
それでも、こうして泣いてしまったのは、そばにいる人がそれだけ自分にとって、安心できる人なのだという証拠でもあって。
その事実が、嬉しいのか悲しいのか、彼女にも分からなくなって。
だから、突然のその言葉に、驚いてしまった。
「――好きだよ」
「……え?」
「お前が好きだ。だから、あいつの所に行くな。………行かないでくれ」
「え、え?」
「もう一度、“お前の”線香花火に火を灯す。現実のものでは不可能だが、お前の中に、“オレ”って言う線香花火を作ってやる。いつまでもしぶとく、永遠に消えない花火を、絶対に」
「……」
突然の熱烈な言葉に、どうすればいいのか分からなくなって。気づけば涙も止まっているし、顔を上げてこの人を見つめてしまう。
視線が合う。
どきりと、心臓が高鳴る。
今まで、隠されていた、その瞳の奥の熱に気づく。気づいて、しまった。
ぽろりと、言葉が溢れる。
「……………私の方が、ずっとずっと好き」
「……」
「私の方が、ずっとずっとずっと、大好きだもん。ずっとずっと前に自覚して、ずっとずっと言いたかった。それなのに、あなたがのらりくらりと交わすから、言えなくて……今日だって、せっかくみんながセッティングまでしてくれたのに、誘いも断られるし……っ!」
「……ちょっと待て。セッティングだと?」
「そうだよ! 私があまりにも不便だからって! みんなが協力してくれたの! それなのに、私の誘いは断るし!」
「待て。これ仕組まれてことなのかよ!?」
「途中まではだもん! あなたが私の誘いを断った時点で全てが挫折したよ!」
「……え、でもお前、あいつと一緒に集合場所に来てたじゃん」
「? あれは、断られたら一緒に行くって約束してたから……だから一緒に集合場所に行ったのよ。その後もなんだかんだと私に気遣って親切してくれてたけど……」
「………………」
そうか、こいつはとことんまでに鈍感なんだなとちょっとだけ理解する。
確かに自覚していなかった上に突き放すようなことばかりしていた自分がとてもではないが言えたものではないとわかってはいるが、こいつも相当に罪作りな気がするぞ、と彼は内心で本気で思った。
思わず大きなため息が出てしまい、腕の中の彼女がおどおどとしている。
なるほど、本気でこいつのことが好きなのに相手に差出ていないと分かって、発破をかけられたと言う所だろうか。いや、それは幾ら何でも好意的に受け止めすぎか、と考えを少し否定しながら、彼は立ち上がる。
「ほら、いこう。結局、収まる所に収まったって報告してやろうじゃねーか」
「ほ、本当に? 本当に私でいいの?」
「幼馴染みのお前のことを転がすことができるのはオレの特権だろう。誰にも譲らねー」
「なっ、なにそれひどいっ!!」
「どこがだよ。まったく……冷や冷やさせんなっつーの」
「え? なに?」
「なんでもねーよ」
ほら、と再び手を差し出され、彼女は頬をかすかに染めながら手に捕まる。
指と指を絡めて繋いだその手を引いて、少しだけ抗議の声を発している彼女を無視し、これ以上、絶対に話さないように、周りを牽制する意味も含めて、彼は仲間が集まっている方へと歩き出したのだった。
*おまけ*
「ところでさ。ずっと言いたかったんだけど」
「何?」
「お前、なんで今日の浴衣の柄、その花なの?」
「え?」
「いつもはハイビスカスだったじゃん。白地に赤い花が咲いてて、またこれかーって結構思ってたんだけど、今日になぎってなんでそんな浴衣にしてきたの?」
「そ、そんなってひどい……。友達が、そろそろこっちの花にしようって言って、この間一緒に選んで買ってくれたの!」
「……………あいつか。なんでわざわざアネモネなんだよ…」
「えっ? よく分かったね。私は友達が教えてくれたから知ってるけど……」
「……別に。母さんが花好きだから、そう言うのにちょっと詳しいだけだろ」
「そっか! そういえば、お花って花言葉があるんだよね。今度おばさんに聞いてみようかな」
「…………お前の心の平安のためにも言っておくが、やめておいた方がいいと思うぞ?」
「……え?」
後日。
結局我慢できなくなって彼女は彼の母親に諸々の話をした後、ハイビスカスとアネモネの花言葉を聴いて悶絶したらしい。理不尽にもポカポカと殴られたのは甘んじて受け止めようと彼は思ったのだった。
「そっ、そう言うのだって知ってたら着てないからっ! 着てないからーっ!!」
そう言って叫んだ彼女が本気で可愛すぎて、思わず親の目の前で、彼女の唇を奪ってしまったのは仕方のないことである。
◯ハイビスカスの花言葉『新しい恋』
アネモネの花言葉『君を愛す』
この小説では、上記の意味で使用しました。カラーによって違ったりもします。が、それは気にしないでください。
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