第4話
ざわざわとした屋台をぬけながら、途中途中で食べ物を買ったり、遊戯コーナーで遊んだりとしていると、花火が上がる時間になる。
もっと近くでみよう、という一人の意見にみんなが賛同して、テクテクと人が集まっているところにみんなで大移動をし、花火を見上げる。
打ち上げられる時に響くか細い音。ひゅっと光が一瞬消えたかと思った次の瞬間にには、どーんっ! という大きな音とともに、美しい大輪の火の花が夜空に咲き誇る。
わぁっ、と自分たちの周りも、他の観客たちも花火に見惚れている。
それなのに、見ているはずなのに、彼は、それを見ていない気持ちになる。
いつも隣にいたはずの存在が、今日はいちばん離れたところにいる。端と端という、明らかにわざとそう配置されたであろうその立ち位置に、苛立ちがよぎってしまう。
彼女が手に持っている綿飴と水風船。彼女が好きな赤を主軸とし、カラフルな模様が入っているそれ。いつも、それを持つのは彼の役目だった。それなのに、今は彼ではない他の男が代わりに持っている。花火を見ながら一生懸命綿飴をもぐもぐとしている彼女に、笑いながらついてる、と声をかけて、それに慌てて恥ずかしそうに「えっ!?」と反応する彼女。
なんで自分ではない他の男にそんな表情を見せるのか。なんで自分の隣にいないのか。理不尽だと自分でもわかっているのに、その苛立ちを抑えられなくて。
そんな風にイライラしているうちに、最後の締めの花火が打ち上げられ、花火が終わってしまう。美しいものを見た後の焦燥感と、満足感が辺りに漂う。
帰ろうか、と誰かが口にすれば、違う誰かが手持ち花火をやろう! と持ちかけてきて、結局、近くのコンビニで手持ち花火を購入し、河原に移動してみんなで花火を楽しむ。
勢いよく噴射する花火を男子が振り回しながら、女子が危ない、と注意しながらみんなで笑い合って過ごす僅かな時間。
思わず彼女を目で探せば、少し離れたところで一人ポツンと座り込んでいる幼なじみを見つけ、無意識に足がそちらに向く。
と。
「期待させるな」
「!」
後ろからかかった声に、思わず足を止め、振り向けば、そこには彼女と一緒に並んで歩き、今日彼女の隣をずっと占領していた友人が、そこに立っていた。
「彼女に期待を持たせるなよ」
「……なんのことだよ」
「関係を壊すのが怖くて、臆病にも殻に閉じこもっているお前に、彼女は渡さない」
「……」
「中途半端な期待はかえって迷惑だ。なら、はっきりとしろよ」
「なんでお前にそんなことを言われなきゃならない?」
「は?」
「お前に、オレと、あいつの関係なんて関係ないだろ。口を出すな」
「なっ! お前が、彼女を悲しませるから!!」
「オレは、あいつからそんなことは聞いてない。だから今から聞きにいく。もう行くから」
「おいっ!」
自分を呼び止めている友人の言葉を無視して、一人ちょこんと座り込んでいる彼女のそばに立てば、彼女がふと顔を上げる。
一瞬驚いたような表情をした彼女だったけれど、すぐに
「そばに来た。それだけ」
「そっか。みんなあっちで楽しんでるから、あっちにいけば?」
「迷惑か?」
「そういうわけじゃないけど」
「なら、ここにいる」
「……」
明らかに困惑した表情を着ていたけれど、そんなものは完全に無視して、そのまま彼女の隣にしゃがみ込む。
彼女が手に持っているのは、線香花火だった。
「……昔から、好きだよな、お前」
「うん……。落ち着くからね。まぁ、私が線香花火好きって言ったら大抵驚かれるけど」
「ま、普段が結構大雑把だし、うるさいからな」
「うん」
「……」
無言が続く。会話が続かない。
この時、彼は思い知った。いつもは彼女が話題を振ってくれて、途切れることなく話しかけてくれるから、騒がしいとか、賑やかだとか、そういう感情を持つことができたのだと。逆に、彼女が話をしてくれなければ、こんなにも会話が続かない。自分が今まで、どれほど彼女に甘えてきたのかを実感させられて、ハッとする。
いつも、彼は自分が彼女に甘えられていると、自分が彼女を助けているとばかり思っていた。けれど、違った。事実彼女も彼に甘えていたけれど、彼自身も彼女に甘えていたのだ。
「あ、落ちちゃった」
「っ!」
ポツリとこぼされたその言葉に、柄にもなく驚いてしまいながら、彼女がゴソゴソと閃光花火を取り出し、再び固形燃料から火を灯す。パチパチと小さな火が爆ぜ、それがだんだんと大きくなり、しばらく大きさを保っていたかと思ったら、だんだんと小さくなり、なくなる。
「線香花火ってさ。凄く儚いよね」
「え?」
「ほんの数秒で消えちゃう時もあるし、長ければ1分ぐらいは持つかもしれないけどさ。一瞬じゃん?」
「ああ……そうだな」
「気持ちのあり方みたい」
「は?」
「凄く大切な思いを胸に抱えていても、それは時間が経てば冷めていくものだし、もう一度灯すことはできない。なぜなら、導火線が燃え尽きてしまったから。つけたくてもつけられないのよね」
「……そんなことはないけどな」
「そう? じゃあ、私とは感覚が違うんだね」
ぽとり、と火の玉が地面に落ちる。それは一瞬で光を奪い、静寂に包み込まれる。
彼女の傍には、まだ何本かの線香花火が残っているのに、それに手を伸ばそうとしない彼女に疑問を覚えた彼は、声をかける。
「どうしたんだよ?」
「それは、私の言葉だよ」
「え?」
「なんで今、私のそばにいるの? どうしてここにいるの? 私の隣にいても、しょうがないじゃない?」
「そばに居たいからそばにいる。それだけだけど?」
「……私は、一緒にいて欲しくないよ」
呟かれてその一言に、彼は大きく目を見開く。彼女から初めて聞く拒絶の言葉。それは、思いの外彼に大きな衝撃を与えたのだ。
「そばに居られると、苦しくなる。辛いの。みっともなく泣き叫んでしまいそうになる程。だから、私は一緒にいたくないよ……」
ぎゅっと膝を抱えて、その膝頭に額を押しつけ俯いてしまった彼女に、何か言わなければと焦る。それなのに、喉が凍り付いたかのように声が出てきてくれない。
だからこそ、行動に出てしまったのだろうと、彼は考えた。
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