銃声は聞こえたかい?

如月トニー

第1話

銃声は聞こえたかい?



 ついに僕にも、ベトナムへ行かなければならない日がやって来た。ベトナム、そう、あの血生臭い戦場と化したベトナムだ。

 僕の父は、ノルマンディー上陸作戦を最前線で戦い抜いた英雄だった。もし父があんな凄惨な事件さえ起こしていなかったなら、きっと僕は今でも尊敬していただろう。

 あの日、母は生まれたばかりの仔犬を抱いていた。母がつけた名はジョニー。垂れた耳と、ものすごく大きい目が可愛らしい、血統書付きのラブラドール・レトリバー。小さなジョニーを胸に抱き、母はとても幸せそうだった。戦争神経症を患っていた父は、何を思ったかいきなり納屋へ駆け込むと、レミントンM870散弾銃を持ち出した。突然の出来事に、母の表情は恐怖で歪んだ。そんな母の頭上には、レシプロエンジンの飛行機が低空飛行をしていた。ただの民間機が、心を病んだ父にはドイツの軍用機に見えたのだろうか。今となっては永遠の謎。ただ一つ言えるのは、命は引き金よりも軽かったという事だ。救急車が来たとき、すでに母は絶命していた。

 奇跡的に傷一つ負わずに生き残ったジョニーは、僕と一緒に親戚に引き取られた。親戚は、僕とジョニーにとてもよくしてくれた。本当の子ども達と同じように分け隔てなく愛してくれたし、本当の兄弟のようにとても仲良くしてくれた。決して裕福ではなかったが、幸せだった。にもかかわらず、なぜかジョニーは僕にしか懐かなかった。けれど徴兵制になったアメリカ合衆国は、僕とジョニーの愛を許してくれるほど慈悲深くはなかった。

 入隊前の最後の日を、僕はジョニーと一緒に過ごした。公園で一緒にサッカーボールを追いかけた。ウッドデッキで体を洗ってやった。夜はベッドでともに眠った。

 僕は厳しい訓練に耐えた。選ばれたからには、男としての務めを果たさなければならない。これは義務ではない、任務だ。自分にそう言い聞かせ、歯を食いしばった。次第に僕は人殺しの道具として完成されていった。


 やがて出征の日がやって来た。

 厳しい訓練に耐え抜いた仲間たちとともに、タイガーストライプのどう猛な迷彩被服を着て整列した。ずらりと並ぶM113装甲兵員輸送車。滑走路に停まっている輸送機、C5ギャラクシーの貨物室のハッチが、地獄の入り口のように大きく口を開いて僕らを待っている。

 EVERY TIME WE SAY GOOD-BYE,

 敬礼しながらそう呟いた。その時の事だった。鉄条網の向こう側に、信じられないものを見た。ジョニーだった。なんらかの理由で鎖が外れたのだろうか。つぶらな瞳が大粒の涙をこぼしている。尻尾が激しく揺れている。悲痛な声が僕を呼び求めている。

「ジョニー、ダメじゃないか! 僕は戦争に行くんだ! もうお前とは遊べない。おばさんの所へ早く帰れ!」

 僕は叫んだ。すると突然、軍曹に殴られた。ボクシングで鍛えた拳は重い。口の中いっぱいに、血の匂いが広がった。

 貴様ソレデモ軍人カ!? アンナ犬ッコロ一匹ガナンダ! 命令ダ。撃チ殺セ。

 ここは軍隊だ。上官の命令は絶対だ。でも、ジョニーを撃ち殺すなんて僕にはとても出来ない。

 それならいっそ。

 僕はホルスターから制式拳銃M1911コルトガバメントを引き抜き、安全装置セーフティーを解除した。遊底スライドを引き、最初の弾丸が薬莢室チャンバーに装填されていることを確認した後、血の匂いで満たされた自分の口の中に銃口を突っ込んだ。

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銃声は聞こえたかい? 如月トニー @kisaragi-tony

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